放射線治療直後の完全KO!!

2018年11月1日(木)~同年11月4日(日)までのこと。
昨日の急な体調不良から一夜明けても、全身の虚脱感はまったく晴れず。
翌日(11月1日)は仕事を休ませてもらった。
この日も、ほぼほぼ寝たきり状態。
なんとか細くなった食事をかろうじて摂ることと、トイレ、お風呂意外に動けることはほとんどなし。
ず~っと、ベッドに横たわったまま、テレビを眺めていたり、スマホをいじったり、疲れてくるとテレビの音声をBGMにとにかく寝ていた。
これはやっぱり、放射線の治療が終了し、その治療と仕事の両立への緊張の糸がプツリと切れてしまったせいなのだろうか。

その翌日の11月2日(金)も状況は変わらず。
気持ちとしては仕事に出るつもりで昨日は過ごしていたけれども、やはり、体がいうことをきかない。
さすがに職場へ連絡した時には、ちょっと心配のされ方の度合いが変わっていたのが伝わってきた。
もう、このまま人生の終焉に向かうのではと思われているのかもしれない。
それは、私自身でさえ、そう思ったほど。
昨日までは、前述したように治療がひと段落したことへの安堵感からの影響かとも思っていたが、この日になってくると、いやいやこれは、TG医師も懸念していた放射線治療による正常臓器への損傷があったのでは・・・・とも思えて来る。
それほど厳しく、おそらく今までの治療の影響によるシンドサでは最高クラスのダメージではないかと思われた。
この私が二日も職場を休まざるを得なかったのは、今まで、入院以外ではなかったことでもある。

そして、その翌日の11月3日(土)になると、幾分、動こうという意欲も出てきて、近所への外出くらいはなんとかなってきた。
ただし、活動できたのは午前中のみで、午後になるとまたベッドに臥せってしまう。
さらに次の日の11月4日(日)になって、やっと、体力の消耗は感じるものの、なんとか日常の休日の過ごし方が可能になった。
とりあえずは、ややおぼつかないが日常生活ができるほどの気力・体力は取り戻せたようだ。

しかし、この期間の寝込んでいるあいだ、本当に色々なことを考えてしまった。
よっぽどTS病院へ駈け込もうかとも思ったが、我が家からの病院までの距離を考えると、この体調では結構つらい。
本来のメインであるKY病院なら近いし、ここへは?とも考えたが、今までの経緯上、この病院ではこの治療には関心がなさそうだし、この症状の要因を考えるとなんとも足も向けにくい。
セカンドオピニオンの有効性は実感はするものの、やはり、日本人的と言えばそうかもしれないが、なんとも難しい一線もないわけでもない

とにもかくにも、臥せっているしか手がないと判断。
そして、横になりながらも、このまま回復しなかったらどうしよう・・・・・とか、最悪の病状悪化への入り口とは、こんなものなんだろうか・・・・という、臨場感にヒシヒシと直面していた。

でも、とりあえず・・・・。
なんとか立ち上がることができた。
我ながら、私は結構しぶといのかもしれない。
不思議と、そうも思えてきた。

とにかく明日は、正常に出勤しよう。
業務的にはこの期間、たまたま運よく2日くらいの休みで、大きな影響が出る状態ではなかった。
これには、大変、精神面でも救われた。
けれど、私の事情を知っている一部の人たちには、大半なご心配をかけてしまったことへのお詫びが必要だ。
そして、次の11月15日(木)のTG医師との診察日には、この症状を詳細に説明する必要もある。
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放射線治療(肝臓部)7週目、いよいよ最終日!! が!!しかし・・・・・

2018年10月31日(水)のこと。
本日、放射線治療の最終日。
長かった・・・・・。
肝臓部だけで30日。
その前の肺の治療も入れると、通算で45日間の治療となった。
これを土日を除き、アクシデントで受診できなかった日以外の毎日、連続での治療。

