患者の立ち場、病院との関係について・・・・・・

2016年4月~6月頃のこと。
私の癌治療は基本、シスプラチンゲムシタビンという2種類の抗がん剤を週1回、2週続けて1週休むというパターンで投与中。
それと、既に述べてもいるように、温熱療法(ハイパーサーミア)を40分の加温で週1のペースを続けてもいる。
さらに家庭での取り組みとして、食事療法を始めとした民間療法(日常の取り組み・・・・・・)も同時に継続中。
これについては、長く続けるためもあって、あまり無理をせず、できることをできるだけという取り組み。
副作用については、これまでに何度も述べているように、幸いにも特段、苦しめられることもない。

この頃、癌への効果としての大きな成果は未だ聞かされてはいないが、実に淡々と治療が継続されている。
ただ、ここまでの変化として、どうやらCT画像上では少し腫瘍は小さくなったということが伝えられてはいる。
しかし、一時的な効果とも思われているのか、その事実を一度だけポツリと伝えられただけで、正式にはそれ以上の判定はなされていない。
でも、体調についての私の自覚としては、それを耳にした精神的な影響もあるせいか、不調感がほとんど感じられないようになり、食欲も増進し体重も増えてきた。

この体重・・・・・・・。
思えば、当初の病気発覚時には体重が最大9kgも減少し、私のお尻が小さくなったとみえて、スラックスがダブダブになってしまい、今思えば、誰がどう見ても重病人の様相を呈していたと思われる。
しかし、今はその時に買ったスラックスがきつくて入らなくなってきている。
メタボ的にはどうか?ということでもあるが、この癌の病気的にはいい傾向なのであろう。
ただ、血糖値の調整とのからみは気にしなければいけないところなのだけれども、食事療法の功も奏しているのか、こちらも安定していて順調。

しかし・・・・・・・。
やはり白血球の減少と貧血はある。
さらに腎機能の不調を、時々告げられるのは変わらない。
それによって、別の病気にかかりやすいとか、傷が治りにくいとかの症状は、今のところ特に起きてはいない。
ただ、腎機能についてはクレアチニンの数値が高いことが多く、「とにかく水分を補給して!!」と、クドいほど毎度告げられる。
また、カリウムの摂取も控えるようにと。
これ、調べると、野菜や果物に多く含まれているようで、私の今の食事療法との兼ね合いが難しくなる。
この調整は、素人には無理かな・・・・・・。

ただ、ほとんどの場合は抗がん剤治療に支障がないということで、そのまま治療は続けられたが、この期間、時々数値が悪くて抗がん剤の投与を中止することが数回発生。
私のスマホのカレンダーには、同年5月13日、6月17日に、その血液検査の結果から抗がん剤治療を中止しているというメモが残っている。
大きく全体的に見ると、いい流れのようには見えるが、やはり毒を体内に入れているのだということには、改めてその想いも強くなる。

それと、余談ではあるが、温熱治療を受けているHW病院。
この4月~5月の間で、やや小さなトラブルが発生。
それは治療上のことではなく、必要な連絡や調整について不備が目立つということ。
担当医と医師事務作業補助員、医事課事務との連携が悪いため、それぞれの言うことが違い、非常に流れも悪く、病院へ来てみると話が違っていた!!ということが度々発生。
これは、一番最初にここの病院へ足を踏み入れた時に、いみじくも感じていたことが現実となったということ。
おかげで、2日続けて高額なCT検査を行うことになったり、事務からも必要な連絡が当日の朝、もう病院へ行くために家を出た後の時間帯に家電へ連絡をしてくるといったことがあり、本人との意思疎通よりも電話をかけたという事実だけで、ご自分の仕事の義務を果たしたという主張をされるということも発生。

実は、これはほんの一部のことで、細かいことを言えばキリがなく、ここまでにも色んなことでお世話になっているという立場から、ずっと首をかしげながらも我慢を続けてきていたという経緯がある。
ただ、これは患者と病院ということのくくりだけではなく、もはや普通に社会人としてどうか?というレベルにも達してきたため、ついに家内がキレて、病院へ苦情として連絡。

