東京行き直前のKY病院の診察・・・・・、なんとコードブルーと初遭遇!!

2018年11月16日(金)のこと。
昨日のTS病院の定期診察に引き続き、本日はKY病院の定期診察日。
2日連続の診察。
正直、ちょっと、めんどうくさい。

いつも通り採血から。
昨日のTS病院のTG医師とは違って、肝臓の数値があまりよくはないとのこと。
ん・・・・・・。
たった2日間の間で、数値がそんなに変わるのか?
それとも見る医師による違いなのか?
それぞれの表現の仕方なのか?
やや戸惑ってしまう。

でも、今日は心なしかM医師も他のスタッフも、今日は非常に優しく接してくれている気がする。
こちらからは、TS病院での放射線治療が終了したこと、そのことによってやや体のだるさも軽減されてきたことなどを報告。
食欲も少しばかり出てきたことを報告するが、全体的にはやはり減少していることには変わりがない。
こちらの記録でも前回(一か月前)より3Kg落ちてきているということを告げられる。
今後のTS病院の方針は昨日の診察結果を要約し、かなり肝臓には気を使っていると告げる。
この後も、月一回ほど定期健診があることを伝えすると、やや驚かれたが潜在的な副作用を心配していることもあるからと伝えておいた。

すると、「咳や痰がひどくなったり、食欲がなくなってしまった時はこちらでも対処ができるので、すぐに言ってきてください」とのことで終了。
TS病院への対抗心もあるのか、はたまた、いくら何をしても本当の末期が近いと思っているのか、その真意わからない。
とりあえず、ここのM医師については丸山ワクチンのことや、明後日、上京することは言わず、事後報告にしようと考えた。

そして、この日・・・・・・・・。
会計待ちでソファにかけて待っていると、院内にコードブルー発令のアナウンスが鳴り出した。
すぐに正面入り口から、ストレッチャーに乗ったご高齢の顔色が真っ白の方が、ご家族と共に運ばれて来た。
そして、院内の各室から次々と医療関係者が必死の形相でバタバタと飛び出てくる。
本当に、映画やドラマと同じなのだ。
物凄い緊迫感に、病院中が瞬時に全て包み込まれる。
私も昔からあちこちの病院通いはかなりしていたほうだが、コ-ドブルーをリアルに目撃体験したのは初めて。
後で、仕事上の医療事務の御客さんにそのことをの話し、「あれって、医療事務の人も飛び出していくんですね?」と聞いてみると、その人もコードブルーの経験はないものの、一応、教育は受ける。
「おそらく、ご家族の方に健康保険の確認に行ったのだと思います、それがわからないとカルテも作れず、次の処置に進めないからだと思います・・・・・・・」とのこと。

日頃、医師との相性とか、情報システムが悪いとか、ブチブチ文句も言う私だが、病院とはすごいところだと改めて思い知った次第である。
あのご高齢の方の快方を祈るばかりである。
スポンサーサイト



にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
にほんブログ村

テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

TS病院、放射線治療後の診察!!

2018年11月15日(木)のこと。
丸山ワクチンプロジェクトで東京へ行く前に、ここTS病院での診察日がやってきた。
あの肝臓部の放射線治療最後の日
猛烈な倦怠感で仕事を早退した。
翌日、翌々日の二日間は寝たきり状態で、仕事を休むはめになった。
それ以来のTS病院でのTG医師との面談。

病院到着後は、すぐに採血。
その後、診察室でTG医師に、さっそく放射線治療終了後の、あの強烈な倦怠感の症状を説明。
まず、TG医師は「ふむ・・・・」という感じで、本日までの経過の聞き取りが行われる。
状況としては、徐々に、その倦怠感の症状は軽減していったことを伝える。
今も全くないわけではないが、この週末には東京まで行こうかという気分になっている状態のため、日常ではもう支障はないということを報告。
体重は相変わらず減り続けているが、少しだけ食欲が出てきたということも付け加える。
TG医師は、特にこの症状について言及するわけでもなく、とりあえずは本日の採血の結果の話に入る。

肝臓については、大きな異常はないとのこと。
一か所だけ、気になるところがあるにはあるが、今すぐに何かをしなければならないという状況ではないらしい。
もしかすると、この部分が体へのだるさの原因となっているのかもしれないとのこと。