いや、本当に長かった。
特に肝臓部の中盤以降の倦怠感や肩・背中・腰の凝りには相当悩まされた。
終盤には、この症状にも効き目があるかと思い、とんぷく剤のカロナールを服用。
また、食欲不振も加速度がつき、まともに一食の食事が摂れる日が珍しいほど。
体重の減少も著しく、もはや70kg台を維持するのがやっと。
ささやかな抵抗として、プロテインの摂取は、今もなお、あれ以来毎日継続している。
おまけに、今までにも何度も触れているが、このTS病院へ来るまでの通院&通勤経路の最悪さ。
毎朝、あの試練の階段!!で泣きそうになるほど、へたっていた。
とりあえず一応は、この毎日の通院からは、しばらくは開放されるであろうか(多分・・・・)。

今日の最後の治療を終え、いつもお世話になっている放射線治療室のスタッフの方々、技師さんからも「長い間、大変、お疲れ様でした、お体を大事にしてください!!」と声をかけられる。
これには、とても感慨深いものがこみ上げてくる。

ここのスタッフの方々には、この放射線治療が再開されない限り、これが最後となろう。
私の寿命次第では、もう二度と会えないかもしれない。
この治療期間、本当に色々なことがあった。
なかなか放射線照射部の位置合わせがうまくいかなかったこと、私の息の止め方がへたくそで何度かやり直しの指示を受けたこと、機械トラブル、震災の影響等、このひと月半あまり、実に色々なことがあった。
そして、この治療室付きの看護師さん。
特にMさんとIさん、本当に私がシンドイ時にお気遣いをいただき、心よりお礼を申し上げたい。
ただ、このお二人においては、これからも診察室でお会いすることができる。

今後、またお世話になることもあるのかもれないが、とにかく一区切りがついたことから、皆様には丁重にお礼を申し上げて治療室を後にする。
この後は、TG医師の診察が待っている。

さて・・・・・・。
まずは、TG医師からも「お疲れ様でした・・・・・」の一言から。
そして、私の体調不良を心配される。
この頃には、TG医師もこの体調不良を癌の進行の影響というよりも、放射線治療の副作用と判断している様子。
「今日でひとまず、放射線が終わりますので、少しづつ良くなっていくと思います・・・・」とのこと。
昨日撮影したCT画像的には、あまり変化はないそう・・・・・。
これについては、「時間がかかるものでもあるため、しばらく様子を見ていきましょう」とのこと。
ちなみに前回の肺の部分については、放射線の治療部部については完全に消えたとのこと。

おぉ・・・・・・・。
さすがに、あれだけの治療の成果はあったみたい。
ただ・・・・・。
新たに、続々とできている腫瘍部分については、まだまだ課題も残る。
とりあえず、経過の観察が必要で、「2週間後に採血をして、今後のことを考えましょう」ということになる。
そして、治療の一区切りということなのか、KY病院とHW病院宛へのCT画像データとお手紙をいただく。
こちらから依頼したわけでもないのに、病院間の連携を積極的に考えているという、これがこの病院、いやTG医師のスタイルなのであろうか。
とにかく、私も、治療の一区切りを終えたことによる、お礼を申し上げこの日の治療と診察は終了。

ところが・・・・・・・・・。
この後、結構な異変が発生。
この後は、いつも通り職場に出勤。
しばらくは、何事もなく業務をこなしていたが、徐々にあの倦怠感が襲ってきた
何人かのお客様と、なんとか事もなく対応をさせてはいただいたが、遅めの昼食を無理やり胃袋に流し込んでいる時に、さすがに今日はもうダメだとギブアップ
限界だ・・・・・・。
お昼休み終了後に、上長にすぐに早退を申請
ちょっとこの倦怠感は、今までに最大級であろうか。
今までにも苦しい時はあったが、業務を中断せざるを得ないほどの症状は初めて
この後に、予約対応のお客様がいたが、大変申し訳ないが事情を説明し、後日、日程を再設定することに。
とにかく、もう無理だ・・・・・・・・・
今日は、大人しく家に帰ろう。
迷惑をおかけしてしまったお客様には、大変申し訳ない。
この分だと明日もどうかわからない。
今日で、放射線治療も終わったという、ある種の開放感から一気に吹き出してきた症状なのか。
今日の今日まで、気持ちも張りつめていて、なんとか症状を抑えていたということだったのだろうか・・・・・・。
よくわからない。
とにかく、帰って横になることが先決。
眠ることにしよう。
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新たなプロジェクト始動!?

