間質性肺炎入院≪怪奇!!番外編≫

 2017年8月9日(水)のこと。
実は、この話・・・・・・・・。
投稿すべきかどうか迷っていた。
それは闘病そのものの本線とは若干、筋から外れてしまうから。

しかし、この間質性肺炎での入院中のことでもあり、まさに病室の中で起きたことなので、起きたことをありのままに・・・・という私のブログポリシーを貫ぬかせていただくことにした。
もったいつけるのはよして、ズバリ結論から述べよう。

それは、心霊体験!!
・・・・・・のようなもの?

『・・・・・のようなもの?』というのは、私自身がそれがはっきりと心霊体験という確証が持てないからのこと。
ただ、その体験がいかに闘病のさなかの精神状態であるということや、身体への何がしかの負担があったのでは?と考えても、ちょっと普通の現象ではない、なかなかに奇異な体験をしたのである。
私自身、この状況下にあっても、それほどメンタル面も参っていないし、体力も持て余しているということは、今までの投稿の中でも再三にわたってお伝えしているところ。
そんな中で、ごくごく普通の日常を終えようとしたこの日の夜に、ちょっとなんとも言えない不思議な体験をしたのである。

では・・・・・。
まずは、その日に起きたことを再現してみよう。

この日、退院日を目前とした週の真ん中の水曜日。
体調的にも特に変わったこともない日で、しがない一日を過ごした平凡な病院生活の日常の夜のこと。
いつものようにテレビのニュース番組を見て、そろそろ寝ようかと、部屋の電気を消したのが23:00を少し過ぎた頃。
ちなみに、病院の消灯時間は21:00と決められているが、私は個室のためか、どの看護師さんもその時間を過ぎても何も言わず大目に見てもらっている。
そして、私の就寝時はすべての照明を完全に消して、真っ暗の状態にしているのが常。

さて寝ようと、ウトウトと眠りに着くころ、それは突然やって来た・・・・・・・・
まだ、寝ているのか起きているかわからない睡眠状態の中(レム睡眠?)、ベッドの足元の方に一人のご老人の姿が現れる
ここは個室なのに「だっ、だれ!?」と、この上もなく驚いた一方で、意外と私は冷静さもあって、その状態はしっかりと観察できた。
割と、小振りの男性で着ているものは病衣ではなく、いかにもといった水色の縞模様のパジャマ。
その表情は何か思い詰めたような表情で堅い。
お人柄?としてはどこにでもいそうな、人の良さそうなご老人で、こんな場面でなかったら気軽に話でもできそうな感じの人。
しかし・・・・・・・。
私の方を興味深そうな目をして見つめていたかと思うと、徐々に私の頭の方に近寄って来て、私の上半身に覆いかぶさるような状況に・・・・・・・・。

ここまで来ると、さすがに私はびびった・・・・・・・・・。
「うわぁ!!」というような声を出して叫び、手で払ったようで枕もとの台に載せていたプラスチック製の箸箱を床に叩き落としてしまった。
その箸箱が床にガッシャ~ンと落ちた時の音で、私の目も意識もはっきりと覚醒したという感じ。
当然、もう目の前にはそのご老人はいない。

いったい・・・・なんなんだ!!
時計を見るとまだ23:10くらいの時刻だったと思う。
夢というには、あまりにも感覚が違い過ぎる。
すぐに電気をつけてみると、本当に箸箱は床に落ちており蓋が外れてもいる。
そして、その周りの物も乱れていた。
物理的な状況は完全に現実のことのよう。
私の全身は身構えていたせいか硬直しており、大声を出したことも私自身の喉の様子からしてもどうも事実であると断定できそう。

うむむむむ・・・・・・。
大変びっくりはしたが、不思議と怖いという感じはあまりない。
それは余命を宣告されて、死を覚悟している者の身ということもあるからなのだろうか。
ただただ驚いたのと、なにがなんだかわからないといった混乱の状態と言った方が正しいのかもしれない。

少し冷静になってくると、今のはこの病室でお亡くなりになった方の霊なのであろうか?とも思えてきた。
実際のところ、私は霊感などというものは持ち合わせてはいない・・・・・・と思う。
そして霊の存在については、否定派ではないと言い切れるが、さりとて積極的な肯定派でもない。
『あるんだろうかねぇ・・・・・・』という程度の認識。

今までの不思議体験として、若い頃にはよく金縛りにあっていた。
その金縛りの時によく、幻覚のようなものを見ていることが何度かある。
幻覚のない金縛りも数多くあったが(中高年世代になると一切なくなったが)、今でも忘れられない幻覚をともなう体験が二つほどある。

その一つ目。
それは、疲れていて、夕食後にうたた寝をした時、金縛りと同時に部屋の中に黒い影が現れ、すぅ~っと寄って来て、頭の所でかがまれて目が覚めたこと。
その時、部屋の電気は点灯していた状態でのことで、視覚的に見えていたものは部屋の配置も小物類もまったくそのまんま。
私は必死でこたつの足を握りしめていて、目が覚めると本当に、こたつの足を握りしめていたということがある。

もう一つは、久しぶりの帰省で実家に帰っていた時のこと。
その日の前夜に飲み過ぎた二日酔いの朝。
朝起きたものの、少々しんどいので再びゴロ寝をした時、浅い眠りに入った模様。
そのうつろな瞬間、窓の外で小さい子供の集団がワイワイ騒いでいる声が聞こえてきた。
「うるさいなぁ・・・・・」と思っていると、その後すぐに金縛り状態になり、そのうちその集団が私の方に駆け寄って来て、大勢の子供たちに踏まれるかという状況に。
でも、ここは2階で、私は家の中にいる・・・・・・。
それでも、足音は近づいてきて、いよいよやばいなというところで、目が覚めた。
時間にして、朝の10:00ちょっと過ぎの頃であったろうか。

この2つの体験はもう20数年たった今でも、こうして明瞭に思い起こせるくらい、鮮明に記憶に残っている。
やはり夢とは明らかに違うのだ。
しかし、私はこの体験だけでは霊の仕業とは思わなかった。
最初はやや怖さはあったものの、この後も金縛りは継続して起こり、その時はこれほど強烈な幻覚は見なくなったが、金縛りになるにはある一定の傾向があるようにも思えてきたのだ。
そのうち、なるかな?という予想できるようになるのと、なりそうになると意識の上で回避できるようにもなったり、たまに面白がってそのままなすがままになったりと、結構、お気楽にこの現象をとらえていたのである。
これは霊とかなんとかというより、身体的な疲労度も関係しており、それになんらかの脳内の科学的なメカニズムが作用しているのではと思うようになったのである。

ただ、少しゾッとしたのは、その子供たちに踏まれる体験をした数日後に、祖母の家に行った時、私が生まれる前に流れてしまった子(水子)が数人いるという事実を聞かされたこと。
そして、私は一応長男であり、生まれる時にものすごい難産で苦労して出産したという母の話も思い出した。
これは、その因果関係を証明することはできないが、時はちょうどお盆でもあったし、あれは本来ならば私の兄・姉になるべき魂の集団だったのか?と、何かの不思議な巡り合わせなのかな・・・・とは思うところではあった。
もし、そうであるならば、私は無性にその兄・姉だったかもしれない人達に、会いたくて会いたくてたまらなくなったという覚えがある。

でも、今回のこの病室での出来事は、この過去に私なりに割り切っていた体験とは、少し様子が違う。
それは、現われたご老人の服装や表情、体形や動作等のデティールがしっかりとできているということ。
今までの金縛りで体験する幻覚の類は、はっきりとイメージを認識できることはなかったのだ。
う~ん・・・・・・・、まったくお会いしたこともないご老人の詳細を、ここまでリアルに創造することができるものなのであろうか。
そして、その私のリアクション自体、声を出して叫んだことや、実際に物を払いのけて叩き落してしまったという物理的な作用もともなっていること。
また、うまく文章では表現できないが、圧倒的に何かが感覚的に違うのである。

