運命の日!!死の宣告・・・・・・・

2015.12.21(月)のこと。
この日は職場を休み、家内と一緒にT病院へ。
今までの、もろもろの検査の結果を含め、この私の病状への総合的な判断を聞くことになる。
私はもう聞くまでもなく、悪い結果になるであろうことは覚悟を決めている。
おそらくは、家内もそうであろうが、まだどこか認めたくない思いもあるであろう。
それでも私はその結果を聞いた後では、さすがに今日は仕事にならないであろうから、丸一日休むことにした。

午前11:00、約束の診察時間。
気持ち、いつもより神妙に診察室の前で待つことに。
しばらくすると、今日はそれほどの待ち時間もなく、比較的スムーズに名前を呼ばれ診察室へ入る。
まず、先日のPET検査の結果から・・・ということで、Cクリニックからの画像診断報告書を見せられる。
KM先生も非常に言いづらそうに、言葉を選びながら「実は・・・・、悪い状況です。」という切り出し。
正式に告げられた言葉を、すべて覚えているわけではないので、ここに正確に再現することはできないが、おおむね以下の通り。

かなり大きめの悪性腫瘍があり、胆嚢(たんのう)癌、または肝内胆管細胞癌と言えるかもしれないとのこと。
また、リンパにも転移が見られ、肺にも多分、癌細胞と思われる小さな癌が見つかっているとのこと。
これは、確定的ではないが、ステージ4の疑いがあるといっていいでしょう」とのこと。
さらに、この病気の状態については、ここまで進んでしまうと、もう治る病気ではないとのことも付け加えられる。
そして、ここの病院での先日のCT検査の結果画像も見せられ、やはり想定通りの肝臓に腫瘍状のものの侵食が大きくあるとのことで、手術の可能性を外科の医師達とも協議をしてみたが、これは、もはや手術は不可と、判断されたとのこと。

<CクリニックPET検査結果報告書><T病院CT検査結果>

KM先生もできるだけ冷静に淡々と、事務的に解説するように話を進められる。
まぁ、言われることはなんとなく想像がついていたので、私自身としては今さらそれほどの驚きはない。
ただ、ここまで具体的に言われると、下腹にズーンと重いものが込み上げてくるような気分に襲われる。
しかし、私もある程度、腹は決まっていたことでもあるので、単刀直入に「余命は、どのくらいですか?」と聞いてみた。
KM先生もそれにはすぐには応えず、まだ説明の残りの続きを進める。
この後のこととしては、放射線治療も難しいということから、抗癌剤の治療を進めていくしか打つ手はないということ。
この部位の癌には2種類の抗癌剤があるが、この抗癌剤治療も治す方向での治療ではない。
また、副作用もあること等、それなりの精神的・身体的負担、リスクも背負うことが説明される。

そして、「先ほどの・・・・」と、前置きをしながら、余命について、「この抗癌剤の効き方による個人差にもよるため、確定的なことは言えないが、一般的にこの部位の癌は、一年持たすのが、難しいといわれています・・・・・」とのこと。

※この時のKM先生は、かなり表現を遠慮していたようで、後の病院では余命3ヶ月~半年という見立てをされる。
※尚、T病院CT検査結果にはステージ4(疑い)と記載されているが、書面的には確定的に記載できないだけで、口頭ではほぼ確定扱いとされている。

なるほど・・・・・。
そう来たか・・・・。
さすがに、診察室内が一気に重苦しくなる。
家内は泣き出すし、言うべきことを言い終えたKM先生も表情は硬い。
また、その後ろにいる医師事務作業補助者の人も、その手を止めて静寂の中で息を呑んでいる様子が伝わってくる。
しばし、無言の間が続く・・・・・。
私は努めて平静を装い「わかりました・・・・」と応じる。
私の中では、確かに衝撃はあるものの、どこか冷めている自分もいる。
心中では、私の人生を振り返ると、とうとう、ここまで来るのかと不謹慎ながらも「フッ・・・・・・」と、笑ってしまってもいるようで不思議な感情の状態。

そして、KM先生から、もう一つの方法として、セカンドオピニオンをお勧めするということ。
当院だけではなく、別の病院での見解を求めるのも一つの手であるということを告げられる。
一瞬、希望の声にも聞こえたが、私の中では、こういう状況って病院を変えたからといって、大きく事が変わるものでもあるまいと思うところ。
でも、手立てとしては、やれることはやってみるしかないのかと、ある種の開き直りも湧き上がる。
でもこれも、家内の手前的なこともあり、自分としては「もうどうにもならないだろう・・・・」との想いはやはり消えることはない。