肺については、色々と転移はあるものの、放射線の照射部位は完全に消滅した。
肺への放射線治療としては成功したよう。
他の転移部分も、すぐに手を打たなければならないほどの悪さをしていないので、しばらく様子を見ていくことにしましょうということに。
その肝臓部については、実はもう少しやろうと思えばやれるところもあるのだけれども、手を付けるのは正直微妙ということらしい。
TG医師をもってしても、肝臓を傷めてしまうことや、今回のような副作用を考えるとためらわれるし、それだけの怖さがあると言わしめた。

私の方からも肺の時より肝臓の時の方が、想像以上にダメージがあったことを話す。
肝臓は静かなる臓器と言われており、それだけの怖さはあるのだそう。
まだ副作用からの回復が今も完全ではないことや、幸いなことに、肝臓自体がそれほど悪くなっていくという変化も見られないため、こちらもしばらく様子を診ながら今後を考えてみましょうということに。
状態が整えば、また放射線をやることになるかもしれないけれど、今はテイエスワンエスワンタイホウ)の服用をお勧めするという結論。
「あっ、やっぱりテイエスワンは推奨してくるんだ・・・・」と改めて実感。
HW病院の前の担当A医師の言い分と同じで、これはKY病院のM医師とはまったく正反対の見解。
私は、先に述べた倦怠感のこともあり、このテイエスワンの使用は独断で中止したまま。
ここのTG医師までもがここまで言うなら、私もタイミングを見てを服用を再開しようという気に。

まぁ、いずれにしても次の放射線治療を連続して行うというより、少し経過を診ようという見解に対して、私の懸念事項が一つクリアされた。
それは万が一、放射線治療をすぐに継続するとなった場合、丸山ワクチンとの併用をどうしようか?ということ。
治療的には併用することはなんら問題はないらしいのだが、私の通院上の都合がある。
丸山ワクチンのX病院と、ここTS病院は地理的にまったくの逆方向なのだ。
一応、出勤前の通院という前提で、今までの治療の計画を立ててもらっていたが、この二つの病院への同時通院をベースに出勤前の治療計画を組み立てるのは不可能に近い。
どちらかの病院を仕事帰りにとも思ったが、これはこれで移動距離上の私の負担が大きい。
ここで放射線治療について、一旦、様子見ということになったことによって、今しばらくは丸山ワクチンの方に集中できるということになる。
本当はやれるなら両立が望ましいのだが、諸々の私の都合やら、TG医師の私の肝臓に対する見解は極めて厳しく慎重を要していることもあり、ここは納得するしかない。

そして、TG医師に丸山ワクチンの治験を開始すること、今週末に東京へ行って薬をもらってくることを伝える。
「あれって、取りに行かなければいけないんですか?」と問われる。
初回だけ直接足を運び、登録と薬の受け取りを行い、以降は郵送対応してくれると返答。
やっぱり、どの医師でも癌のことなら何でも知っているということではなさそう。
ましてや、正式認可されていない治療法ならなおのこと。
それ以上、TG医師は丸山ワクチンのことは触れず、またしてもテイエスワンの継続を口にされる。
ここまで強調されるなら、M医師の所見はやはり置いておくしかない。

この日の診察結果から、当面はこのテイエスワンの服用と丸山ワクチンに集中するという、今後の方向性が確立した。
ただ、ここTS病院での診察は今後も継続しながら、経過を診ていくということで、次回は来月ということになる。
しばらくは3つの病院の通院を掛け持ちということになりそうだ。
にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
にほんブログ村

テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

目指すは日本医科大学付属病院!!まだ私には闘う武器が残されている!!

2018年11月12日(月)のこと。
一昨日のHW病院でのやり取りで、大変ありがたいことに、丸山ワクチンの治験引き受け病院が即日決定した。
本当にありがたい。
私はこの病気になってよかったのかもしれない・・・・・・・・
私の生涯で、この病気を自覚する以前は、これほど周囲の物事や人々に、心の底から感謝という念を持ったことはなかったかもしれない。
それは、人並みに、口先だけの感謝はなんぼでも口にしていただろう。
でも、それとは違う・・・・・・。
私のようなちっぽけな命に対して、人並みに扱ってもらえること、大勢の方々が本当に一生懸命力を尽くしてくれていること、人々の真心というものがこれほど真摯に伝わって胸を打ったことはなかったように思うのだ。
病から学ぶこともあるというが、今まさにその心境である。

今の私の現状として・・・・・・。
もはや、私に残された癌への対抗策としては、非公式ながらも医療手段としては、この丸山ワクチンしか現実的な手段はない。
もっとも、外国まで行けば、まだまだ色々な手立てが残されているのだろう。
しかし、私にはそこまでの経済力もないし、そこまでの代償を払ってまでの命そのものへの執着もない。