2018年10月27日(土)のこと。
本日は、久しぶりにHW病院での診察。
ここでの温熱療法は、例のごとく相変わらずほぼ毎週通っているが、診察は2か月ぶり。
あのA医師が退職し、代わりの医師の診察を受けて以来のこと。
正直なところ、ロクな引継ぎもなされておらず、たまたまその日の外来担当にあてがわれただけという体たらく。

診察終了後に、看護師から「今後は固定の医師にしますか?」と、今更ながら信じられないことを確認され、やっと話が通ったという次第。
だが、その後の次の診察日である今日まで、なんと約2ヶ月というブランクを設けられた。
私の病状って理解されているのだろうか?
これなら無理に診察などしなくてもいいのでは?
とも思うのだが、温熱治療とのからみで、そうもいかないものらしい。

下手に診察となると、こちらだって期待もしてしまう。
形式的なもので、こんなやり方が当たり前というのなら、前任のA医師はここの標準からすると、かなり前向きで、ある種、異質な対応姿勢だったということになる。
今日の対応医師は、KS医師という。
今後もこのKS医師が固定で担当ということらしい。
もはや、期待などはない。

さて、対面。
対面してみて、まぁ、ここの病院の医師としては、珍しく話しやすくいい医師っぽいが、やはり、引継ぎなどは、ほとんどないものと見える。
この医師の立ち場としても、突然、私をあてがわれて、戸惑いもあるということであろうか。
最低限の確認のみで、次回TS病院のデータを持参いただければという話が出てくる。
少しは、しっかりと取り組みたいという姿勢の現れとみてもいいのであろうか・・・・・・・。

さて・・・・・・。
実は、少し話はそれるが、今回の投稿での本当の主題となることに話を進めたい。
それは、現在、治療中の放射線治療のほかに、もう一つの対抗手段を模索していたこと。
既に述べたように、この放射線治療については、私の癌対策としては、まったくもって抜本的な対策ではない
あくまで、枝葉の部分で、これは癌細胞をやっつけてもやっつけても、なんら根本を揺さぶることすらできず、ただただその枝葉の部分の病気の進行を遅延させるという前提のもの。

このことは私も家内も充分理解・承知の上で、あくまで延命するという前提で取り組んでいる。
それでも、その効果として既に何度も述べているように、あのKY病院にて標準治療の終焉を告げられ、またしても余命数か月という状況に陥って以来、現在で、もう11月を迎えようというところまで、なんとか無事に来ている。
その治療の延命効果は功を奏しているといえる状態かと。

ただ・・・・・・。
これだけで手をこまねいていても・・・・。
ということで、またしても家内が動いていた。
それは・・・・・・・。

このブログ内でも時々、名前のあがっていた丸山ワクチンという治療法。
この治療法のことを簡単にまとめると、1966年に日本医科大学皮膚科教授の丸山千里教授が、このワクチン(SSM)を悪性腫瘍に使用した場合、組織細胞の異常増殖を抑制する作用があり、副作用も全くなく、ある程度有効かつ安全な抗腫瘍物質だとする論文を発表されたとある。
しかし、その後の経緯としては、癌そのものへの薬効として、いまだに公式には認められてはいない。
でも、支持者達の署名嘆願運動等の声を、国としても無視することはできず、研究の継続として、現在のところ有償治験診療という扱いになっている。
この治療を望む患者あるいはその家族は、丸山ワクチンの治験を引き受けてくれる医師を探し出し、治験承諾書(丸山ワクチンによる治験を引き受けるという担当医師の承諾書)およびSSM治験登録書(現在までの治療経過をまとめた書類)を整備する必要がある。

けれど、実際に私の住んでいる地域では、この治療法についてKY病院のM医師のように、まったく認めていない立場のところもあり、公的に認められていないということからこの治療法に理解のある医師(病院)を探し出すということが、結構、至難のことと懸念はしていた。
なんとか、協力いただける医師(病院)を、自力で見つけ出す必要がある。
さらに私は、この治療もどうせ高額で一部の限られた人にしか利用できない治療法であると今まで思いこんでいたが、よくよく調べてみると、初期費用が20,000円ちょっとで、後の毎回の注射を打つ処置としては、自由診療でありながらも数千円で済むということがわかってきた。

今、実施している放射線治療も来週で終わってしまう。
取りあえず、今日までの延命という意味では、TS病院のTG医師やスタッフさん達の懸命な取り組みのおかげで、効果が実感されているものの、この後のことはわからない。
この放射線治療の最中でさえなお、どんどん増殖している私の恐るべき癌細胞に対して、この丸山ワクチンは私の場合、医療としての対抗手段としては、おそらく最後の手段であろうかと思われる
その効果については、公式・非公式含めて色々と議論もあるようだが、これも個人差もあり、やってみなければわからない。
私は、基本、死を恐れてもいないし、来る時が来るならば潔く受け入れようと思っているのは、今までずっと一貫した姿勢。
しかし、私のやっと50代の後半に入ったばかりという年齢として、家族としてはそうは割り切れないだろう。
やれることは、やるだけやってみるというのも、今の私としては生を受けた者としての、持つべき責任のあり方だと思ってもいる。

まず、具体的な手続きとしては、先に述べたように書類を準備しなければならないのだが、その医師(病院)を確保する必要がある。
ネットの情報によると、勤医協やらペインクリニックだと比較的受け入れてもらいやすいとの情報はある。
しかしそれも、病院毎によって認識も違うようだし、実際にはあたってみないとわからない。
そして、その書類が準備できたら、その初診と初回の処方を受けるためには、東京の日本医科大学付属病院まで直接足を運ばなければならない。
ちょっとこれは、今までとは違って、結構大掛かり。
我が家的にはちょっとしたプロジェクトという扱いでもある。

手始めに、ここのHW病院の担当医も変わったことだし、ダメもとで聞いてみようと思う。
本来なら、メインのかかりつけ病院KY病院に確認すべきところでもあるのだが、主治医のM医師の今までの態度姿勢・言動からここは無理。
そして、一番信頼のおけるTS病院に本当はお願いをしたいところではあるものの、この丸山ワクチンの投与としては標準的な投与で週3回ということらしい。
今の私の生活サイクルでは、仕事への出勤前にこの通院を済ませてしまいたい。
そういう意味では、現在、毎日放射線治療で通い詰めているが、これも後3回で終了。
今までにも何度か触れているが、正直、通院経路として結構シンドイ。
そう考えると、今、付き合いのある病院で限って言うと、必然的にこのHW病院となる。

でも、なんとなく、今までのこのHW病院の感じからすると、この手の話に積極的な協力をしてもらえるのか?というと、大いに疑問が残る。
実際には、今回の確認を皮切りに、あちこち病院をあたろうとは思うものの、まずは聞くだけ聞いてみようと、今回対面しているKS医師に話を持ちかけた。

ちょっと、前置きが長くなってしまったが、この丸山ワクチン治験への協力のお願いを聞いたKS医師も、一瞬にして、戸惑われた様子。

おそらく、まったく想定外の話だったのであろうか。
「お話はわかりました、ただ、この手の話になると私の一存では回答できませんので、一度、院内で協議をさせてもらえますか?」とのこと。
私としては、それは当然のことだろうと思うことでもあるため、すんなりとお願いをすることに。
それよりも、頭ごなしに拒否されるかとも思っていたところに、意外な反応で少し驚く。
却って「お時間的には問題ないですか?」との丁寧な対応され、逆にこちらも戸惑いを覚える。
とりあえず、まだTS病院の放射線治療も残っているし、この後の治療についても今のところは不明。
少し状況をみていく必要もあるため、とにかく検討のお願いだけはしておくことに。

これは、ちょっと意外な展開。
このHW病院のいいところも、確かにあることにはあるのだが、一部の医師の態度や物腰、各部署間の情報連携が著しく他医院に比べて劣ってもいる。
ただ、病院全体の治療・診療理念とはまた別の話かもしれない。
とりあえず、今の時点ではあまり大きな期待も出来ないが、この件の検討についてはお任せしてみることにした。
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放射線治療(肝臓部)6週目、ゴールまであと少し!!

2018年10月24日(水)のこと。
肝臓部の放射線治療も、本日で25日目。
肺の時はさほどのダメージもなく過ごせたが、この肝臓への治療は序盤から、日常ではあまり経験することがないほどの体への倦怠感、そして、肩・背中・腰への激しい凝りが顕著に現われる。
いやいや・・・・・・。
本当に、今回の治療はなかなかしんどかった。
残すところ、後5回(5日間)。
何事もなければ、来週の水曜日で終了。

先週から今週にかけて、症状自体は相変わらずではあるものの、その前の週よりは幾分ラクな日も目立った。
これは、14日からの抗がん剤の服用を止めた(私の独断)ことが影響しているのか?
確かに、この後の食欲はわずかだが回復し、体重の下降も少し抑制されてもいる様子。
そのせいか、この倦怠感や体のあちこちの凝りといった症状が、まったく何もない日もわずかに出てきている。
こういう日は、このまま症状が消えてくれる日を期待するのだが、それでも、またその翌日には嫌な症状が現れるといったことの繰り返し。

でも・・・・。
よくここまで来た・・・・・。
今までの私は闘病といっても、病状が大変とみなされても、私自身の自覚は比較的軽度なことばかり。
医師も不思議がるような場面も何度か見られた。
しかし、今回の治療に関しては、それなりの苦痛を実感。
私よりも重い症状と闘っていらっしゃる方々から見れば、私なんぞの状況は闘病のうちにも入らないかもしれない。
でもこれは、私は今までにも時々思っていたことでもあるのだけれど、私は「何か(誰か)に守られている気がする」ということを感じることが少なくない。

ちょうど、この週の月曜日22日に、私の元お客さんであった友人というかほとんど家族(実質、娘)と思っている人が職場にやって来た。
リンク先にもあるように、この人には私の病気の全てを伝えている。
色々と、私の状況を心配してくれていて、その時に、上記の「誰かに守られているような気がする・・・・」と伝えると、すかさず「私もそう思います!!」と言葉が返ってきた。
この人と話をしていると、随分と気持ちがやすらかになる。
最初、お客さんとして出会った頃、あの数々の壁をともに乗り越えてきた想い出が走馬灯のようによみがえる。
今ではもう、本当に立派な奥様になられて、話す内容からも大きな成長と幸せそうな毎日がうかがえる。
その様子みていると、例えようのない嬉しさがこみあげてくる。
とても、大きなパワーをもらった気分。

私の仕事の一つの成果とは決して片付けようのない、人の成長や飛躍・進化、そして人の縁というものが確実にある。
今度は、ご主人同伴で近いうちにまた来たいということで帰られた。
別れ際に、「帰りは人通りの多いところを通って帰ること」「携帯の電源は必ず80%以上にしておくこと」を言い渡される。
まるで、本当の娘のよう。
ありがとう(涙)

放射線治療ラストへの鋭気を養ったようだ。
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KY病院の定期健診!!

 2018年10月19日(金)のこと。
状況は相変わらず・・・・・かな。
日々、例の倦怠感に悩まされている。
前の投稿で書き忘れていたが、10月14日(日)の朝から、あまりの私のこの体調のため、内服抗がん剤エスワンタイホウテイエスワン)の服用を、私の独断で中止した。
さすがにこの体調では、この薬の服用は無理と判断せざるを得ない。
この時ばかりは、KY病院のM医師の言ったこと、判断は正しかったのかと思った。

この状態での、およそ月一回のKY病院での定期健診。
今日のTS病院の放射線治療は、その後の午後になる。
この日は、ここ最近のこの体調のしんどさから、一日まるごとの有休扱いにさせてもらった。
さすがに、この状態での通院ダブルヘッダーは厳しい。

さて。
いつものように朝早くKY病院へ到着、7:45頃には受付完了。
採血を済ませて、診療待ち。
ここは、もう診察も形骸化している感じ。
確かに、今までのことには大変感謝もしているが、あの標準治療の終焉を告げられた後のM医師の態度では、もはや私には消化試合といった気分。

診察が始まる。
相変わらず、肝臓の状態は横ばいという表現で説明される。
毎度のことながら、何がどう横ばいなんだか皆目わからない。
血糖値は7.4とやや高め。
しかし、目くじらを立てるほどでもなく、今の栄養状態を考えると、気にせず食べた方がよいとのこと。
ひと月前の時と同じく、まだ塩分が足りないとのこと。
できるかぎり水分を摂ってとのこと。
体重も口頭で確認される。
私からは、現在の倦怠感のことについて、どうせ他院のことと思われるかもしれないが、必要最低限のことは、一応、報告しておく。
それでも、私の状態を危険な衰弱と感じたのか、「何かあったらすぐに言ってきてください」と、珍しく愁傷な言葉を聞く。

その後は、TS病院へ向かい、いつもの放射線治療に。
またしても、治療室付きの看護師Mさんに、泣きつくように状況報告。
しっかりと、状態を聞いてくれて、それでも治療は通常通り開始。
たまたま、この日は倦怠感もそう酷くはない日だったので、Mさんもいつもよりは安心していた様子。

これも、前の投稿で書き忘れたが、前回のTG医師の診察時には、やはり私の状況を診て、TG医師もなにやら迷いもあった様子。
でも、「後、2週間なので、このままがんばってみましょう」という言葉が出て、私もここまで来ての治療中止は、まったくもって本意ではないので、治療の継続に完全同意している。
正直、この闘病中で一番と言ってもよいほど、厳しい毎日を送る中、さすがの私も心も折れそうになる。
やはり、身体からくるダメージは、気持ち的にも確実に響いてくるということが、とてもよくわかった。

しかし・・・・・。
シンドイ時のピーク時は、どう考えても、もうこのまま終焉を迎えてしまのではとも思えてしまうのだ。
職場でも、普段、まず見せることのない、私のボロボロの姿を露呈してしまっている。
先が見えない。
もう、一か月後の自分が見えなくなってきている。

ただ・・・・・・・。
こんな終わり方はありえない。
私のイメージしている終焉の迎え方はこうではないのだ。
私のイメージする終焉は、こんな治療の副作用とか、肺炎のような合併症ではない。
やはり最後は癌と真っ向勝負し、とどめは癌に刺してもらいたい。
そして、何度も述べているように、私の体ごと火葬場で癌細胞を焼き尽くすのだ。
それでも、私の精神は消滅することなく、あの世で勝利の雄たけびを上げるのが、私の終焉のシナリオなのだ。
例え、肉体は滅んでも、精神は絶対に屈しない。

こう考え直すと、不思議に力も湧いてくる。

ここはTG医師の判断を信じるしかない。
それと、私の癌への対抗心と意地も少しは見せては行かねばならない。

とにかく・・・・・。
幸いにも今日の倦怠感は比較的軽い。
ただ、気持ちは少し疲れてもいるようだ。
この後は帰宅し、寝ることにしよう。
先月は、この二つの病院の掛け持ちの後に出勤していたが、さすがに今日はここのところの疲労を癒すことを最優先にする。
後は家に帰って寝るだけということからか、気分もかなり楽な気持ちで安定してきている。
また、周囲の景色の見え方が変わってきた。
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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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