だが、セカンドオピニオンとはいっても思い当たる病院がない・・・・・。
家内からKM先生へ、「どこかお勧めの病院は・・・・・」と聞いてみると、「本当は、こちらから言えることではないんですけれど・・・・」と言いながらも、KY病院、H病院の名前があげられた。
ここでも、M記念病院でもその名が出たH病院の名前があがるが、私はKY病院の方に関心を持った。
まぁ、そこは家からも近いことだし、ついこの間の夏に利用したばかりである。
(注:この年の夏の深夜に急な腹痛により救急車で運ばれた病院。ちなみにこの時の症状は、今回のこととは関係がないとされている。)
あまり、大した期待も持てないが、どうせ試してみるのなら、そのKY病院の方がよいのかもと思えてきた。
この場では取りあえず、KY病院をセカンドオピニオンとしてお願いする意思を伝え、KM先生には診療情報やお手紙等の資料を用意していただくことをお願いした。
すぐに了承してもらい、後で持参できるよう資料を郵送してもらうことになる。

とりあえず・・・・・。
これで、本日の結果を聞く診察は終了。
私的には結論として、何となくイヤな予感がしていた通りの結果であった。
しかし、それが具体化されたことや余命の話がはっきりとしたことには、さすがに動揺は隠せない。
もちろん、私が絶対にそうなると決まったわけではないのだが、一般的な統計通りなら、おそらくそれはその通りであろうし、私に限っては決して奇跡など起こるわけがないと思っている私がいる。

家内は家内で最悪の結果も、一応は覚悟はしていたようだが、やはり「後、1年くらいかも・・・・」という現実には、当の本人の私よりもショックが大きかった様子。
家内にしてみれば、あまりにもその期間の短さには大きな衝撃となったようである。

それはそうであろう・・・・・・。
私も、後1年という響きには、確かに驚いたことには驚いたが、しかし、人生の終焉という驚きよりも、残された時間で色々な事へ何をどうしようか・・・・・という焦りの方が大きい。
よくドラマや映画で表現されるように、「どうして自分が!!」とか、「まだ、やることがあるんだ!!」というような、泣き叫ぶような嘆きとも怒りといった悲嘆の渦に取り込まれるといったことが不思議と全くない。

家内には怒られるかもしれないが「それなら、それでもいいや・・・」的な気持ちがなかったわけでもないことも真実である。
別に、積極的に死にたいと思っているわけでもないのだが、これは私の悪い癖で、幼少の頃からのどこか人生に冷めた見方というのが、今もなお、脳の奥底にこびりついていることが所以なのかもしれない。

もちろん、今は家族や仕事のこともあり、そんなに安易に人生を考えているわけではない。
また、いくら何でも今の53歳(当時)という年齢の人生では、あまりにも短く切なさも感じないこともない。
せめて、自分の父親(享年67歳)よりは生きたいと思ったし、よしんば譲っても、最低でも60歳は超えたいという思いもある。

でも、私の心の深層部のどこかに「もういいや、面倒くさい・・・・」といった闇の部分があるのも、これは正直に自分に向き合うと、その存在は事実であろうかと認めざるを得ない。
少なくても、悲嘆にくれるとか、積極的に病気と闘う!!(これは、後々もこういう考えは不思議と湧き上がらない)とか、普通にイメージされる命への執着心とかの、心の葛藤が起きなかったのである。
ただ一つだけ言えるのは、家内のことだけは心配でたまらなくなった。

そのためもあってか、この心の闇の部分を病魔に利用されるわけにはいかない。
「生きる!!」という意思を強く持つことにしよう。
それでも、どうにもしようがなく、その時が来るのならば、潔く、見苦しくなく、人生の完結を素直に受け入れることとしよう・・・と、そう考えていくと、結構、心も落ち着いてきた。


病院からの帰り道、言葉少なに家路を目指すが、家内も落ち着きを取り戻し、現実と向き合った様子。
一応は、最後に到達した私の考えには共感して納得はしたようだが、生きるという意思を強く持つことは、何度も何度も繰り返し言い重ねられる。
そして、家内は家内で、病魔に対して手をこまねくつもりはないようで戦闘態勢に入ったようだ。
ここ最近、芸能人や有名人のがん闘病の話題も多いことからも、さっそく食事などを含めた民間療法等について調べてみるとのこと。