一体、これは何だったのだ・・・・・・。
でも、恐怖を感じているわけでもないので、少し落ち着いたら電気を消して再び就寝。
少しの間、眠りに着く前に考えたことが、そういえばここ数日間、この病室の内部でカタカタと妙な音がしていた。
しかし、ある日においては夜が明けて朝になり、看護師さんが出入りする状態でも、その音は続いていたので、まったく気にはしていなかった。
でも、音の発生原因はわからずじまいで、具体的にどこが鳴っているのかも特定できず。
あれは何かの予兆であったのか・・・・・・。

また、以前どこかで投稿していたとも思うが、私の実父は亡くなる少し前に、死神が来たと言っていた。
それは髪の長い、ずぶ濡れの白い着物を着た女性が布団の中に潜り込もうとしたとのこと。
気丈な父は、その女性がなぜか死神と直感し、蹴り上げてたたき出したとのこと。

さらに義父も亡くなる少し前に、実家の寝室の枕元に、お迎えの人たちが数人来て帰って行ったと話をしていたのを思い出す。
私の死期は近いのか?とも、一瞬、考えてもしまう。

ただ・・・・・・・・・・。
冒頭で、のようなもの・・・・・・・・・。
と、但し書きをつけた理由も明記しておきたい。
このままでは、現在入院中の方や、これから入院しようとしている方を、ただただ怖がらせて終わってしまうかもしれないので、そこは私の本意ではない。

この現象に一つだけ引っかかることがあるのだ。
それは、この入院期間中にはついぞ判明することもなく、退院後しばらく経ってから気が付いたこと。
実は、あの現象を一つの映像、ビジョンとしてとらえてみると、どこかで見たことがあるような気がすることに気が付いたのだ。
登場した、ご老人に関しては、確かに見ず知らずの初めての方なのだが、それはあのシチユェーションそのもののこと。
なかなか思い出せなかったが、やっと記憶の奥底から引きずり出せたのは、子供の頃に見たテレビの映像である。

おそらく、私と同世代くらいの方々には、すぐにピンと来ることかと思われるが、ちょうど私が子供の頃のテレビ事情として、お昼の時間帯にはワイドショーが放送されていた。
それも夏休み期間中は心霊特番が特集されていて、娯楽の少ない当時、それが放映される日は、よく友達同士で集まって食い入るように見ていたもの。
その中での再現フイルムに、今回と似たような場面がよく出てきていた。
ちょうど、この投稿上部に張り付けた写真画像のような(この画像は私が加工して作ったものです)色合いの中で、今回のような夜中の病室内でご老人(女性の場合もある)が現われてくるという構図。

この手の再現フイルムは結構、何度か放映されていたような気がしており、知らぬ間に私の脳内のどこかの引き出しに刷り込まれて格納されており、それが何かの拍子に引き出されてきたものではないのか?という仮説も成り立つことに気が付いたのである。
つまり、まだまだ解明されていない、人体のメカニズム上の現象で科学的な作用の現れなのではとも思えてきたのである。
それが故に、不思議な体験とは思うものの、私としてはこの体験・現象が心霊現象であると言い切れない所以ということ。

ただ・・・・・・・。
この仮説が正しいとしても、あそこまで詳細でリアルに認識できたあのご老人は一体誰なのだ?という疑問は解決しない・・・・・。
どなたか、この辺りにお詳しい方がいらっしゃったら、ぜひともご意見を伺いたいもの。
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間質性肺炎入院(5):やっと退院!!

2017年8月11日(金)~8月14日(月)までのこと。
この日、山の日で祝日
そして外出の日。
さらに明日・明後日は入院以来、最初で最後の外泊の日。
そして、その翌日が退院というスケジュール。
本当は連泊で外泊したかったのだけれど、これは規則でままならなかったのは、先の投稿でも述べさせていただいた通り。
残念ながらまずは、今日は外出から。

今日は、我が家の普段使いの中では、一番、遠い場所に位置する大型商業施設に足を向けてみた。
退院後に必要なものを買いそろえるためと、入院生活で鈍ってしまった足腰を慣らすために、色々とブラブラしてみようということに。
この間の外出の時よりは歩けたけれども、やはりすぐに疲れてしまう。
お昼はちょっと小奇麗な洋食屋さんにてランチタイム。
ただ、食べるものは、一応、カロリーの摂取量には気をつけているつもり。
食後は、早々に家に引き上げ、またまたゆっくりと入浴。
明日は外泊なので、今日よりもっとゆっくりできるのだけれど、それでも今日は今日。
普段入れないお風呂を、じっくりと堪能する。
あ~温泉行きたい!!

そして、時間が来たので病室に帰ると、やっぱり血糖値は高い。
もう、これはステロイドの影響なんだから・・・」と割りきって気にしないようにする。
それは、外食の時に限らず、普段の入院生活の病院食だけを食べている時でも、血糖値は上がる時は上がるということが、ここ最近の経験則から学習済み。
食事については、ステロイドの影響に輪をかけない程度に気を配ることとし、あまり結果にはこだわらないことにした。
この日はM医師は不在。

8月12日(土)
さてさて、この日も朝から絶好調。
私は本当に末期癌患者なのか?という感じ。

今日は、いつもとは違って1泊2日の外泊の日。
今晩は、約一か月ぶりに我が家の布団で寝れるのだ。
これもまた、ものすごく楽しみ。
入院するまでは当たり前のことなのだが、この病院のお世辞にも寝心地がいいとは言えないベッドで、ひと月近くも過ごしてきたのだ。
今までの外出でも、短時間の昼寝をしてもいたが、やっぱり一晩ゆっくり床につけるというのは、俄然、期待するところは違ってくる。

おまけに今日は、東京から息子が帰省してくる。
これもまた、我が家が久しぶりに賑やかになるというもので、家内も心なしかテンションが急上昇。
今日の夕方は、息子を交えてガッチリ外食しようということなので、お昼はコンビニで買ってきたもので質素に済ませる。
そして、夕方までの間に近所の温泉施設に行く。
ローカルで名の知れぬ小さい温泉施設なのだが、一応は天然温泉。
これがまた爽快そのもの。
この一か月間の病院の汚れを落としてきた気分。
我が家のお風呂もいいけれども、やっぱり大きいお風呂は格別。

夕方。
息子と待ち合わせ場所で無事合流。
すぐに夜ご飯を食べに行く。
お店へ行く途中で、簡単に私の入院までの経緯を息子に説明をする。
今回は前回の時とは違って、息子の帰省するギリギリまで、まったく私の入院のことは知らせていなかった。
やや、驚いてはいたものの、それほど心配もしていないようである。
それは、私の「どこが病人なの?」と言わんばかりの元気っぷり食べっぷりに実感が持てないのだと思われる。
実のところはステロイドの力を借りてのことなのだろうけれども、そのことは私もあまり深くは考えないこととして、健康人には当たり前のことの、元気な今を楽しむことにしよう。
さすがにアルコールは一滴も口にはしなかったが、家内と息子が飲むのを眺めながら私はウーロン茶で食べることに集中。
まさに食べに食べたり。

我が家に帰ると、わんこ達は狂乱状態。
私も久しぶりに長い時間自宅に滞在しているのと、これまた久しぶりの息子もいることから、わんこ達のはしゃぎようは尋常ではない。
やはり、家族はそろっていることに越したことがないのだと、離れてみて実感するもの。
わんこ達と一人で家を守ってくれていた家内には感謝である。

8月13日(日)
外泊の2日目。
いやいや、久しぶりに我が家の布団の寝心地はいい。
まさに極楽。
今日は自宅にてあのトレシーバの自己注射。
明日が退院なのに残念ながら外泊の期限は今日まで。
今日の夕方にはいったん病院へ戻り、最後の夜をあの病室で過ごして、明日の朝、退院という流れになる。