すぐに院長から謝罪の連絡があり、事実関係を調べられていらっしゃったようで、病院側の不手際のお詫びを伝えられる。
そこで驚いたことに、なんと!!このドタバタの元でもある担当医が退職するということがここで判明。
前回、対面したのが最後だったということである。
家内が驚くと、院長も「お伝えしていなかったんですか・・・・・」と絶句。
「この後は、後任に責任を持って担当させますので・・・・」と、ものすごく丁寧にお話をいただいたため、とりあえず私達も「今後ともよろしくお願いいたします」ということで落着。

この件は、このブログに載せるべきかどうかはものすごく迷ったが、『追い詰められた末期がん患者とその家族のクレーマー』という誤解を恐れることなく、やはり起きたことは起きたこととして、事実は載せておこうと決断。
当然、関係者に必要以上の迷惑がかからぬよう、表現については配慮しつつ、客観的な視点からの事実を記することにした。
これは、やはり患者と医療サイドの関係として、どうしても患者は弱者であるということが背景にある。
基本的に患者は、言われることに従うしかないし、医療費についても実際の請求と実際の体感に差があっても異の唱えようもない。
もちろん、その病気の性質も専門的見地が高くなればなるほど、患者は無力である。
しかし、ここは冷静になる必要があり、お世話になっているからといって、人としての存在感まで失うものでもない
患者としては、どんなに相性や感覚的な不一致があったとしても、その技量やサービスにはある種の信頼をもってお願いをしている。
それをふまえて、一般常識の観点を失うことなく、時として感じたことへの意見を主張するということは、私はこれも患者としての大事な闘病の一部なのだとも思う。
私はこの病気によって、様々な面で色々な分野への感謝の念が新たに生まれた。
もちろん、医療関係者にも心温まるほどの恩恵も受けている。
ただ、その想いは、それはそれとして大事にしつつも、理不尽と感じることにはモノを言う勇気も必要だ、ということを今回学ばせてもらった。

ちなみに、これ以降のHW病院との関係は極めて良好であり、後任のA医師には、KY病院のM医師とはまた違った方向から大変お世話にもなっている。
現在も信頼のおける医師ということで、いつも大変、感謝の気持ちでお付き合いをさせていただいている。
また、この病院の心あるスタッフたちの名誉のために、温熱治療室や処置室のスタッフさん達や看護師といった、現場サイドの方々は、すごくていねいで配慮の行き届いたサービスをされているということだけは忘れずにお伝えしておきたい。
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癌に対抗できているのか?

2016年2月~3月の頃。
この頃、治療の流れが安定してきたことは既にお伝えした通り。
抗がん剤については、週1回の治療を2週間続けて、1週休むというパターンを継続。
温熱療法については、40分の加温を毎週土曜日という治療を続けている。

温熱療法に関しては、その日の体調によっては、まったく何も熱さを感じない日もあれば、開始早々、すぐに熱さを感じる時もある。
その日の体調にも影響され、パットの当て方等によっても微妙に差が出てしまうのだそう。
その状況はまちまち。

確か、温熱治療を開始して2回目くらいの時であったろうか。
無事に終了したと思いつつ着替えをしている最中に、足元がフラつき、へたり込んで立てなくなることがあった。
後にも先にも、この時だけのことで、この時は技師の女性スタッフも、結構、慌てる。
すぐに車いすに乗せられ、外来の処置室で横になる。
一緒にいた家内もびっくり。
私自身、そんなに大きなダメージという気はしていないのだが、なにせ体がへたってしまった。

すぐに外来の医師もやって来て、「点滴をしますか、入院しますか・・・」と問いかけてくるが、私自身の実感としては、なぜか、少し横になってさえいれば直に回復するという確信があったため、全てお断りし、水分を補給しながらしばし休息。
ものの10分程で完全回復し、無事に帰宅。
その後は、まったく正常に過ごすということがあった。
このことにより、熱すぎると我慢は禁物という教訓を得たが、これ以降は、普通にしていても、このようなことはなく今日までに至っている。

一方の、抗がん剤治療は相変わらず。
心配された副作用の実感がない。
まず、投与後の吐き気や食欲不振がない。
確かに、投与直後の当日は、食事はあまりおいしくはないし、積極的にワサワサ食べるというわけではない。
ただ、これは、抗がん剤に限らず、この病気の兆候が見えてきた頃からのことなので、特別、副作用によるものではないと思う。
そして、それでも一応は、普通に一食分の食事を難なく完食できている。

また、口内炎も通院の度に、毎度チェックされるが、まったく問題なし。
手足のしびれやむくみなどもまったくない。
頭髪に関しては、若干、薄くなったような気もするが、これは後に、ただの加齢によるものと判明。
下痢・便秘についても、当初は便が堅くなるという症状も見られたが、マグミットという薬を服用。
これも、徐々に量を減らし、その後はまったく必要なくなる。

あえていうなら、抗がん剤投与のその夜は、多少寝つきが悪くなるということくらいかな。
これは、後でわかったことであるが、薬の成分としてステロイドが少しだけ入っているのだそう。
また例の翌々日の発熱や頭痛といったこともまったくなくなり、さすがに当日だけは動けないが、その翌日以降からは普通に活動できている。
基本的には、体が抗がん剤に対して、馴染んできたというべきであろうか。

もともと、私の使用する抗がん剤の副作用はそれほど強くはないと、最初にM医師からは説明されている。
5段階表示でいえば2とか3くらいの位置付けで、他の部位で使用される抗がん剤よりは軽いとのことらしい。
ただ、それでも、これも後にわかったことだが、シスプラチンという薬は、なかなか結構、キツイものらしい。
これは、本当に他の癌患者の皆さまには、大変申し訳なく思えてしまう。
私の体質にも感謝でもある。

ただ、体内的には、貧血、白血球の減少といった症状が見られるのと腎機能が少し悪くなるということは起きている。
今のところは治療継続できないほどではないということで、まず経過を診ながらということで治療を進めている。
肝機能についてはすごく落ち着いて正常の範囲内。
しかし、この腎機能については、少し注意が必要とのことで、日常的に水分をとにかく多く補給することで対処している。

だが、癌に対して効果が出ているのか?
・・・・・・・・。
これについては、今のところは何とも言えない。
まだ、始めたばかりで、効果を期待する時期でもないのかもしれない。
気分的には、勤務中に肩を落とすような疲労感がなくなったような気がするし、通勤時のけだるさも幾分軽減されたような気もする。
でも、これも気がするというだけで、明確な実感はない。

しかし・・・・・・。
この3月中旬に行われたCT検査にて、その結果では、M医師から「少し、腫瘍が小さくなってますね・・・・」という言葉が発せられた。
ただ、これでいい方向に向かっているという断言はまだできないようで、一時的なものかもしれないという懸念を持っているというのは、このM医師の雰囲気からは察することができる。
まぁ、この結果には、私も悪い気はしないが、敵はあの癌である。
これだけで、手放しでまだまだ喜ぶには至らない。
後で、ガックリくる方が怖い。
私もメンタル面では強いとは言いつつも、決して鉄の心を持ち合わせているわけでもない。
ここはまだ、慎重に経緯を見ていくという風に捉えることにしよう。
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不思議な夢を見た・・・・・・・・・

 2016.3.12(土)のこと。
この日(おそらく早朝)は、実に不思議な夢を見た。
夢なんて、今までにもいくらでも見てきているし、特に気にするようなことはあまりなかった。
そして、すぐに忘れてしまうもの。
しかし、この日の夢は何か違った。
あまりに不思議な世界観と、登場してくる人・もの・動物たちの組み合わせが実に印象的なのである。
朝目覚めても、しばらくはその映像イメージが醸し出す、色彩・音・声・設定・景観・動きなどの全てが頭から離れなかった。
あきらかに、普通の夢とはちょっと何かが違うような気がし、目覚めた後もはっきりと覚えていられる。
これは、今の私の置かれている現状が現状なだけに、なにかの暗示なのか?はたまた私の深層心理の現れなのか?ということで、この日の目覚めは、なんともいえない、とても不思議な気分で一杯となる。

そしてこれは、じきに記憶から消えてしまうだろうと予想されたため、まだ覚えているうちに記録に残しておこうということで、まだ完全に目覚めていない頭で、すかさずPCに向かって覚えていることを打ち込んでおいた。
案の定、30分が過ぎ1時間と時間が過ぎていくと、その記憶は薄れていき、今となっては不思議な夢を見たということ以外、まったく覚えていない。
そこで幸いにも、その時の夢の記録を打ち込んだメモが残っているため、ここに披露してみたい。

以下、その夢の記録(一部、文法上おかしいところは修正)。

『なぜか白蛇3匹を、中が空洞のかまくらのような雪山の中に封じ込める作業をしている。
その雪山の高さはちょうど身長くらいの高さ。
白蛇はその雪山から出たり入ったりして、頭をのぞかせている。
そのうちの1匹だけが、なかなか思うように封じ込めることができずに、とうとう雪山を崩しながら封じ込めることになる。

周囲には、いつの間にか手伝いの人々が集まり出し、私はいつの間にか、その人達を指図する立場になっている。
その作業をしている皆さんは、とにかく威勢がよく、なんでもかんでも豪快に雪山を崩してその空洞を埋めることによって白蛇を封じ込めようとしている。
私は、そのあまりの作業の荒さに、彼らの作業に注意を与えている。

すると、その雪山から、何冊も本が出てくる。
まるで、その雪山の雪が本に変わってしまったかのような感じ。
雪が本に変化しつつある中で、いかにも魔法ファンタジーの洋画に出てきそうな初老の人が登場。

その初老の人。
背は低く小太り。
ベージュン色の毛糸のベストに、コーデュロイのジャケット姿。
黒い大きめの丸メガネに、頭髪は頂点に髪がなく、横だけ長めの白髪を垂らしている。
口ひげも真っ白。
本当にハリーポッターとかに出てきそうな人。

この人がその雪山から出てきた本を、隣の部屋の軒下のかもいのようなところに立てかけるようにして、せっせと隠して?くれている。
この本はどうやら私の本のようで、この人はすごく大事そうに取り扱ってくれている。
次から次へと出てくる本の中で辞典のような本が出てきた。
この人はその本を手に取り、「こういう本は捨てちゃいけないよね、後の人のために役立てるべき・・・・・」と、特に丁寧に扱ってくれている。
そして、それを見て私はすごく安心している。
出てきている本の背表紙には、いずれも私の認め印を押した小さな紙がセロテープで貼り付けられている。
とにかく、私はこの状況を見て、とても安心感に浸っている。』

ちょうどこの辺りで家内に起こされて目覚めたという状況。
とにかく・・・・・。
なんとも、不思議な夢。
私は夢分析とかいうものには全く関心もないため、これが一体何を意味しているのかがまったくわからない。

白蛇って、いったい何を象徴しているのか。
なぜ雪山なのか?
どうして封じ込めようとしているのか?
なぜ1匹だけ手ごわいのか?
封じ込める作業をしていた人たちはだれ?
どうして作業が荒い?
なぜ本が出てきた?
本を隠してくれる初老の人は誰?
辞書を大事に、というのはなぜ?
どうして私はそれを見て安心している?

もう、全てが謎だらけで、意味もなにもわかりようがない。
確かに私は本が好きで、本を大事にする傾向がある。
実際に本を片付けようとする家内に、「この手の本は捨てちゃダメ!」と言ったこともある。
でも、本の背表紙に印を押した紙を貼るような習慣はない。

白蛇は癌を象徴しているのだろうか?
作業者は医療関係者なのか?

私の頭脳で無理やり解釈を試みるが、これ以上の想像のしようがない。
また、この展開の流れそのものも、まったく理解不能。
後半は本のことがクローズアップされてくるが、最初の白蛇の件はどうなった?
なぜ展開が突然切り替わるのだ?
まったく、脈絡もなにもない。

夢といえば、私の実父も義父も、亡くなる少し前に、夢にまつわる話をしていたことが思い出される。
私の実父は「死神が来た!!」と言っていたし、義父は「お迎えが来た!!」とも言っていた。
私の場合、この夢は死神を象徴しているのだろうか、お迎えを意味しているのであろうか・・・・・・・。
その後の経緯や、この原稿を打っている今までのことを考えると、どうやら悪い夢ではなかったのでは?というとらえ方ができるのかもしれない。
でも、私の人生において、ちょっと普通の夢とは違った、大きなインパクトがあったのは事実である。
私はスピリチュアルな世界に対して、関心がまったくないわけではないものの、それほど傾倒するタイプでもない。
このことは、なにがしかの、どこかからのメッセージなのであろうか。
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温泉の効果?

2016年2月頃から始めたこと。
この頃に取り組み始めたことで、もう一つ記載しておこうと思うことがある。
それは、温泉施設の利用

これは正直なところ、最初は「単なる気晴らしで行ってみただけ・・・・」ということからの始まり・・・・・。
もともと、私は温泉への興味はそれほど強くはなかった。
いざ、現地に行ってしまえば、まぁ、そこそこ楽しめるのだが、どちらかというと行くまでが面倒と思ってしまうタイプ。

しかし、ある時、近場の天然温泉施設に行ってみたところ、私の病巣へのある変化が感じられた。
私のもとの原発巣は胆のうから肝臓に繋がる胆管と呼ばれる部位なのだが、特に大きな腫瘍としては肝臓に転移がある
その当時の私は、肝臓近くの腹部に手をあてると、確かに堅い異物のようなものが、結構、大きく感じられていた。
それが、温泉のお湯に浸かっているうちに、無くなってしまうことに気が付く。
それは大変残念なことに一時的なもので、翌朝頃には、また堅い異物が復活しているのだが、一時的とはいえ、この効果には大変驚く。
思えばあの温熱療法も、癌は熱に弱いという性質が原理となっている。
家の入浴ではまったく気が付かなかった。
「これは、なにがしかの効果があるのかもしれない!!」と、以来、我が家では頻繁に、温泉施設に通い詰めることになる。

        《今まで行ってきたところの一部》

<上富良野>

<虎杖浜>

<支笏湖(1)>

<支笏湖(2)>

<ニセコ>

<岩内>
<登別>

<阿寒>

実は私、某有名外食レビューサイトでのレビュアーでもある。
そちらでは、この温泉行きを『にわか湯治シリーズ』と称して、各地の温泉施設のレビューを次々とアップし続けている。
興味のある方は、私のハンドルネームで検索してもらえると、私のページにたどり着けると思う。
こちらのレビューを続ける私の意図は、他の方々のように、おいしいお店や料理を紹介するというスタンスではなく、私に万が一のことがあった時の、家内との思いでの記録というつもりでレビューを上げている。
それと、食欲不振の対策として、食べるという行為にある種の貪欲さを義務付けようという狙いもある。

さて、その温泉のことについてであるが、本当は癌にいいと言われる、ブラックシリカラジウムの温泉が好ましい。
ただ、いつもそういう所ばかりに行けるわけでもないので、あまり深く気にせず、とにかく長くゆっくりとお湯に浸かるということに集中することにしている。
時々、温泉成分の禁忌症として悪性腫瘍と書かれている場合があり、本当は良くないのかな?とは思うものの、これもあまり気にはしていない。
成分的なことよりも、癌も人それぞれで、決して一括りにできるものではないという解釈をもとに、気持ちを優先しているといったところ。
あれだけ面倒くさがっていた温泉も、今では欠かせない、我が家の日常の一部となっている。

ちょうどこの頃から、癌の治療の方も効果の方はまだわからないが、一応は、一定の私の治療パターンとして安定化してきている。
例の、抗がん剤当日の倦怠感は相変わらずだが、治療翌々日の発熱は起きなくなってしまった
体が馴染んできたのであろうか。
その発熱対策にもらっていた、頓服薬のカロナールという薬。
これは発熱対策のほかに、痛み止めの効能もあるようだ。
今のところ痛みというのはないのだが、時々、腹部中央付近に、いやな違和感を感じることはある。
あまりに酷い時には、このカロナールを使用するといったところ。

私は幸いなことに、今のところ、日常的なしんどさというのがあまりないのが、ホントに不幸中の幸い。
既に何度も申し上げてもいあるが、もう、この病気になってから、あちこちに次々と感謝の気持ちが沸いている。
でも、それに加えて、この状況を許してくれている天にも感謝というところでもある。
そして、この温泉というこの民族文化についても同様。
本当に、ありがたいもの。
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私の闘病を支えていること・・・・・(2)

病気発覚から現在に至るまでのこと。
私のこの闘病の支えになっていることがまだある。
それは、仕事・・・・・・・・。

これがあるからこそ、私は私として維持できている側面もあるようだ。
正直なところ、私は元来、それほど熱心な仕事人間ではない。
世間で言われるような、ハイパービジネスマンなどとは、まったくの対極。
一応、仕事は真面目には取り組むものの、すぐにダルイとかの言葉が口をつく。
こういう人間だ。

ただ、こういう状態になってみると、自分の周りのことがまるで違って見えてくる。
仕事があるというありがたさ、自分のできることがあるということ。
私を必要と思ってくれる人達がいるということ。
これは非常に尊いことなのだと、今更ながら実感している。
余命を宣告されるということは、ある意味、運命を司る者たちから「おまえは、もうこの世に必要ない!!」と言われているようなもの。
しかしこの、仕事があるということは、その解釈に反して、まだまだ私はこの世に居場所があるということの証明にもなろうかと思うことができる。
つまり、仕事を通して様々な人達から、私の存在がまだまだ認められているという、この実感こそが私の日常の原動力になっていることは確か。

ちなみに私の仕事は、困っている方々への相談対応と、解決に向けての具体的な行動支援を行うこと
言葉にすると、たったこれだけの一行でまとまってしまうが、実際には様々な人をお相手させていただくだけに、なかなかに奥が深い。
私自身、社会人として、今まで様々な仕事を経験してきたが、最終的に落ち着いたのはこの仕事で、私自身の最後の天職と思っている。
通算すると、この分野の仕事はもう、いつの間にか20年を超える経験を有し、ベテランといってしまえば、まぎれもなく私はその位置づけになってしまう。
しかし、この仕事に終着点はない。
これだけの経験をもってしても、色々な人と向き合い、様々なケ-スを体験するたびに、新たに学ぶことが多く、未だに私は発展途上という自覚がある。

対象となるお客様は、その日その日の不特定多数の方々の対応も行うが、特定のお客様を個別対応として定期的な予約対応での集中支援を行ってもいる。
その方々の人生に多大な影響を与える性質を有する私の仕事は、とにかくその方々の気持ちに寄り添う真摯な姿勢と、抜本的な解決策の提案など、かなり繊細でありながらも、明日を切り開くべき成果を出さなければならない。
正直、なかなか難しいケースも存在し、私自身も一緒に悩み、一緒に闇を模索するという難易度の高いケースもある。
だからこそのやりがいもある。
苦難の末に、明日への道が開け、お客さんの苦労が報われる時、お客さんの未来を信じて行けると確信した時、私もこの仕事の冥利に尽きるというもの。

そのため、仕事のことや、今対象としているお客様個人個人のことを考えていると、正直、私の病気のことなど頭からふっとんでしまう。
これはもう、入院中も、4時間の点滴中も、抗がん剤後の倦怠感で臥せっている時でも、温熱治療で熱さに耐えているさなかでも、常に私の頭の中にあること。
このことが私の闘病の支えになっているということも間違いのない事実。

そういう意味では、私のようなこんな状態でありながらも、私の意を汲み取っていただき仕事を継続させてくれている、私の職場の組織の寛大さと、関係者皆様方のお気持ちにも、もう言葉にならないほどの大感謝で、このことには家内もまったく同じ気持ちでいる。
その分、私はこの仕事へ全力で向き合わさせていただき、この仕事にまさに命を懸けて取り組むことこそが、私の闘病でもあると思ってもいる。
それは、このブログのテーマでもある、癌と共に働くということを、私はこの体が力尽きる限界まで、全身全霊で実践していこうと思う。
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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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