その後は、家の近所で食事をとることになるが、さすがに普通に食べることができない。
一人前のオーダーにサイドメニューを付けて、二人でシェアするのがやっとだが、家内はほとんど口をつけるだけ。
それでもまだ、私が食べる気になれるのは、その冷めた現実の受け止め方によるもなのか。
これは、単純に私のメンタルがタフというものでもなく、本来の私の冷めた人生観によるものであり、私が取り乱さずに済んでいるのはそのおかげといえば、おかげなのかもしれない。
私が取り乱せば、家内はもっと辛いであろう。
考えようによっては、救いといえばこの人生観が幸いしていることであろうか。

帰宅後、私は、さっそくKY病院のホームページを調べて、セカンドオピニオンの申し込みをすることに。
ところが、Xmas前ということもあって忙しいのか、そのセカンドオピニオンの窓口となる担当者が不在とのこと。
世間は、Xmas、そして年末なのだ・・・・・・・。
もはや我が家的にはまるで関係がないことで別世界の話。

少し、間が空くが、今週金曜日に再度電話がほしいとのこと。
仕事の日なのだが、また空き時間を見て連絡してみることにしよう。
結構、気持ち的には落ち着いてはきたものの、あれこれ考えることは切羽詰まった状態なので、この待ちの時間はもどかしい。
まぁ、でも、他にもやらなければならないこと、手を打たねばならないことも山ほどある。
一つ一つ、片付けようか。
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いつもの通院・・・・

2015.12.19(土)のこと。
この日はいつもの定期検査で、T眼科とM記念病院の二つの病院への通院日。
まずはT眼科。
こちらは、もともとの私の持病(2)で掲載した、網膜症のその後の定期診断である。
もう、眼の状態はすっかり落ち着いていて、念のために突発的な変化が起きていないか、というための経過観察。
ずっと、何も問題がないため、やや定例化慣例化しているだけの3か月に一度の定期通院。
この日も、いつものように視力・眼底部の検査を終え、状況は全く問題がなく理想的な状態とのこと。

でも、ここでも私の今の現状を正直に伝えることにした。
まだ確定ではないが、PET検査をしており、癌の可能性がかなり高いということを話す。
すると、この主治医も思わず顔をゆがめ、ものすごく驚かれた。
この主治医とも、もう付き合いは長く10年近くの付き合いになろうかというところ。
私の両眼とも手術をしてくれた執刀医である。
今後の癌にかかわる検査や治療において、眼の分野で何か気を付けることはないかを聞いてみた。
主治医からは、眼に影響があるのは血糖値だけであるということが述べられた。
「お大事にしてください・・・・」との言葉とともに、「今後の状態に、何か変化があったらすぐに連絡をください」とのことで終了。

会計時に診察に付き添っていた看護師が慌てて駆け寄ってきて「癌のこと、お察しします、大変気になります。早期発見であればいいのですが・・・・」と、慰めとも励ましとも精一杯の言葉をかけてくれる。
実際に、もう私に起きていることは、そんな気休めの次元ではないことがなんとなくはわかっていたが、その心遣いには思わず泣きそうになるほどありがたかった。
いかにメンタル的に落ち込んではいないとはいっても、私も生身の人間だ。
気持ちが弱くなる時が、一瞬とはいえないわけではない。
そのお言葉を真摯に受け取らせていただき、丁重にお礼を伝える。
次回は3か月後の診察となるわけだが、果たしてその時、私はどうなっているのか・・・・・。

そして、次は、例のM記念病院。
今日はこの2つの病院に通院する。
ここの病院での定期検査の結果が、今回の事の発端でもあるのだ。

今日は、前回説明してくれた女性の医師ではない。
ただ、当たり前だが、状況は引き継がれていて、私の検査結果の方が気になると見え、まずは「どうでしたか?」とのことから。
まず、T病院での診察から、先日のPET検査の結果待ちであるということまでの、一通りの状況を説明。
この医師は状況を確認するのみで、それ以上はこの件については言及せず。
ここの病院の本分である血糖値の状況へ話題は切り替わる。
今日の結果は、HbA1cが7.5とやや高め。
私は、先日のPET検査の影響かとも思ったが、この医師からは「肝臓が弱っているということであれば、インシュリン注射に切り替える方がよいと思います」との提案がなされる。
とりあえず、今回はまだ現状のままとし、内服薬も今まで通り処方された。