さて、午前中のうちにお寺と霊園へ行ってきた。
我が家は訳あって父親と母親の眠る場所が違う。
方角は同じ方面なのだが、まずは父親の菩提寺で納骨堂でのお参り。
そして、その足ですぐに山中に向かい、母親の眠る大規模霊園の大仏殿へのお参り。
私がこうして無事でいられるのも、この両親とご先祖様のおかげかもしれないと、いつになくしおらしく感謝の意を込めて丁重に参る。
普段、私はそれほど信心深いほうでもないのだが、やはりこういう場に来ると愁傷な気持ちになるというもの。
私は色々な力に守られているのかもしれない・・・・・・・・・

そして、お昼はまたしても回転寿司。
私と家内は、この病院外出の外食シリーズで、ついこの間、食べたばかりなのだが、今回は息子中心に食べたい物を食べようということでこの選択。
まぁ、嫌いじゃないので、簡単に便乗するという形。
お店は気分を変えて隣町まで遠征。
またしても満腹。

自宅に戻って一休みすれば、もうあの病室に戻る時間だ。
なんだか、どうせ明日の退院ならば、このまま家にいたい気分。
非情に億劫である。
病院に戻って血糖値の測定では、当然ながら上昇。
看護師さんの手打ちによるインシュリンの追加。

さて、今晩で入院生活も最後である。
この病室での最後の夜を過ごすことになる。

8月14日(月)
いよいよ、本日退院!!
いやいや、長かった・・・・・・・。
抗がん剤の副作用による、この間質性肺炎という病気自体は、かなり深刻な状態だったようなのだが、私自身としてはあの謎の発熱以外は、実にはつらつとしてピンピンした入院生活。
痰に悩まされることもなく、咳き込むこともなく、呼吸が苦しいといった自覚症状も一切ない。
むしろ、ストロイドの影響もあってか、食欲も健康時の全盛時に戻ったかのよう。

それを、あてどのない入院生活を実質32日間過ごしたことになる。
なまじ元気なだけに、日々窓から見えるスーパーの駐車場で行き交う人々の姿を恨めしく眺めている日常も、かなりきついものがあった。
家のことや家内のこと、わんこ達のことを気にしたり、仕事のことも気にはなる。
特に、職場に戻っても席がなかったらどうしようとか、あらぬ不安に苛まされた日々。
それもこれもこの日で終了である。
めでたい。

朝食を食べたら、さっそく退院準備の荷造り。
実際には一部、一昨日のうちに済ませて、既に自宅に持ち帰ってもいる。
それでも、一か月の滞在となると、なにやらつまらぬものも結構持ち込んでいたものである。

看護師さんがやってきて、次回外来日までの内服薬とトレシーバに使用するガーゼや針を受け取る。
完全に肺炎が完治したわけでもないので、自宅に戻っても、ステロイドインシュリンの自己注射は継続する。

9:30頃に家内がやってきて、退院の手続きを済ませ、やっと病院を出ることに。
この短い時間だけだったけれども、この日の担当看護師さんはあのYさん。
この方には、本当にお世話になった。
丁重にお礼を言い、入院生活の支えになったことの感謝をお伝えする。
また、ナースステーションにも、お世話になった看護師さん達がいるので、家内共々ご挨拶。
この一か月近く、第2のねぐらと化していたこの病院も、いざ出て行くとなると不思議なもので、それはそれで感慨深いものがある。

これにて、間質性肺炎の入院騒動は終結。
ただ、これで私の病巣への決着がついたわけではまったくない。
むしろ、これはただの通過点である。
おそらく、いつの日か、またこの病室に戻ってくることがあるだろう。
その時まで、私は私の闘いを続けるまでのこと・・・・・。

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間質性肺炎入院(4):退院が見えてきた!!

2017年8月5日(土)~8月10日(木)までのこと。
本日と明日は予定通り外出の予定。
今朝も体温36.6℃、血糖値も昨日と同じ156といい調子。

朝食後に洗顔していたら、ひょっこりM医師が顔を出した。
この時間の顔出しは珍しい。
体調に変わりがないかという確認と、今日から間質性肺炎対策のステロイドが内服薬のプレドニンバクタという薬になることを改めて告げられ、既定量を正しく服用するための自己管理の念を押される。
そして、「今日の外出、気をつけて・・・・・」とのことだけを申し伝えていった。

この日のお昼はお蕎麦。
入院生活の中で、食べたかった食べ物ランキングで常に上位を占めていたメニュー。
普段は蕎麦というと、シンプルな”もり”か”ざる”が私の定番なのだが、やっぱり食べ物へのうっ憤も積もっているせいか、今日は十割蕎麦での天ぷらセットを食べてみた。
食べたかっただけに、おいしくて気分は上々。
しかし、よせばいいのに、その後、ちょこっとおやつを食べてしまった・・・・・・・。
やっぱり、家に帰ると食べ物には隙ができてしまうね。

そして、時間が来たので病院へ帰還。
もうこの頃になると病院への帰還時刻は16:00頃の設定が当たり前となっている。
病院に着いたらさっそく血糖値の測定であるが、やはり血糖値は400台。
お昼の、蕎麦って一見してヘルシーのように見えるが、その実、カロリーが高いのは長年の血糖値対策で理解済みのこと。
でも、ここは普段の食事からして、「せめて、蕎麦くらいは・・・・・」と、これも致し方がないと考えることとしよう。

今日からステロイドの内服薬を開始したのだが、なんだか足元にかゆみが出てきた。
前にも、抗生物質の種類を変えた時に湿疹とかゆみが出たことがあった。
その時は放っておいたら消えたので、今回も特に看護師さんにも告げずに放置。
すると、じきに治まって何事もなく過ごせるようになる。

8月6日(日)
外出2日目。
体調は血糖値も正常に戻り、体温も問題ないのだが、体重が72.9kg。
体重の減少が目立ってきた。
体重と血糖値の関係は微妙に影響する。
不摂生などで体重が増えてくると血糖値が上がるが、血糖値が上がりすぎて体内インシュリンの分泌バランスが崩れてくると、逆に体重は減少する。
一応、体調も実感する上では快調そのものなのだが、実のところはバランスは不安定といえそう。

この日は、いつもの所とは違う、家から少し遠い大型スーパーへ行ってみた。
まだ早くは歩けないが、退院のメドも付いた以上、少しずつ復帰の準備もしなければならない。
車の運転は昨日から再開している。

この日のお昼はパスタ。
やはり、いくら血糖値のことがあるとはいえ、平常時の病院食を思うと食べたい物を食べてしまう。
でも、普通に一人前だし、それほどの無茶食いをしているわけでもない。

時間が来て、病院へ戻る。
珍しく日曜日なのに、M医師がやってきた。
日曜日でも出ているんだ・・・・・。
まずは、いつものように体調を確認される。
そして、退院後を見据えて血糖値管理のことを気にされる。
ステロイドの成分的には、徐々に軽くしてきてはいるものの、体内には血糖値を上げる成分がしばらくの間、残ってしまう場合があり、人によってそれが抜けるまでには時間がかかる人もいるのだそう。
なるほど・・・・・。
それは、早く言って欲しいもの・・・・・・。
こんな私でも、一応は気にしていて、ここ最近は日常はもちろんのこと、外出時の食事も結構、あれでも気は使っているのだ。
その努力のわりに、結果が改善されないというのは、それはそれで気も重くはなっている。

今の状況だと退院後も自分でインシュリン注射を打って行く必要があるとのことで、「どうしますか?」とのこと。
まぁ、どうしますか?と言われても、必要ならばやらざるを得ない。
「打ち方をご指導いただければ・・・・・」と答えると、M医師としては一応、私の了承を得たということで、「具体的にどう進めていくのかは、色々と相談しながら進めていきます」とのことで終了。
多分、ずっと打ち続けるものではないとは思うのだが・・・・・。

この日は昨日ほどではないものの、またしても、両腕に少しかゆみが発生。
これもしばらく放置しておくと解消される。
明日は、職場に退院が確定したことを連絡しよう。

8月7日(月)
今日はこちら北海道地方では七夕。
まぁ、あんまり今の私には関係ないか・・・・・・。

この日も体感的にはまったくの快調。
午前中に職場に退院日が確定したことと、出勤日を伝える。
「よかった、待ってます!!」とのこと。
例え社交辞令でも、こう言ってもらえるのは素直に嬉しい。

午後、M医師がやってきて、昨日の話通り、今後は自己管理のもとインシュリン注射(トレシーバ)を自分で打ってもらうとのこと。(内服薬は今まで通り継続)
明日から、毎日一回、4単位をこの自己注射器のトレシーバを使用してインシュリンを打っていくことになる。
インシュリン注射を打っている人の話はよく聞いてはいたが、まさか自分が、こんなタイミングで打っていくことになるとは夢にも思わず。
その後、看護師さんがやってきて、練習用の器具と説明書を置いていった。
この日の看護師さんは初めて見る人で、かなり、ぶっきらぼうで少々イラッとする。
お忙しい方たちなので、特別、丁寧なことはまったく望んでもいないのだけれども、人のPCの上になにやら乱暴に器具をドカドカ置いていったり、大事な書類の上に濡れたものを置いたりと、普通レベルのデリカシーは持っていて欲しいもの。

この日の夜の血糖値は300だったが、明日からは自己注射を使用していくため今晩は何も打たないのだそう。
幸いにも、この夜の担当看護師さんはあのYさん。
この看護師さんが明日、自己注射器のトレシーバにて、まずは説明をしながらお手本として打ってくれるという。
あぁ、この人で良かった・・・・・。
体のかゆみは随分おさまったが、それでもまだ少しはかゆみが残っている。

8月8日(火)
この日も体調は快適。
しかし、昨夜は深夜2:00頃に目が覚め、それから、うつらうつらの状態が続き、なんだか寝不足気味。
ステロイドの量は減っているはずなのだが、なぜか点滴の時より寝不足感は強くなった感じ。
これは、今日も昼寝は必須。

そして、昨夜から引き続き担当の看護師Yさんがやってきた。
これは安心。
さっそく、トレシーバの使用方法を説明してくれながら、まずはお手本として打って見せてくれた。
この人、本当に親切で丁寧。
明日からは自分でやってみることになるのだが、この後も、ちょこちょこ看護師さんが来てくれて打ち方について私が理解しているかどうかの確認と練習をしていくのだそう。

その後、本来の今日の担当看護師さんが手を離せないとのことで、昨日のあのイラっと来る看護師さんが代わりにやってきた。
フムムムム・・・・・。
タオルを体に見立てて、トレシーバの打ち方のシュミレーション。
見ている分には難しそうだったが、いざやってみると、意外とそうでもなさそう。
「まぁ、なんとかなるでしょう!!」ということで、練習用の器具は返還。
それにしても、この看護師さん、さすがにベテランっぽいので、やることに間違いはないのだが、やっぱりあちこちにデリカシーのなさを感じてしまう。
困ったものだ・・・・・・。

この日の夕方の血糖値測定は400台。
M医師の指示で追加のインシュリンを投与。
この日も、血糖値上昇に思い当るものはなにもない。
いったい、私は何と闘っているのだ・・・・・

8月9日(水)
この日も朝は快調。
昨夜高かった血糖値も156と落ち着く。
ずっと、こんなパターンが続いている。

朝食後の洗顔時にM医師が唐突に顔を出す。
この時間に顔を出すのは前にもあったが、基本、午後が多いので珍しい。
全般的な体調の確認と、またもや血糖値調整のことについて。
すぐに安定するのは難しいけれども、このまま継続していきましょうとのこと。

今日の昼の担当看護師は2番目によく私の担当になってくれる若い人。
この子はHさんといい、Yさんに負けず劣らず感じが良い。
このHさんが立ち合い、今日もインシュリン打ちの練習をするのだそう。
えっ、昨日練習用の器具は返却してしまった・・・・・・。
あの昨日のイラッとする看護師。
こういうことなら「明日以降もずっと使います」って言ってくれればいいのに。
Hさん、すぐさまナースステーションに駆け戻り、若干バタバタしつつも練習用器具を回収してきた。
なんだか申し訳ない。
丁重にお詫びをする。
「いいえ~大丈夫ですよ~」という返事に、この人の仕事への想いが感じられる。

インシュリンの打ち方については、もう大丈夫のようだ。
もう一人で打てる。
退院してからも大丈夫かな。

そして、今週は退院日を目前とした週末として、思い切って11日(金)と12日(土)を2泊3日の外泊ができないだろうかと打診してみた。
すると連続して2日間の外泊はできないのだそう。
では・・・・ということで、11日(金)を外出、12日(土)と13(日)を1泊2日の外泊ができないかとお願いしてみた。
その後、看護師さんがやってきて、外出と外泊の許可が降りたと教えてくれた。
やった・・・・・。
この入院での最後の外出と、最初で最後の外泊となる。
ちょうど、お盆休みで息子も帰ってくるし、いいタイミング。
ただ本当は、最初は明日退院という話だったんだけどなぁ・・・・・・。
まぁ、これはしょうがない。
ここまで来たら、2~3日の延長は致し方ない。

この日の夜の担当看護師さんは、例のあのイラッとする人。
正直、勘弁してほしい。
案の定、この人、私の退院日を把握していなかった。
まぁ、そんなもんでしょう・・・・・。
この人が明日のインシュリン打ちの立ち合いとなる。
正直、気が重い。

8月10日(木)
体調は相変わらず順調。
ただ・・・・・。
昨夜の寝つきには少々、不可思議な体験をする。
そのせいか、少し寝起きの気分は良くない。

そして、インシュリンの自己注射、トレシーバを自分で打つ。
その立ち合いは、昨夜からの例のイラッとする看護師さん。
とりあえずは、無事に終了。
その後は採血。

そして、看護師さんは交代で今日はあのYさんが担当。
顔を見ただけでホッとする人だ。
忙しいにも関わらず、マメに気にかけてくれて、ホント申し訳ない。
一応、トレシーバの扱いの練習は今日で最後だが、その練習にこのYさんが立ち会ってくれる。
「もう、大丈夫だとは思いますが・・・・」と、最後の確認をしてくれる。
明日からは器具一式を全て手渡され、完全自己管理になる。

午後、早い時間にM医師登場。
いつものように体調を聞かれて、採血の結果は問題がないとのこと。
また、退院日は予定通り14日(月)であることを再確認。

ステロイドの薬については、今は6錠服用しているけれど、この土曜日から4錠に減薬するということに。
そして、2週間後に、また薬の量を見直していくという方針なのだそう。
血糖値に関しては「もう少し様子を見させてください」とのこと。
とりあえず、インシュリンについては、今のところ現状維持でということに。

私からは、肝心の抗がん剤について聞いてみた。
もうかれこれ、ひと月近く、癌に対しては何もしていない。
すると、一旦、肺炎の症状が出ると、同じ抗がん剤の治療は原則的にできないのだそう。
今は、まず肺炎を抑えて様子をみながら、今後、検討していくということらしい。

確か明日はM医師がいないということも聞いていたため、一応、2週間後に様子を見るということであれば、外来扱いで25日(金)になるのだろうかということを再確認する。
明日11日(金)は外出、明後日12日(土)・13(日)は外泊、その後、一旦病院に戻ってきて一泊した後、14日(月)の午前中早くに退院という予定。
実質、明日以降、病院への滞在時間も少なくなってくるため、今日のうちに事務的手続きや薬の処方を最低25日分までもらうことを手配しなければならない。
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間質性肺炎入院(3):入院生活の倦怠期と治療の目途!!

2017年7月29日(土)~8月4日(金)までのこと。
この日朝早く、なぜかあのO医師が登場。
「土・日の間は私が代行します」という突然の代行宣言。
うん、まぁ、この日も明日の日曜日もほとんど外出するので、あまり影響はないかとは思うけれども、M医師からの予告がなにもなかっただけに多少驚く。
私の治療状況について、昨日のM医師とほとんど同じことを言われ、本日からステロイドの薬の量を少し減らしていくとのこと。
そして、本日の外出時間までに午前中の点滴を終える予定。

ところが・・・。
どうも点滴の落ち具合がよくない
最初にセットしてくれた今日の看護師さんは、セットしたっきりまったく見に来ない。
様子を見に来た時に、状況を伝えようと思っていたが、この日の担当の看護師さんは、全然現れず、まったくの放置。
あまり時間がかかると、外出時間も遅れてしまうので、ついにナースコール。
あわてて看護師さんが2人ほど飛んできた。
点滴の流量を調整して、なんとか外出時間前には終了させた。
でも、点滴漏れが起きていたみたいで、腕が結構腫れていた
後から来た看護師さんに丁重に詫びられる。
なんだろうね・・・・・まったく・・・・・・・。
いや、お忙しいんだとは思うけれども、誰かに代行してもらうとかないんだろうか・・・・・・・。
あの最初の看護師さんの、顔と名前はしっかりと覚えた。

とりあえず無事に外出は成功。
そして、明日も外出する予定のため、今日は家で少しゆっくりとして、お昼だけ外での外食。
本日はなんと、がっちりとステーキランチ。
いや、ボリュウム的には大したこともないのだが、久しぶりに肉らしい肉を食べたという感じ。
正直なところ、格安店だったため、たいした肉でもなかったのだが、この手の料理に飢えてもいたため、私にはとてもおいしく感じられた。

そして、家に戻るとまたしても入浴。
1週間ぶりの浴槽に浸かるひと時。
これは幸せ。
しばらくゆっくりとして、時間が来たので、またあの病室に戻ることに。
外出2連チャンの初日は実に大人しく過ごした。
まぁ、明日は何か買い物に出かけようか・・・・・・・。

さて、血糖値は当然ながら高い。
インシュリン単位6で投与。

7月30日(日)
この日も朝から調子はいい。
体温・血糖値共に正常。
体重は73.8kgということで、ごはんはちゃんと食べているのに(というか外出時の昼はガッチリ系の食事)、また少し痩せてきている。
血糖値が高くなりインシュリンまで打っているというのに、体重はこの調子。
一応、癌も大人しくしてくれているようだが、退院したら体重が戻るのか?少し心配。

昨日に続き本日も10:00に外出。
今日は近所の大型スーパーに出かけた。
やはり、普段歩かない生活をしているため、すぐに疲労する。
これも、肺炎の影響もあるのかとは思うところ。

そして、今日のお昼は回転寿司!!
いや私の今のこの体の状態で、生モノいいのかなぁ・・・・・とは思うものの、特に食事制限とか何も申し渡されてもいないため、ここは私の気分を優先することに。
そして・・・・・。
食べに食べたり。
最後の”わんこそば”を含めて10皿。
入院前と同じペースである。
この満腹感は、肺炎・癌のどちらに対しても、私の調子をみる一定のモノサシになるともいえよう。

その後、家に戻ってしばしボーッとした後は、またもや入浴。
やっぱり何度入っても、湯船に浸かるのはいい。
病院へ戻ったら、またシャワーになるし、それも毎日は無理。
次に湯船に浸かれるのは、また1週間後であろう。
そして、やばいかな?とは思ったが湯上りにアイスを食べた。
一応、暦の上では夏真っ盛りだし、少しは季節の中に溶け込みたいもの。
これは「今日も血糖値あがるだろうなぁ・・・・・」とは思うものの、どうせインシュリンを打つのだからと開き直る。

案の定、病院へ戻ると、血糖値はなんと500という驚異的な数字。
もちろん血糖値の上昇は覚悟していたものの、この数字には私もびっくり。
今までの最高値である。
看護師さんも先生に報告とのことで、結局インシュリンは単位12で打つことに。
さらに、夕食後にもう一度測定して様子を見ることに。

でも、夕食は昼が昼だけにお腹が空いてなくて(病院の夕食は17:00)、食べきれずにかなり残すことに。
そして、夕食2時間後に再び測ると数値はまだ400台。
インシュリン追加で8単位。
さすがにこの日は、いかに平日時の抑制されたストレスがあったり、ステロイドの影響があるとはいえ、外出時の外食については猛反省。
まぁ、ある程度覚悟はしていたものの致し方がない。

この日の深夜2:00か3:00頃、部屋?廊下?のどこかがガタガタと鳴ってうるさい。
確かに風の強い日ではあるが、病室の中まで吹き込んでくることはないだろうし、一応、近代的な立派な病院でもあり建付けが悪いとも思えない。
電気をつけても、一定に鳴っているため、そのまま放置。
いつの間にか寝てしまい、朝には静かになっていた。

7月31日(月)
朝、体温は問題なし。
血糖値は・・・・・・・・。
198!!下がった~
一応、インシュリンはいらない数値だが、いつもの朝よりはやはり高い。
でも、昨日の異様なまでの高さからは下降して一安心。
そしてこの日は採血もあり。

今日の昼の担当看護師さん、来るのがやけに遅い。
やっと来たと思ったら、一昨日もそうなのだけれど、ちょっとベテラン風の初めて見る人。
ここのところ、あまり見ない顔の人が多いかな。
点滴をセットしていくが、少し針が痛い。
なんとなく、嫌な予感・・・・・・・・・・。

点滴中にみるみる腕が腫れあがっていく。
こんなのは初めて・・・・・。
結構、痛い。
「ゆっくり落としましょう・・・・・」とのことなのだが、「どうして、今日はゆっくり落とすのだろうか?ゆっくりといっても途中で止まってしまったりと、ちょっと限度があるのでは?」とも思う。

また、血糖値も昼食タイムになっても測りに来ない。
一応、食前に測ることになっているので、食事に手を付けていいのかどうか・・・・・。
「・・・・・・・」という状態がしばらく続くが、かなり待ったが意を決してナースコール。
食事も冷めちゃうし、昨日の血糖値上昇のこともあったため、やはり数値は早く知りたいもの。

お昼休み中のシフトなのか、いつもよく担当になってくれる看護師のYさんが飛んで来た
あ~、この人来てくれた!!よかった~
この看護師さん、あの発熱の時にとても親身に対応してくれた人で、それ以外でも、この人が担当になる日が結構多く、私としては抜群に信頼感のある人
「申し訳ありません~」と、素早く血糖値を測定し、腫れあがった私の腕を見るなり、私が何も言わないうちに、即「針、指し直しましょう!!」といって、反対側の腕に刺し直してくれた。
そこからは痛みもなく、点滴の速度もいつも通りで順調に終了。
この看護師さん、ホントまさに女神様に見えた・・・・・・・。

午後、M医師がやってきて、朝の採血の結果で、特に問題はないとのこと。
「しばらくこの状態で、様子を見ていきましょう」とのこと。
ふ~ん・・・・・・・・。
まだ、様子を見ていく時間が必要ということか・・・・・・・。
せめて、いつまでという目安が早く欲しいところ。
やはり、目標が見えないことを耐え忍んでいくというのは、結構ツライもの。
後は「血糖値、気を付けてください」とのこと。
うん、これも外出時は気も付けようがあるのだが、いつもの病室にいる暮らしの中では、気を付けるといっても、食事は全部提供されるもので、コーヒー以外の間食はあまりしないため、気の付けようもない・・・・・・。
まぁ、この日はこれ以上何事もなく無事終了。

8月1日(火)
いよいよ、今日から8月になってしまう。
私の今年の夏は、ホントに病院暮らしで終わってしまうようである。
職場も今日からは欠勤扱いになっているはず。
そういう意味からも早く退院したい。

この日、体重74.3kg、体温36.7℃、血糖値181とまずまず。
病院への入院以来、痰がでたら出してくださいと言われて、採取用のカプセルを置いていかれているが、不思議と痰などまったく出ないのだ。
そのため、ずっとこの容器はカラのままテーブルの上に転がっている。

間質性肺炎といっても、ここまで私の病気らしい自覚としては、あの謎の発熱の時くらいだろうか。
あの日以外は、まったく元気で、体を持て余しながらも、悶々と病室生活を続けている。
日常としては、TVのワイドショーをBGMにしながら、部屋に持ち込んだノードPCにへばりつく毎日。
もう、ワイドショーの話題には、ことかくことのない、かなり精通している自分がいる。

さて、この日は特に何も予定がない。
いつもの通り点滴生活。

午後になってM医師が顔を出していく。
毎日の日課のようだ。
ただ、この日、少し明るい話題が出てきた。
それは「今の治療の段階を一段落とすことができれば、その後は、内服薬で治療していける」とのこと。
おぉ、これはかなりの進展。
もしそうなれば、私の入院生活自体も、かなり画期的になる。
なにより一つの目標というか指標ができたことになる。
入院生活3週目に入り、やっと小さな光が見えてきた。

しかし、この日の夕方の血糖値は400台。
??????
いつもは外出時の食事で、正直、血糖値の上昇には思い当ることがあり、致し方がないという納得するものがあった。
でも、この入院生活の平常時にこの数値の上がり方は何?という感じ。
今日、思い当るのはインスタントのエスプレッソ(甘味あり)を一杯だけ飲んだくらい。
いくらステロイドの影響があるとはいえ、ここ最近は薬の量を減らしてきているはず。
甘味はあるとはいえ、たかだかインスタントのエスプレッソを一杯飲んだくらいで、こんなに血糖値が上がるのもちょっと合点がいかない。
結局、インシュリン10単位を打って様子を見ることに。

8月2日(水)
今日も朝から快調。
昨日、高かった血糖値も159で落ち着いている。

この日のお昼は、ちょっと苦手なメニューのためあまり食べずに、予めお願いしていた、家内に家から持ってきてもらった別の食事でしのいだ。
このメニューは以前の入院(2016年1月)の時に体験済みで、私の中では、ちょっと厳しいメニューとして警戒信号が灯っていたもの。
ここの食事は、病院としては割と良いほうとは思っているのだが、唯一、このメニューだけはごかんべんをというお食事。

難なく、お昼をクリアしたものの、なんとこの日の夕方の血糖値もまたしても400台。
う~ん、お昼の食事を勝手に変えたとはいえ、実は変えた食事の方が低カロリーだったはず。
この日は、コーヒーなどもまったく飲んでいない。
血糖値管理の経験が長い私にとって、数値が上がる時のほとんどは、だいたいにおいてその理由は自覚できる。
しかし、今回は、まったく、思い当たらない。
なかなか納得もいかず、看護師さんに話をしてみるが、薬(ステロイド)の影響かも・・・・・としか、わからないみたい。
またもやインシュリン10単位で様子を見ることに。

職場から休暇申請・傷病手当に関する書類が一式届けられた。
詳細については明日職場に電話して確認するとしよう。

8月3日(木)
この日の朝も快調。
昨夜は、夜中に何回か目を覚まし、寝つきも悪かった。
しかし、その割に、朝の5時から眼を覚ましてもいる。
これは、今日はどこかで昼寝が必要。

血糖値は150台で落ち着く。
ここ数日、こんな調子で、あれだけ高い血糖値が、たった一晩寝ているだけで、ここまで下がるというのもなんとも不思議なこと。
この日の担当看護師さんは、あのYさんとは違う人なのだが、この人も結構、頻繁に担当になる人。
この看護師さんも、若い子なのに結構包容力があるというか、対話を重視してくれる人のため、雑談ながらもこの血糖値の上がり下がりの傾向について聞いてみた。
ただ、「やはり、ステロイドの影響でしょうか・・・・・・」としかわからないみたい。
「先生に聞いてみますね!!」ということ、「数値に関しても、あまり考えすぎないで・・・・」とも。
食事を糖尿病食に切り替えることもできるとのことであったが、それは今のところはお断り。
この入院生活がいつまで続くのかもわからないのに、食事までこれ以上、淡泊になってしまうと、私もそこまで強い人間でもない。

その後は、休暇のことと傷病手当のことで職場に確認の電話。
休暇のことについては、もう所定の用紙に記入すればOKということに。
傷病手当のことについては、入院日数にもよるのだが、分割しての申請もできるのだそう。
また、一度申請すると、同じ病名ではもう申請はできないということでもあるらしい。
これについては、もう少し経過の進み具合をみながら検討していくことに。

午後、M医師がやって来て、「明日また写真を撮影し、肺の専門医に診てもらいながら、今後の展開を決めていきます」とのこと。
少しは進展しているのかな?
それ以上は、あまり変わった話もなく、いつもの通りの話。
内服薬に変えるとかの話はこの日は一切出なかった。

血糖値について、ステロイドの影響はすぐには消えず、しばらく後をひくものなのだそう。
少し気をつけながら、今後も様子を見ていくということになる。
この日の夕方も、血糖値は高目。
やはり。食べたものに、思い当るものはない。

8月4日(金)
この日の朝は体重73.6kg、体温36.5℃、血糖値156と、まぁまぁ快調。
もうこの辺りになると、本当に入院の必要があるのか?という感じ。
間質性肺炎について、ネットなんかで調べると、結構、怖い病気であるという情報はよく見られるのだが、私の実感として、先週の謎の高熱以外は咳も痰もまったくなく、体調についても、あの癌でさえまるで幻であったかのように忘れるほど快調そのもの。
おまけにステロイドのせいか、気力・体力も充実。
もう今すぐにでも、外に飛び出して行きたい気分でもある。
このステロイドについても、若干顔がふっくらしたくらいのもので、それ以外の副作用的なものもない。

この日、予定通り朝から採血、朝食後はレントゲン室に呼ばれる。
今週末、明日・明後日と、もはや恒例の外出の申請をすることに。
ここまでくると、もう断られることもないだろうと、堂々としたもの。

午後、今日はなかなかM医師がやって来ない。
朝の検査結果の話が聞けるものと思っているのだが・・・・・・・。
ところが、なんと薬剤師さん登場。
用向きはストロイドが明日から内服薬に変わるとのことで、その薬の説明。
おぉ・・・・・・・・。
これは、大きな変化がとうとうやって来た。
この点滴が腕から外されるということは、毎度毎度の針の差し替え時の痛みや、シャワーに自由に入れないということからの解放を意味する。
やった・・・・・・。
これは嬉しい。

そして、後からやってきた看護師さんからも同じようなことを告げられ、点滴はもう終わりで今日の夜の点滴もなく、すぐに点滴を外すということに。
何気なく退院のことを打診してみると、「改めて説明があると思いますが、来週の末あたり・・・・と言っていたような・・・・・」とのことも聞き出せた。
「!!!!!!!!!」
よっ、ようやく・・・・・・・。
めどが見えていたということか・・・・・・・。

これには、しばし呆然とするほど感極まる。
やった・・・・・・。

いったん戻った看護師さんが再びやってきて点滴が外された。
そして内服の薬を渡される。
・・・・・・・。
感無量。
ホントに、これでいつでもシャワーに入れる。
少し気は早いが、看護師さんに傷病手当のことを聞いてみると、後で事務の者をよこしますとのこと。
そして事務員さんがやってきて、病院側の手続きについての確認。
後は、M医師からの正式の通告にて具体的な手続きに入ることとなる。

M医師。
この日は珍しく少し遅く、夕食の直前に登場。
話としては既に聞いていることで、今日から点滴を辞めて2種類の内服薬になるということ。
退院については、一応、来週末ということでもあったのだが、なんでもM医師がお休みとのことで、週明けの8月14日(月)が退院日となった
お盆休みには息子も帰ってくるので、できれば週末がよかったのだが、ここまで来たらそれはもう小さいこと。
とにかく退院日が確定したのは、今の私にはこの上ない喜び
M医師が去った後も、しばらくはその喜びの余韻に酔いしれる。
実際にはまだ退院日まで一週間以上、日はあるのだが、先が見えるということはまったく感覚が違う。
家内にもすぐに連絡。
家内も大喜びで、今回流れた小旅行の計画を練り直すとも・・・・・・。
明日・明後日の外出も許可され、この日は珍しく大きな変動のあった一日。
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間質性肺炎入院(2):謎の発熱!!

 2017年7月22日(土)~7月28日(金)までのこと。
間質性肺炎での入院2週目になる。
この日の朝、血糖値168。
いつもの厳密な管理でいえば、まだまだという数字ではある。
でも、ステロイドを使用しているという状況から少し甘目に見ると、まぁまぁというとことであろうか。
このくらいだとインシュリンを使う指示は出ない。
予定通り本日から、ステロイドの量が10g減らされて50gで、この日も点滴となる。

7月23日(日)
この日は10時より、先日申請していたとおり外出。
例え、数時間でも病院を出られるのはとてもうれしい。
目標は14:00に帰院の予定。

自宅に着くなりワンコ達と戯れ、その後、この季節ではありながらマスクで完全防備をして、近所の大型スーパーに行ってみた。
う~ん。
かなり体が鈍っているね。
ずっと毎日、病室の中だけで生活をしているだけに、ちょっと歩いただけで息も切れるし足元もふらつく。
すぐに疲れてしまう。
何を買うわけでもないため、スーパーめぐりはホドホドにして、昼食をまたしても外食にし、すぐに家へ戻ってきた。

家に戻ると、庭の気になっているところを少しだけいじってから入浴。
病院ではシャワーしか浴びられず、それも点滴の針を抜くタイミングでしか利用できないため、やっぱり家の浴槽にどっぷり浸かるのは気持ちがいい。
いつもの日常では、このお風呂も面倒くさがっていたものだが、暮らしのリズムが失われると、日々の当たり前が実にありがたいものだということが思い知らされる。

そして、時間が来たので、「また、どこかへ行くの?」という顔をしているワンコ達に挨拶をして、またあの病室に向かう。
喜ばしいことではないが、今やもう、あの病院は私にとって第2のねぐらになってしまった。
病室に入って、すぐに血糖値を測ると、やっぱり480くらい。
ただちにインシュリン注射。
夕食後にもう一度測って、それでも高ければさらに単位を上げるとのこと。
でも、なぜかその夕食後に測ると、食後なのに270くらいだったので、このまま様子を見ることになる。
確かにお昼の外食の影響はあるとはいえ、この日はそんなにすごいものを食べてはいない。
そして、夕食後に一気に下がるというのも、結構な謎である。
まさに、ステロイドを使用する肺炎対策と、血糖値調整のせめぎ合いといったところであろうか。

7月24日(月)
この日の朝、血糖値は正常。
まだまだ、あてのないこの入院生活の一日が始まる。
いったい、いつまでこの生活が続くのか・・・・・・。
癌のことも含めて、私はいったいどうなるのだろう?
この日は朝から気持ちが沈んでいる。

そのせいもあってか体温が37℃ちょっと、ということでやや微熱。
そして、ダラダラと午前中を過ごし、14:00の定期検温では38℃となる。
あわてて測り直すと37.3℃。
看護師さんに伝えると、冷却パットを持ってきてくれて、「少し冷えたらまた測ってみましょう!!」とのことになる。

15:30頃、M医師がやってくる。
先週の血液検査の結果としては、感染状態としては正常の数値が出たとのこと。
ん?
ちょっと、この感染状態としては正常という意味が分からず。
先週土曜日からステロイドの量を減らしているが、このまま続けて今週いっぱい様子を見るということを言い渡される。
「週末に検査と写真画像を撮って、今後の対処を検討しましょう」とのこと。
私からは、今日は少し微熱が出ていることを報告。
その後も、時間を置いて体温を測ってみるが、上がったり下がったりが繰り返される。
なぜか、エアコンもいつもと変わらぬ設定なのに、就寝時は寒気がした。

7月25日(火)
この朝も体温は37℃台。
体調としては頭痛がするとか、けだるいとか特別な自覚症状はない。
食欲は変わらず落ちない。
でも、この入院以来、家にいるよりガッチリと食べているはずなのだが、体重は4kgくらい痩せてきている。

午後、優雅に昼寝を決め込んでいると、M医師がやってくる。
様子を聞かれるが、特に変りはない。
ただし、この微熱のことは伝える。
M医師、「まぁ、しばらくこのままで様子をみていきましょう」とのこと。
その後、食事が摂れているか確認される。
抗がん剤をずっと中止しているため、癌のほうを心配しているのであろうか?
ステロイドとの兼ね合いもあるかもしれないが、確かに食欲については一つの判断材料でもある。
M医師が戻った後にも、まだ微熱が続くため、また看護師さんが冷却パットを持ってきてくれた。

夕方、職場の職員お二人の訪問を受ける。
私が気にしていた、イベントが無事終了とのことで報告のこともあったみたい。
当日の様子を写真に納めてくれていて、私の担当だったブースも大盛況だったと、ていねいに説明してくれた。
うまくいってくれて本当に嬉しい。
後を引き継いでくれた皆にも感謝である。
本当にありがたいこと。
今度のこの4月からの職場は、私の見る限り職場運営としては色々とダメなところだらけなのだが、人間的には悪くない人達。
休暇の取り方については、今週末の検査で何かわかるかもしれないので、もう少し待ってもらうことに。

体温の変化は相変わらずだが、昨日よりは少しマシというくらいであろうか。
でも、この日も就寝時は寒気がするため、いつもより早めに寝ることに。

7月26日(水)
この日の朝も体温は37℃。
それ以外は全て正常。
でも、しばらくして体温を測りなおすと、平熱状態に安定してきた。
朝食後、看護師さんに食事は摂れているか?を確認される。
やはりマークされているみたい。

しかし・・・・・・。
午前中の点滴から異変が・・・・・。
最初の抗生物質の点滴を開始した直後、すぐに皮膚のあちこちにかゆみが現れる
今まで、ずっと入院以来続けている点滴だが、こんな症状は初めてのこと。
徐々に体にダルサも出てきた
看護師さんを呼ぼうかとも思ったが、たまたまの変化かと思い、少し様子を見ることにした。
その次のステロイドの点滴の時には収まったが、今度は異様なまでの寒気が急激に発生
もう、ガタガタ震えるほど。
さすがにこの時は「やばい、死ぬかも・・・・・」と思う。
それほど震え方が尋常じゃない
点滴が終了し、看護師さんがやって来た時に状況を訴える。
体温を測ると38℃
急きょ、厚めの布団をもらって寝込むことに。

その布団にくるまって寝込んでいると、全身の震えはやがて収まる。
しかし、熱は下がらず、頭が少し朦朧としてきた
お昼ご飯もムリそう・・・・・。
看護師さんが解熱剤であるカロナールの粉末薬を持ってきた。
しかし、午後になっても熱はひかず。
ちょうどM医師がやってきたため状況を訴える。
さすがに、38℃超えの状況には、驚いている。
何かを考える仕草を見せつつも、「とりあえず、このまま様子を見ましょう」とだけ言い残して去って行った。
一瞬、私も「それだけかよ・・・・」とは思ったものの、なすすべはない。

そして、その後すぐに看護師さんが様子を見にやって来た時に、また体温を測るとなんと39℃に上昇
さすがに看護師さんもあわてて飛び出していく。
そして、戻ってくると、先程の解熱剤の効果がないと判断したのか、座薬を持ってきた。
さらに「採血をします」とのことで、いつものお馴染みの採血管の3倍はあろうかという極太の物を持ってきて、両腕から一本ずつ血をとった。
これは肺炎以外の原因がないかとのことで、M医師の指示によるものらしい。