そしてそれでも、この丸山ワクチンをもってしても、どれほどの効果があるのかもわからない。
完全なものなどはありえないのだ。
私にとって、どれだけ延命できるかはわからないが、最終的な命の終焉はこの癌によるものという終着点は、私なりに見えてもいるし、理解と覚悟はしているつもり。
人が生まれながらに与えられる寿命というものがあるのなら、それが天命というものであろう。
その天命にいたずらに抗ってみても、それは私の持って生まれた星の宿命に、ただただ反することなのかもしれない。
けれど、まだ生きている以上、命を実感しているこの魂の責任上からは、やれるだけのことはやるという私の生き様を示すことは、こんな私にも残されたちっぽけな矜持なのかもしれない。

その残された最後の手段に、こうしてスムーズに手続きができるということは、私に何かが味方をしてくれているように思えてならない。
本当に、何度も繰り返すがありがたいこと。

さて、丸山ワクチンプロジェクト(我が家ではもはやプロジェクト扱い)の準備であるが、着々と、家内が手を打っている。
早くも病院側で記載してもらう書類の治験承諾書とSSM治験登録証を用意し、さっそく本日、KS医師に書類作成の依頼をして来ている。
できれば、今週末の温熱治療の時に書類を受け取りたいということでお願いし、快諾いただいている。
これによって、日程の計画に手が打てる。

さっそく宿と航空券の手配。
11月18日(日)に札幌を立ち、11月19日(月)に東京千駄木にある日本医科大学付属病院に行く手配を完了。
前にも少しだけ述べたが、とにかく最初の治験登録手続きとワクチンの受け取りは、直接病院へ足を運ばねばならない。(2度目以降は郵送にてワクチンを送付してもらえる)
また、この手続きができるのは、この丸山ワクチンの起源的なことからも、現在では国内でもこの日本医科大学付属病院でしか取り扱いはない。

この病院が普通の病院と変わらず平日のみの外来診療のため、19日の月曜日は仕事を休まねばならない。
また、その診療や手続きの所要時間や、待ち時間がまったく読めないため、1泊2日の日程で大丈夫か?とも思ったが、とりあえずはこの日程でチケットを抑えた。
当初、私は、放射線治療後のあの倦怠感の症状的にも、私の上京は無理で家内一人で行ってもらうことも考えたが、ここ最近の体調では何とかなると踏んで、私と家内二人で行くことに決めた。
当然ながら家内の仕事も19日は休みをもらうことになる。
想えば、家内と二人だけで東京に行くのは、一緒になって以来初めてのことではないか・・・・・・・。

繰り返すが、この丸山ワクチンの効果が私にとって、どうなるかはまったくわからない。
もしかすると、まったく効果がないということもあり得ること。
でも、とにかく過大な期待を持たずにやれることを着々とやってみるしか、今の私には手がないのである。
私の運命は、当の本人にも、家族も医療機関の専門家でも、誰にもまったくわからない。
人の命を司る天に託すしかない。

そして、まだ・・・・・・。
まだまだ私には、どうやら闘う武器があるようだ。
まずは、その武器を手に取ってみよう。 にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
にほんブログ村

テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

丸山ワクチンプロジェクト始動!!

2018年11月10日(土)のこと。
放射線治療終了後の倦怠感ダメージが完全になくなったわけではないが、ここ最近では、日常生活内でツラさを感じることはほとんどなくなったきた。
やはり、癌そのものの悪さというよりは、治療の副作用だったということのようだ。
治療が終われば治まって行くというTG医師の言葉通り。

さて、今日は温熱療法でお世話になっているHW病院での診察日。
通常、ここの定期健診は一か月に一回程度なのだが、新しくKS医師が担当になったということと、前回、治験の引き受けを依頼していたということもあるせいか、2週間後の今日、この日に診察日が設定されている。

今日の主題は、その丸山ワクチンの治験引き受け可否の検討結果をうかがうこと。
まず、KS医師との対面。
すると、「この間の、丸山ワクチンの話ですが・・・・・」と、いきなりの直球。
もともと、私も家内も、正直なところあまり期待もしておらず、実際には、近場での小規模クリニックに軒並み依頼をしていこうかとも思っていたところ。
しかし、「結論から申し上げると、お引き受けしましょう・・・・・」とのお返事。
一瞬にして、私も家内も目を丸くして固まった。
こんなに早く、引き受け先が見つかるとは思わなかった。
しかも、ここのHW病院で・・・・と。