しかし、次回診察は、いつもより早めの2週間後の設定とされる。
この件は、T病院のKM先生にも確認してみることにする。
T病院での今までの検査結果と説明を聞くのは明後日。
いよいよだ。
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PET検査実施・・・・・

2015.12.16(水)のこと。
本日までの私の調子はあまり変わらない。
相変わらず体のだるさがあり、仕事には支障はないものの、家に帰るとすぐに横になるという状況はやはり同じ。
食欲についても、三食はなんとか摂ることはできてはいるものの、正常時よりは食事の量は減っている。
料理によっては残してしまうことも目立ってきた。
ただし、日課のお酒は今のところ辞めてはいない。
特に、体のどこかが痛いとかが全くないのと、お酒を飲むことによる不調というのが今のところ実感がないため、気持ち、いつもより量を減らしながらも焼酎を飲み続けている。
そして、メンタル面については、あれ以来、私も家内もほぼ日常の状態を保っている。
特に深刻にこの話題で話し合うこともなく、さらりと日常の会話の中に取り込んでしまっているという感じ。
私自身、確かに心の中に黒いモヤモヤがあることはあるのだが、それにより落ち込んだり夜眠れないなどということは、まったくない。
どうやら、私はかなり精神面ではタフなようだ。
家内も耐えているのかもしれないが、表面的にはいつも通り過ごしている。

さて、本日はPET検査当日。
今日は午前中のみ仕事をして、お昼に家内と待ち合わせ合流。
予約をとってもらった、例のCクリニックという病院へ向かう。
私も家内も初めての病院。
ここは、社会医療法人T会の病院。
院内はすごく綺麗で新しい施設である。

受付後、しばし待たされ、先生の診察。
女性の先生だ。
診察というより検査の流れの説明と、結果はT病院へ郵送されるという事務的な手続きの確認。
検査の流れについては、事前に送付されていた簡単なレジュメであらかじめ把握していた通り。

まずは、注射(ブドウ糖)を打ち、たっぷり1時間ほどの安静。
結構なリラクゼーションルームのようなところで、まったりとくつろぐ。
なぜか撮影に影響があるとのことで、本やスマホは禁止。
何かの検査用の成分が入った水のペットボトルを渡され、ゆっくり時間をかけて飲むように指示される。
軽い睡眠をとりながら、けだるさを覚える中、時間が来たためスタッフに呼ばれて撮影用の部屋へ移動する。
何やら、大きな撮影用機械が体の上をうごめく中で、じっとすることしばし。
終了すると、別のリラクゼーションルームのようなところで再び安静。
今度は本もOKのようで、この部屋には雑誌とかも置かれてある。
撮影に問題がなければこれで終了だが、うまく撮れていなければ、もう一度撮影をするとのこと。
今度の待ち時間はそんなに長くはないというはずなのだが、実際は結構、待たされる。
しばらくすると再び声がかかるが、どうやら旨く撮影ができていなかったようだ。
再度、撮影の部屋に向かう。
今度は短い時間での撮影が終了。
待合に戻ってみると、結構、家内も待ちくたびれている。

14:40分頃からスタートして、全て終わったのが17:00を過ぎたころ。
自分自身は何をしたというわけでもないのだが、少し疲労感も漂う。
血糖値のことを考えると体内にブドウ糖が結構な量、駆け巡ったのは私の場合、ある意味またそれはそれで別の心配もある。
検査結果は、T病院のKM先生のもとへ送られるとのことで、とにかく結果を待つことに。

これにて、本日の検査は無事終了。
この後は、今日は少し食欲の調子もいいため、帰りに食事をして帰ることにした。
Cクリニックを出ると、外はもう真っ暗で、街はホワイトイルミネーションが彩られている。
思えばゆっくりと家内と二人で、この時期この時間に街中を歩く機会というのは、もうかなりしばらくぶりのこと。
今年は、この季節でも道には雪がない。
それに加えて、なんだかこの数週間は色々とあったせいか、私にはまったく季節感がないのだ。
このホワイトイルミネーションを見ていると、確かに、もうすぐXmasだし、世は年末の真っただ中なんだと実感する。
また、忘年会の時期でもあり一年の労を慰労するためか、すれ違うグループの人達はみんな賑やかにみえる。
今回、我が身に降りかかったことを思うと、普段、何気なく眺めている行き交う人達の中にも、人それぞれ色々な想いを抱えていたり、様々な事情を背負っている人もいるのだろうかと、しみじみと思えてもくる。
私達は決して、晴れやかな気分ではないのだが、私も家内もそれぞれの想いを抱えながら、今日はそれなりに食事を楽しもうとお店に入ることに。
この先どうなるかは、まったくわからないけれども、時は誰に対しても淡々と過ぎていく。
師走気分に、ふと我に返った夜のことである。 にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
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いよいよ職場に・・・・・

2015.12.11(金)のこと。
本日、実は職場のヒアリング。
なんのヒアリングかといえば、実は私は行政系の契約職員(この時点で勤続8年目)。
次年度の契約更新の意思確認・希望の確認を、私の今いる所属部署のトップである部長と面談を行うのだ。
年に一度の私の人事的イベントで、まずこの初回での意思確認、そして年が明けたら最終通達の面談があるという流れ。
ひととおり、職場の現況や思うこと、更新継続の希望があることを話す。

そして・・・・・。
どうしようかギリギリまで迷っていたが・・・・・・。
もう、この病気のことを話すタイミングではなかろうか・・・・・・・・・・。
このヒアリングに至るまでは、どうしようかはまるで考えていなかったのだけれど、話の流れ的には、この時点でやはり伝えておくべきではないか・・・との想いが高まってきた。
そして、とっさの判断で、今の現状を伝えることにした。

業務の話がひと段落ついたころ、「実は・・・・・」と、その話題を切り出す。
そして、まだ未確定ながら癌の可能性が極めて高いこと、現状の体の状態、現在までの病院での診察・検査の状況等を正直に伝えることにした。
みるみるうちに部長の表情も変わり、大変、驚かれる。
まさか今日、この場でそんな話を聞くとは思ってもいなかったという様子で、改めて姿勢も正される。
現時点で未確定とはいえ、客観的に冷静に今の流れから、結構、今後は厳しい展開が予想されること・・・・・。
ただし、それはそれで自己管理に努め、体が言うことを利くうち、気力が途切れないうちは、ギリギリまで今のまま仕事を続けさせて欲しい。
万が一、体が病に耐えきれず、業務に責任が持てなくなると判断した場合は、潔く身を引くという決心と覚悟を伝えた。

もちろん、このレベルの話になると部長の一存でどうなるものでもないことだろうと思われるため、さらに上位の方々によろしくお伝えいただくようにお願いした。
でも、この部長、なかなか人情的で、瞬時に私の状況と気持ちを理解してくれた模様。
もちろん、この場で安易に結論の出せる話ではないが、しかと受け止めましょうという姿勢で応えてくれた。
これは、大変、ありがたいこと。
私も、深々と頭を下げる。
丁重に謝辞を述べ、ヒアリングは無事終了。

ただ、部長も驚いたであろう。
多分、人事の管理上、こんなケースには、そうそう出会うものでもないと思う。
私も昨日の今日で、気持ちの整理中の身でもある。
でもこれは避けられぬことで、私の体に起きていることが、とうとう家族以外にも影響が広がり始めたということ。
これから直接病気以外の仕事やお金のことでも、何がどうなっていくかわからないという現実を迎えるということ。
これはある意味、病気のこと以上に大きな試練ともなりそうである。

いや、でも、そのことも含めて私の真価が問われてくるのであろう。
結構なこと・・・・・。
こうみえても私の人生は、今までにも世間様よりは荒波が多かったと自負している。
今さら、いちいちうろたえるほど弱くはない。
たとえ、命がかかっていようとも。
もしかすると、このひらき直り感が、癌や死への恐怖が一切ないことの源になっているのかもしれない。
様々な現実的な対処に関して、正直、多少の心の乱れはあるものの、根本的な私のメンタルは今のところは強靱である。
そして、状況を外部に発信したことで、よりその思いはさらに強化されたようでもある。

さらに本日、T病院より家内の携帯へ連絡が入る。
T病院からCクリニックへ連絡調整をしてくれるという件の結果だ。
16日(水)にPET検査の予約が取れたこと。
予約票やその他、検査の説明用資料が自宅に郵送されるとのこと。
などが伝えられた。
まずは、近日中に、それに関する資料が郵送されることになる。 にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
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夫婦の決意!!

2015.12.10(木)のこと。
T病院、CT検査当日。
この日は私一人で病院へ行く。
お昼まで仕事をして、午後はまたしても時間休を取得。
この日はやはり、ことがことだけに、いつもの循環器のCT検査とは違い、やや緊張の面持ちで病院へ到着。
造影剤を打たれ、CT検査は滞りなく終了。
CT検査はわりと慣れている方なのだけれど、この造影剤は何度やってもヤな感じ。
この日の結果は、次の16日の検査日の診察時に聞くことになるという。

そして、この日は、もう、そのまま家に帰ることに。
本日は、朝・昼と食事を抜いていたため、この日もまた、先日とはまた別の場所での”立ち食いそば”を食べて帰る。
なんかもう、こんなのしか食べる気がしない。

が・・・・・・。
しかし・・・・・。
その日の夜、20時過ぎ。
夕食を食べて、一息ついてゆっくりしているさなか、一本の電話が入る。
相手は、T病院のKM先生だ。
こんな時間に病院から電話なんて、かかってくるものなのだろうか・・・・・・。
不吉以外の何物でもない・・・。
内容は、今日のCT検査の結果があまりよくないとのことから始まる。
その話の要旨は、予定していた16日のMRI・胃カメラエコー検査を中止して、至急、PET検査を受けてもらいたいとの内容。
そして、PET検査は当院ではできないため、提携のCクリニックという病院で検査を受けてもらいたいとのこと。
明日、その病院へ予約がとれるかどうか確認し、電話をくれるということ。
電話はそれで終了。

まぁ・・・・。
指示に従うしかない。
しかし、それにしても、事態が深刻なことは容易に想像できる・・・・・・・。
MRIも胃カメラエコーの必要もない。
CTの検査だけで、すでにある程度の状況がつかめたということであり、PET検査をするということは、もはや、その確証を得るためのことだろう。

それは・・・・・・。
癌・・・・。
やはりね・・・・・・。
私はPET検査の詳細については詳しく知らないが、この検査がどういう時に行われるかくらいの知識はある。
ほぼ、癌は確定であろう・・・・・。
もちろん楽観なんかはしていなかったが、さすがに現実が目の前に立ちふさがると背筋に寒いものが流れる。
どう考えても、9cm大の腫瘍らしきものがあると言われているだけに、ただ事ではないことくらいは想像がついている。
でも、この数週間くすぶっていた黒い影の正体が、正真正銘、はっきりとしてきたことにより、ある種の開き直りと覚悟のようなものも芽生えてきた。
生涯最大のショックはショックなのだが、私自身、意外と落ち着いている。
こんな自分が信じられない。
自分の運命・死を半ば突きつけられたようなものなのだが、意外に冷静な自分がいるのに我ながら驚く。
いや、まだ実感がないというべきなのだろうか。

でも・・・・・。
家内はそうはいかない・・・・。
やはり・・・。
後ろで電話の内容を聞いていたが、ある程度状況が把握できたらしく、泣きながら取り乱す。
家内と一緒になるときに私が言った言葉、『一人にしない・・・』というフレーズをしっかりと覚えていて、どこに、何に、誰にぶつけていいかわからないといった感情をその言葉と共に吐き出す。
これは堪えた・・・・・・。
返す言葉がない・・・・。
正直、この家内の反応の方が私には辛かった。
癌だと覚悟を決めることよりも・・・。

一瞬、なんと声をかけてよいか戸惑ったが、まずは冷静に家内をなだめ、堂々とそのPET検査とその結果を受け止めようと説得。
同時に、自分自身の気持ちの整理もしている。
すると、すぐに家内も立ち直り「自分は涙を見せない、見せるとよくなる病気もよくならない、でも、耐えきれない時もあるかもしれないが、がんばっていく。だから、お父さんもつらい時には我慢しないように」とのこと。
私は、半ばうなだれたままで、その言葉を受け止める。
さすがに目頭が熱くなる。

只々、私は、「大丈夫だ・・・」と言うのみ。
でも、正直なところ、この事態に対しては「どうしよう・・・、どうしたものか・・・」という、感情の乱れはあるものの、繰り返すが私自身、不思議と癌や死への恐怖はないのだ。
幸い、私自身がある意味、沈着冷静に受けとめられているのが、家内にとっても救いといえば救いであろうか。
家内もひとしきり、感情を吐き出した後は、冷静にこの事態を受け止めていく覚悟を決めたようだ。

そうだ・・・・・・。
こんなこと、嘆いていても始まらない。
なってしまったものは、どうしようもない。
ここからが、私自身の真価が問われるであろうし、生き様の見せようともいえよう。
また、それは私たち家族としての力、ありようとしても同様のこと。
堂々とこの壁、受け止めてみようではないか。
この日、私の人生史上最大の衝撃の中、ある種の固い決意が生まれた一日となった。
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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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