この時、意識がないわけではなかったが、かなりの朦朧状態になる。
正直なところ、「もはやここまでか・・・・・」というのと、「私は癌に殺られるのではなく、肺炎に殺られてしまうのか・・・・」と思ったほど。
そして、私は前にも少し述べたが、根拠のない希望をなかなか持てないという、人生観を持っている。
人様への支援では「まず、想わなければ、それ以上の結果は出ない!!」と、ポジティブな檄を飛ばすこともしょっちゅうなのだが、私は自分自身のことになるとからきしダメである。
それは、幼少の頃からの原体験が、私の脳裏に刷り込ませたものでもあり、長い人生の中では、本人の力では絶対にどうしようもない業というものがあると思っている。
だからこそ、どんな状態でも客観視できるという利点もあるのかと、この病気になってからは思うところ。

この時も、「一瞬、これで終わりかな・・・・・」という想いも頭をよぎったが、「ん・・・・待てよ・・・・」と高熱の中で別のある想いもよぎってきた。
それは私の運命を司っている者がいて、今までの私の人生に関しても悪意を持って采配をしていたとしたら・・・・・。
あくまで勝手な妄想ではあるのだが、もしも、そのような存在の者がいたとしたならば、おそらくこんなことで私の命を終焉にはしないだろう。
変な話だが、「もう少し、私をいたぶってから命を奪うに違いない!!」と思い始め、やがてそれは確信に繋がって行く。
そう、「同じ死ぬ運命としても、このタイミングではないだろう!!」と思えてきたのである。
そう考えたとたん不思議と体が楽になっていく。
いや、単に座薬が効いてきたのかもしれないが、不思議とこのネガティブパワーによって、この難局も乗り越えられたとも思えるのだ。
あまり褒められた考え方でもないし、前例もないかもしれないが、こんな闘病の考え方もあるのだと実感した次第。

ちょこちょこ連絡を入れていた家内が、やっと会社を抜け出してやって来た。
病院に向かうという連絡をもらった頃には体調も嘘のように回復。
体温も平熱で、昼食を抜いている分、空腹感も大きく感じる。
ここまで来るとステロイドの後押しもあるのか、なんだか爆食いしたい気分。
夕食の時間まで我慢できないため、さっぱりとした軽い食べ物を家内に持ってきてもらうことに。
体調的にはどうやら復活したようである。

家内が到着。
持ってきてもらった食べ物をむさぼるように食べる。
それを見て、家内は安心した様子。
まるで、死肉に群がるゾンビのようだとのことらしい。
すると、看護師さんがやってきて、しばらくの間、新たに整腸剤を服用していくことに。
M医師が感染症の疑いがあるかもしれないとのことで、指示を出したということらしい。
さらに、夕方からの抗生物質の薬の種類が変わった
これもM医師の指示なのだろう。

夕食後、家内が食後のデザート代わりに冷やしトマトを持って、再びやってきた。
相当、心配していたようだが、私の食べている状態を見て一安心したようでもある。

この日はさすがに早めにベッドに横になってテレビを見ていたが、気が付かないうちに寝てしまったらしい。
夜中にふと目が覚めると、テレビも部屋の電気も消えていた。
看護師さんが消してくれたのであろう。
とにかく、この日は、結構な一日であった。

7月27日(木)
昨日は容態の急変もあったが、この日の朝は快調そのもの。
病み上がりのけだるさみたいな感じはするものの、食欲もあり体温も正常。
朝のうちに無事、採血も完了。

ただ、まだ油断はならない。
昨日も午前中の点滴中から様子がおかしくなったのだ。
本日の昼の担当看護師は昨日と同じ人。
昨日の事情を知ってくれているだけにこれは心強い。

午後にはCT撮影。
午後になっても、検温・血圧・酸素量・聴診器による胸の音、すべて問題なし。
どうやら昨日のことは、解決したと思ってもいいようだ。
しばらくしてM医師がやってきた。
CT撮影の結果である。

まず・・・・・・。
肺の状態はよくなってきているとのこと。
おぉ・・・・・・。
昨日が昨日だけにホッとする。
しかし、良くなっているのにあの発熱はなんだったんだ?という疑問は残る。
明日、肺の専門医と相談して、今後の薬の量をどうしていくのかを決めたいということらしい。
また、血液検査の結果も、少し菌が出ているがそれほど気にする量ではないとのこと。
しかし、昨日、熱が出ているので注意は必要で、まだしばらくは、このまま様子を見ていきたいとのことであった。
ただ、気になるのは血糖値が高いので、薬で調整していきたいとのこと。

肝心の肺炎が回復の兆しがあるというのは、とても喜ばしい。
入院以来、初の朗報でもある。
さっそく家内にも連絡。
かなり安心したみたい。

夕方、看護師さんがやってきて、先日追加されたオングリザという薬を25gから倍の50gに増やすことに。
確かに血糖値はもとからの持病でもあり、かつて大きな治療をした眼と心臓への影響がでないか心配でもある。

この日、点滴を交換する日ではないのだが、こっそりと腕を濡らさないようにシャワーを浴びる。
いつもはこの点滴針を交換するタイミング(2~3日に1回)と同時に、シャワーを利用している。
でも、昨日は発熱でタップリ汗もかいたので、内緒でシャワーを浴びた。
看護師さんのなかには、濡らさないように注意すれば、点滴したままでもいいというようなことを言っている人もいたのもこの行為の後押しとなる。
確かに凄く気を使えば、濡らさずにシャワーを浴びることも可能だ。
とにかく、昨日の今日なので、とても気持ちがいい。

7月28日(金)
この日も朝から快調。
ただ昨夜は少し寝つきが悪かった。
寝てからも何度か目を覚ましてしまう始末。
おかげで、少し寝足りない気分。
おそらく今日は、タップリと昼寝をしてしまいそう。

さて、今日は肺の専門医と協議した結果が出ると思われるのだが、その結果を見て職場に休暇の取り方について連絡しようと思う。
今思っているのは、今後のことを考えて、ある程度の有休を残して、休職を使わずに病欠と欠勤扱いでやりくりをするというイメージ。
当然、病欠と欠勤の対象日は無給となるのだが、傷病手当の申請とあわせてどうしようかということを考えてもいる。
いずれにしても、肺の専門医との協議の結果を待ちたい。

そして、すっかり週末の外出に味を占めた私は、明日と明後日の連続2日間、外出をお願いできないかと画策している。
今週は例の謎の発熱の件もあったし、2日連続の外出は無理かな?とも思うのだが・・・・・。
ただ、まぁ、申請だけはしてみようと思う。
すると、たまたま看護師さんとの話の中で、明日・明後日の予定のことになり、事のついでにこの外出の件を話してみた。
いとも簡単にこの看護師さん、先生に確認してくれるとのこと。
「用向きは?」と聞かれたので、今までと同じく「私用で・・・・」と答えると、「仕事で!!」と言った方が許可されやすいとのアドバイス。
ありがたし。
午後になって、この看護師さんが外出の届用紙を2日分持ってきてくれた。
やった!!許可がおりたみたい。

しかし、午後になってもなかなかM医師が現われないため、先に職場に電話することにした。
休暇の考え方は、先に述べた、私のプランでお願いすることにした。
まだ具体的な日数がはっきりせず、何日の欠勤になるかはわからないが、それに合わせて傷病手当も申請することに。
ただ、日数が具体化しない今では、まだ申請はできない。
具体化したら、またすぐに連絡を入れることとし、とりあえず方針だけを連絡した。
あ~、いったい、いつまでこの入院生活が続くのか・・・・・・。
ただの長期入院というだけではなく、メドがないというのは結構堪える。

しばらくしてM医師が登場。
お話としては、昨日の話とほぼ同様。
肺炎がよくなっていること、明日からステロイドの量を減らすこと、抗生物質の薬の種類を変えていること等を伝えられる。
ただ、やっぱり状況としては、「このまま入院で様子を見ていく状態であるため、もうしばらくご辛抱ください」とのこと。
それから、「外出については、充分にお気をつけください」との念押しをされる。

この日はこれで特に変わりなく一日が終了。
明日、明後日の外出が楽しみである。
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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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