「実は、色々と喧々諤々と院内で議論もあったのですが、最終的にはお引き受けすることにしました・・・・」と、言葉が続く。
なるほど、やはり簡単ではなかったようだ。
しみじみと、またしても感激と感謝の念がこみ上がってくる。
私も家内も、とにかく「ありがとうございます」と、丁重に頭を下げるのみ。
しばし、それ以上の言葉がでてこない。

正直なところ、ここで引き受けてもらえるとは露ほどにも思っていなかった。
取りあえず、あちこちへの依頼の手始めに、というところの認識でお願いをしてみたということ。
実際、このHW病院は温熱療法のスタッフさん達や看護師さん達の対応は丁寧だが、一部の医師には信じられないほど態度が横柄な人がいたり、特に、病棟と事務の連絡連携がとにかく酷く、不満の多いところでもある。
これについては、今までにも何度か述べていた通り。
しかし、病院全体の医療への取り組み姿勢と、そのこととはまったく別なことということなのだろうか。

とにかく、この件については本当に感謝の念しかない。
私と家内の頭は、ひたすら下がったままである。

少し話はそれるが、どうして、この丸山ワクチンの治験を引き受ける病院を探すのが難しいのかということに少しだけ触れてみたい。
基本的には厚生労働省が正式に認可している薬ではないため、保険医療の適用外であり、病院としては手間の割には大した収益にならないということ。
もうひとつは、丸山ワクチンに積極的にかかわっていくということが医学界の主流からはずれてしまうという観念があるらしいこと。
KY病院のM医師が典型的な例であろうか。
それが病院全体の経営方針ということもあるだろうし、医師個人の見解として学会等で睨まれてしまうからとか、単に丸山ワクチンへの勉強不足ということもあるのかもしれない。
とにかく、一般的に丸山ワクチンを希望する人は、まずこの壁にぶち当たるようなのだ。
それを私は、初っ端から無事にクリアできたということ。
これは、本当に喜ばしいことである。

そして、KS医師からは、やはり自由診療であるため、保険診療内の温熱療法の治療日と同日にはできないこと、週3回位の注射を打つことでの通院になること等の説明がなされる。
また、「日本医科大学付属病院への手続き的なことは、何でもしますので気軽に言ってください」とのことも。
そして、診察室を出た後は、看護師さんからも細かな説明がなされる。
大体はKS医師からの説明とかぶるのだが、最後に、やはり、このことはオープンに引き受けていることでもないため、「あまり大きく広めないでいただけたら・・・」と、やんわりと申し付け加えられた。
そのため、このブログ内でも、今後はこの丸山ワクチンの治療に関する時は、ここの病院のことをX病院と呼称して使い分けることにする。

そして、その後、事務長も挨拶に見えられ、今後の治療のこと、費用について、およそ1回当たり1,900円くらいの自己負担になるということの説明を受ける。
保険適用外とはいえ、1,900程度で済むとは・・・・・・。
これにはびっくり。
ネットの情報によると、やはり病院側としての収益にならないため、10,000円単位でふっかけられるところもあるという情報を目にしていた。
ここが良心的でよかった・・・・・・・・。

色々と窮地に立たされているようでも、やってみると、それなりに活路は見いだされるものということを、今回も改めて実感する。
またここでも、故人となった山下弘子氏の言う患者力という言葉が思い出された。
私は、この言葉をもう少し細かく解説すると、その要諦はやはり情報の収集力と、ほんの少しの勇気と行動力にあると思うのだ。
もちろん、情報は何でもかんでも鵜のみにしてはダメで、正しい情報を見定めなければならない。
では、どうやって正しい情報かどうかを見定めるか・・・・・・。
それには、やはりまずは、よくも悪くも数多くの情報に触れるしかない。
そして、最後の見極めの基準は、その情報の分析力。
これはもう、心眼をもって道理に照らすしかないと思う。
ここが、ほんの少しの勇気が必要だという私の見解。
なんだか、私も悟りの境地に入って行くようである。
まぁ、でも、よくよく考えるとそれもそうだろう。
たまたま、今がなんとかなっているだけで、私は元々、何度も余命を宣告されて、命と直面する毎日を送っている身なのだ。

さてさて・・・・・・。
それはそうと、ちょっとこれから忙しくなる。
できれば今週末にでも東京行きを実現させたいところ。
さっそく、各種申請書類の準備(専用サイトからダウンロード)と、宿泊先と航空券の手配に入ることにしよう。
にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
にほんブログ村

テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR