ようやく抗がん剤治療の計画が安定・確立!!

2016.2.19(金)のこと。
先週は初めて、抗がん剤を外来にて投与。
状況として、やはり抗がん剤投与の当日については、投与後からはすぐに腑抜けのような虚脱感に襲われる
(この症状はその日の一晩で回復する)
相変わらず副作用と言われる吐き気や食欲不振については、「なんとなく、そうかな?」という感じはあるものの、大きく認識されるほどのものではない。
嘔吐することもないし、積極的に食べたいという感じは確かに減少するが、実際には食べ始めるとちゃんと一食分完食できる。
この虚脱感以外、特に留意する点は、特にない。

しかし、投与後の翌々日には、1回目2回目ともに軽い頭痛と発熱の症状が現れる。
でも、前回の3回目は、温熱治療のこともあって、抗がん剤投与の翌日にはHW病院へ入院。
そして、その翌日には退院ということであったが、懸念されるこの日については、ごく軽い頭痛はあったものの発熱はなく、実は全く自由に外出し、優雅に一日を過ごせた。
少し、抗がん剤への耐性ができてきたのであろうか?

さて・・・・・。
この日は4度目の抗がん剤投与日。
日帰り治療としては2回目。
まずは、病院へ着いたらいつものように採血から。
そして、看護師さんに近況を確認され、血圧と体重測定。
その後は、主治医のM医師の問診。
さらにその後に、化学治療室にて、およそ4時間の抗がん剤点滴という流れになる。

ところが、この日のM医師との問診時に、毎度言われていることであるが、今回も貧血の症状が出ているのと、白血球が減少しているということを、またしても告げられる。
そして、まだ注意するほどではないが、やや腎臓に負担がかかり出しているとのこと。
抗がん剤はできないほどではないが、今後の投与スケジュールを「3週間続けて、1週間休むという計画から、2週間続けて1週間休むというパターンに変えましょう」ということになる。
まぁ、私には「そうですか・・・・」としか言いようがない。
でも、今までの投与日程を見ると、「あれ?すでにそうなっているのでは・・・・」とは思うものの、まぁ、そこは深く考えずに指示に従うことに。
そして、腎臓の負担対策のため、とにかく水をたくさん飲むことを告げられる。

とりあえず、順調に?一連の流れを済ませて、この後、化学治療室にて抗がん剤の投与に入る。
投与中については、特に変化もなくいつも通りに無事終了。
そして、帰りには家内に職場を抜け出してもらって車にて帰宅。
やはり、当日投与直後の虚脱感は激しい。
家で少しゆっくりした後、すぐに軽く仮眠。
なんとか日帰りの治療には耐えうるけれども、やはりこの治療後に職場へ行くのは困難であるという結論。
そのため、この治療日については、どうしても有休を使用せざるを得ない。

とりあえず、私の癌対策・治療パターンが安定してきた。
でも、ここは有休を定期的に使わさせていただくことにもなるということから、職場へはきちんと報告をしておかねばならない。
そこで私は、少し体が楽になるのを見計らって、職場への説明用資料として以下の資料を作成した。

《私の癌治療計画》

これは、なかなか口で説明してもわかりにくい。
本来こういうのって、病院側からもらえるのかな?って思うけれども(特に抗がん剤治療の方は・・・・)、まったく口頭のみでしかないため、ついでに温熱治療の計画も合わせて、私が自分で作成した。
これを休み明けに職場へ提出しよう。

特に、これだけ定期的に有休を使うともなれば、ちゃんと説明する責任が私にはある。
もちろん、業務的にお客さんにも職場の人にも迷惑をかけるわけにはいかない。
この計画を見越した、私の日常の仕事の仕方が問われることになる。
これも闘病の一つ。
直接、病気と向き合うことだけが闘病ではないということは、既に私も学習済み。

ただ、この治療計画がいつまで続くのか(私の命が尽きるまで?)わからないが、私の有休が足りるのかどうかということ。
元々、私は有休をあまり使わない人間であたっため、未使用分の有休が結構たまっていた。
しかし、1月の2週間の入院で結構使用した。
でも、改めて確認すると残日数はまだまだあるようだ。
さらに、私の職場は土曜出勤日が定期的にあり、その出勤日を平日に振り返ることができるという仕組みがあるため、これと組み合わせることで、治療日に休ませてもらうことはなんとかなりそう。
ただし、この土曜出勤日は温熱療法を休まねばならない。

それでも、これは大変ありがたい職場。
今更ながら感謝である。
後は、職場の理解。
これは、職員はともかくとして、「フロア全体のメンバーにすべてを公表しなければいけないのかな・・・・・」とも思うところ。
全てをお知らせし、ご負担をかけてしまうかもしれないことに対して、私自身の口から直接お詫びを申し上げ、協力のお願いをするのが筋ではないのかと思えてもくる。
難しい問題である。
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初めての温熱治療!!

2016.2.13(土)のこと。
昨日、日帰りでの抗がん剤を行ったばかりであるが、特にこの日は体調に問題はない。
あるとしたら、実施からの翌々日、つまり明日。
発熱があるというのが、いつものパターンである。

さて、本日はHW病院での温熱治療の初日。
なんだかよくわからないが、治療の一貫というよりも、医療制度の仕組みとして、この初回には入院が必要だということは既に述べた通り。
幸いにも1泊2日で、この週末で良いということなので、そこは救われるが、一応、余命宣告されている身としては、残された時間という観点から言うと、少しでも自由な時間を拘束されるのは、ちょっと抵抗がないわけでもない。
まぁ、でもそこは仕方がない。
効果があるのかないのか、まったくわからないが、少しでも何かの足しになればとのことでもある。
そこは割り切ろう。

病院へ到着し事務的な入院手続き。
ん・・・・・・。
KY病院と違って、結構、待たされる。
何だか段取りというものが悪そう。
10:30に来てくださいということであったが、何だか手続き的にはあまりスムーズさを感じられない。
温熱治療の開始は11:00からである。
間に合うのか?
そんなに窓口が混雑しているわけでもなかったのに、結局、病室に案内されたのは、10:50分位のこと。
そこから、病棟看護師からの挨拶や説明、書類の記載等があったり、当日担当の看護師さんが来て色々と話をしていくため、温熱治療の方にはなかなか行けない。
11:00を15分くらい過ぎた頃に、なんと温熱治療のスタッフさんが病室まで迎えに来た。
おっと、これは申し訳ない。

この状況としては、私が責任を感じることもないのだろうが、治療を受ける当事者としては、なんとも申し訳ない気持ちで一杯となる。
受付事務にしてもそうだし、ここの病棟の人たちも、今日の私のスケジュールを把握しているのだろうか?
それぞれの部署が自所の業務だけに没頭している感がある。
私はまだ病室を離れられないため、温熱治療のスタッフさんにはそのままお待ちいただくことに。
これは、本当に申し訳ない・・・・・・・。

もし、自所で時間がかかってしまうのであれば、病院側の方で、次の部署へ「少し時間がかかって遅れています・・・・」と、連携するべきではないのか?と思うところ。
こういった想いを患者側にさせるのは、どうしたものであろうか?
私は比較的、既にあちこちで病院慣れしているため、各スタッフさん達が目の回るほど忙しいということは、重々承知の上でもある。
だからこその、院内の連携システムがあるのではなかろうか?
昨日、来た時、どうもここのシステムを手掛けたSEと思われる人たちが、なにやらチェックシートのようなものを手に、院内の電子掲示モニタ等のチェックをしていて、視察らしきことをしていたのが思い出される。
ここのシステムは最近入れたばかりなのだろうか?

まぁ、いい。
とりあえず、やっと解放され温熱治療の部屋に、その待たせてしまったスタッフさんに案内されて向かうことに。
一応、私の立ち場としては、このスタッフさんに予定の時間を過ぎてしまったことを丁重に詫びる。
でも、このスタッフさん(茶髪ロングで海にいそうな女性)が、ものすごく親切。
部屋までの動線通路の説明から、治療の流れまで、私の不安を解消すべく一生懸命説明してくれる。
あ~、これはいい人に担当してもらって良かったという気に。
この治療法としては、肌を切るような外科的な治療でもないため、熱さがどの程度か?というくらいで、不安としてはそれほど心配はしていない。
でも、やっぱり最初は緊張する。

治療室に入ると、室内はエアコンが全開。
さすがに暑くなることを見越している様子。
専用の装置の治療台の上に横になり、まずは血圧測定。
これも、今後ずっと、毎度この治療のお決まりパターンとなる。
そして、病衣をまくりあげられ、腹部全般になにやらゼリーをタップリと塗りまくられる。
あまり、気持ちは良くない。
これは直接皮膚への、熱のダメージを防ぐものらしい。
そのためか、この治療後にシャワーを浴びることができる用意もあるらしい。

そして、背中の台がせりあがり、腰が持ち上げられる状態になるが、姿勢として苦しくない位置を設定。
さらに上からお腹を押し付けるように円盤状の装置が押し当てられる。
この上から押しあてられた装置には、袋状の中に水が入っているのものが取りつけられている。
この上下に、おそらく電極があり、私の内部に熱を発生させる仕組みのようなのだ。
原理としては電子レンジのようなものという説明を聞いている。

《温熱治療室入口から見た装置》《腹部にセットされた状態》

さて、準備も整い、治療開始。
スタッフさんから、「最初なので、どこまで上げられるか様子をみながら出力を上げていきますね、熱かったらすぐに言ってください!!」とのこと。
なにやらPCのキーボードをたたく音が聞こえ、「始めま~す」ということで開始されたようである。
うん。
開始早々は何も感じない。
逆に、ゼリーを塗られた腹部が気持ち悪いのと、上から押しあてられた水の入った袋状の部分からのヒンヤリ感の方が強い。
これを40分である。
さて、どうなるか・・・・・・・。

開始後5分後くらいから、少し腹部に温かさが感じられてきて、15分過ぎくらいからは、なるほど熱さが実感される。
しかし、まだ耐えられないほどではない。
その後、25分頃までは何事もなく経過。
スタッフさんも、「大丈夫なようなので、少しずつ出力を上げていきますね」とのこと。
終了、10分前ほどで、ちょっと熱さが、ホントに「熱い!!」と感じるようになってきて、スタッフさんにヘルプ。
すぐさま出力を下げてくれたが、終了間際に最高出力の一歩手前まで上げられたことを告げられる。
初回としては、なかなかいい調子と言われる。
そして無事40分が経過。
なんとか終了。

う~ん・・・・・・・・・。
確かに温泉なんかとは、まったく別物の熱さの感覚である。
治療台から降りると、足元がフラフラする。
外で待っていた家内が「どうだった!!」とさっそく問いかけてくる。
スタッフさんからも家内へ経過を説明。
このスタッフさん、再び、病室まで案内してくれるという、ホントに親切な方。
改めて、お礼と開始時間が遅れたことのお詫びを申し上げる。

病室に戻ると、担当の看護師さんが、一旦は様子を見に来てくれたが、基本、この後、退院までほとんど放っておかれる感じ。
まったくといっていいほど、看護師さんの見回りもなく(就寝時や夜中も)、私の病室に顔を出すこともなかった。
まぁ、医療制度上の入院のため、こんなものなのだろうか。
でも、一応、末期癌患者なんだからという想いもないわけでもないが、KY病院との対応には雲泥の差がある。
まぁ、私としては温熱治療後のダメージとか副作用的なものも全くないため、入院している意義をまったく感じず、ただただ時間の経過を待つことに。
家内もこの入院には心配も何もないようで、とにかく明日、早くに退院できるように病棟事務に話をつけてきたようである。
そして、このままこの病院で、非常に退屈な一夜を過ごすことに。

そうして一夜明け、朝食を終えたすぐ後に、家内がやって来て、退院を待つ。
幸いにも、病院側からも次の入院患者のこともあるためか、早くに出て行ってもらいたいという気配が感じられる。
そして、9:00ちょっと過ぎには、無事に退院。
やった、開放された・・・・・・・。
まぁ、次回からは日帰りでできるのでホッとするが、この入院は今後とも定期的にあるようなので、ちょっと今回のことを考えると憂うつでもある。

さて・・・・、この日の気分。
この温熱治療も、一昨日行った抗がん剤治療も含めて、今の私の体調としては快調である。
癌そのものの悪さも今のところは何もないようで、腹部にちょっと違和感を感じることが時々あるにはあるが、痛みなどは今のところ一切起きていない。
予定ではこの抗がん剤治療の翌々日、つまり本日、発熱が起きるはずであるが、はたしてどうか?
今のところ、体調に変化はない。
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3度目の抗がん剤治療は外来にて!!そして温熱治療の問診!!

2016.2.12(金)のこと。
さて、この日は忙しい。
3度目の抗がん剤治療の日でありながらも、今回は初めての日帰り治療をやってみる日。
それとともに、その後は、家内が調べてきた温熱治療のことで、HW病院へ行くという病院のハシゴ状態であり、抗がん剤直後ということからも結構ハードになるのかと。

まずは、3度目の抗がん剤治療。
いつものKY病院であるが、今回は外来専用の病棟に行くことになるため、ちょっといつもと雰囲気は違う。
病院へ着くとまずは採血。
そして、体温・血圧・看護師さんの問診と、体重測定。
この流れは、この後もずっと、ここの病棟での診察のルーチンとなる。
血圧・体温は正常。
体重はこの病気発覚前から一時期9Kgほど落ちたが、今は少し戻ってきている。
それでも、まだ6kg減の状態。
まぁ、メタボ的には、適正体重といえばその範囲なのだけれども・・・・・。
看護師さんからは、体調の変化について確認される。
癌のことで言えば、痛みなどの苦しいことがなかったか?抗がん剤の副作用では、吐き気・食欲・口内炎・足のむくみ・その他の体調不良等の有無についての確認。
今のところ、特に痛みもないし、例の治療、翌々日の発熱と倦怠感以外の症状はないことを伝える。
これも、今後もずっと、外来診察の時のお決まりの治療手順のパターンとなる。

そして、2時間近く待たされて、M医師の診察。
先程の看護師さんに聞かれたことの再確認と採血の結果が知らされる。
治療開始前に色々あった腎臓については、まだ少し、数値は高い部分もあるみたいだが、抗がん剤治療に支障のあるほどではないところまで回復してきているとのこと。
ただ、とにかく水分をたくさん摂ることを告げられる。

そして、前回の時と同様に、やや貧血の傾向があるのと、白血球が減少しているらしい。
こちらも、とりあえずは抗がん剤治療への影響はない程度とのことで、予定通り本日治療を実施することに。
また、初めての外来治療のため、「何か具合いが悪くなったら、すぐに言ってください!!」ということで念を押される。
その後、また少し待たされて、どこで治療をするのかと思っていたら、外来用の化学療法室に案内される。
話には聞いていたが、意外とちゃんとした部屋。
ベッドには一つ一つ備え付けのテレビがアームで固定設置されていて、寝ながらでも視聴できるように工夫されている。
私のように長時間点滴をする人にはちょうど良いのかもしれない。
やがて、ここの部屋付の看護師さんがやってきて、まずはご挨拶。
初めての外来治療とのことで、何やら家に帰ってからの副作用への注意などが記された資料をもらう。
なかなかのボリュウムの資料で、結構、今更ながらに知る内容のこともあったので、これは外来・入院に限らず、最初の治療の時にいただければ・・・・とも思うところ。
そして、看護師さんからは、治療の流れ、この部屋での過ごし方等の説明を受ける。
色々と話を聞く中で、ここのベッドで食事をしてもいいというのは、これも長時間治療の患者にとっては、なるほどとは思うところ。

そして、またしばらく待たされて、いよいよ抗癌剤の開始。
もう、お馴染みになっている4種類の点滴、約4時間コース。
長い・・・・・・。
入院時のこの点滴と違って、時間が余計に長く感じられる。
予め用意していた、タブレットを持ってきて大正解。
ここの外来用病棟の一部では、この部屋も含めて、なんとWiFiが使用できるのはありがたい。
ネットサーフィンをしながら、ゴロゴロと寝転がってその時間を過ごす。
やっていることは結構シビアなことなのだが、私の状態は意外とお気楽モードに見えるかも。

今日は仕事の方は、日帰りということではあるものの、今日はこの後のこともあるため、仕事は丸一日休みをもらっている。
抗がん剤点滴については、もう幾分慣れてきている。
看護師さんも時々、点滴を見に来る。
やはり、一応、劇薬扱いなのだろうか、普通の薬の点滴より、かなり慎重にチェックを行うため頻繁に点滴の様子と私の様子を確認している。
そして、ちょうどお昼にも差し掛かるため、お言葉に甘えてそのままベッドで昼食。
持参してきたパン(調理パン3個)をパクつく。
点滴をしながらの食事は初めてだが、まったく問題なく食べることができる。
食欲も最近少し出てきているので、私がこれだけのパンを食べているのを見て、看護師さんも安心している様子。
多分、こういうことも記録に採られているのであろうか。
なんとか、4時間近くをやりすごし、およそ15:00過ぎ頃に無事点滴は終了。
ちょうど点滴の終わる頃、家内も合流し、スタッフの皆さんの「お気をつけて・・・・」の声を背に、会計を済ませてこの日のKY病院は全て終了。
次回は、また来週に4回目の治療を迎えることに。

さて・・・・・・・。
次は温熱治療のHW病院である。
さすがに、抗がん剤治療の直後、外に出ると多少フラフラする。
車の運転は家内に任せて、HW病院へすぐに直行。
このKY病院からはおよそ10分くらいで、それほど遠くはない。
HW病院に到着。
さっそく予約外来診察の手続きを済ませ、そう待たずに、ここの担当医と対面。
ひょっとしたら、私より少し年下であろうか、この医師も正直なところ第一印象はよくない。
説明や対応自体には特におかしなところはないのだが、なんとも全般的に軽いのである。
KY病院のM医師とはまことに対照的。

それはそれとして、家内が既に聞いている温熱療法について、改めて私も説明を聞く。
大体のことは私も学習済みのため、特に疑問はない。
ただ、治療後は車の運転は難しいので公共交通機関で通院されるのが望ましいとのことを聞き、「熱さはどのくらいですか?温泉に長く浸かった状態のような感じですか?」と聞くと、この医師、Y医師というが、子供のようにプルプルと顔を横に振る。
こういう仕草が、医師らしくもなく軽さに見えてしまう。
まぁ、とにかく普通の熱さではないということは、なんとなく理解する。
ここでも、色々と温熱療法(ハイパーサーミア)の資料をいただいた。

この病院で使用している装置は『サーモトロン-RF8』という機器で、専用の治療ベッドにて8MHzの高周波を使用し二つの電極で癌病巣を挟むように加温するとのこと。
1回の加温時間は40分で、週1~2回、日に2回行う人もいるとのことだが、私の場合は40分加温で、週一の土曜日に実施することでお願いする。
そして、さっそく明日の土曜日から初回を実施していくことに。
さらに、この治療については会計は一度に数回分の支払いを行い(健康保険適用)、そのたびに1泊2日の入院が必要とのこと。
そのため、私の明日の治療は初回でもあるため、入院が必要ということになる。
これはおよそ3か月に一回ほどのタイミングで温熱治療とセットで入院が必要ということらしい。
どうもこれは、治療的に必要なものでもなく、医療制度的に必要なものらしい。
つまり、このことから明日は、1泊だけだが入院の準備をしてくる必要が生じてくる。
また、入院かぁ・・・・・・・・。
幸いにも、今後も土日でこの入院を設定できるために、そこは助かる。
でも、私には残された時間が少ないのかも・・・・・ということを考えると、あまり私にとって必要を感じない時間的な拘束は、はっきりいって快くはない。
まぁ、これは致し方がないのであろう。

ちなみに、この温熱治療を受けるにあたって、先程の抗がん剤治療前の問診時に、KY病院のM医師に一応、話をしたところ、「治療は構いませんが、医学的に認められている治療法ではないですよ・・・・・」と、やや冷たい反応。
どうやら、標準治療一辺倒のタイプの人のようだ。
これは、後々ずっと後に、その正体が見えてくることになる。
とにかく、効果はともかくとして、やれることはやってみようということで、温熱療法の初日を明日迎えることになる。
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もうひとつの治療法!!

2016.2.8(月)~2.11(木)頃のこと。
さて、ここらで、そろそろ当時の記録に戻りたい。
時は2回目の抗がん剤治療を終えて、その1週間後に3回目の治療を迎えるという時期。
抗がん剤治療の治療日から次の治療日までの間は、特に体調や心境に変化もなく、普通に通勤し、日常業務をまったく問題なく平常通りこなしている。
特にその毎日にしんどさを感じることもなく、ただ「これから、どうなるんだろう・・・・・」という不安はあるものの、黙々と日常を過ごし、次の治療に備えるという毎日。

そんな中、またしても家内が動いた。
それは、新たな治療法について・・・・・・・。
                                    
その名は温熱治療、ハイパーサーミアともいう治療法。


これは、癌細胞が熱に弱いという性質を利用し、病巣に43℃前後の加温をし、正常な細胞をそのままにし、癌細胞のみを死滅させるという方法。
この治療によって抗がん剤の効果が上がることや、放射線治療との相性も良いということの報告も上がっているとのことらしい。

さっそく、これは!ということで調べてみると、私の住む札幌市にはこれを実施している病院はそう多くもないということがわかったが、それでも運よく、比較的我が家から近いHW病院がやっているということで、その病院に目を付けてみた。

ネット情報などで、なんとなくどういうものかということは前述したように把握できたが、

果たして私のような状態のものがそれを受けられるのか?
そしてその費用は?
保険が効くのか?
体的な負担とその効果は?

等々の疑問は尽きない。
家内がまずはその病院へ行って、話を聞いてくるということにした。

そして、この週のとある日に、さっそく家内はこのHW病院の担当医にアポをとって訪問。
結論から言うと「実施してみましょう!!」とのこと。
私は胸にステントが入っていたりもするのだが、そこに熱がかかっても大丈夫なのだろうかという点も、まったく問題がないとのことが確認された。
まずは、実施の前に本人(私)をお連れくださいとのこと。

癌治療の全体計画、温熱治療についての位置付けが説明され、なにやらそれらの資料ももらってきた。
私も目を通してみるが、これは結構わかりやすい。
《現在の標準治療の流れとがんの自然史》《がん治療の種類と特徴》

そして、この治療法は標準治療外の治療法で、癌治療としてはあくまで補助的なものだそう。
放射線や手術、抗がん剤といった3大標準治療の観点からすると、決してメインの治療にはならないのだが、一応、科学的にもその効果は認められているという。
また、癌の治療に関しては、健康保健の適用になるということらしい。
そういうことであれば、私も、まぁ、どうなるのかはわからないが、やってみようかという気になる。

そして、今週末、2月12日(金)がKY病院での3回目の抗がん剤治療であるが、今度からは日帰りの対応。
その日の抗がん剤治療のすぐ後に、すぐさまこちらのHW病院へ行ってみることにした。
抗がん剤治療の後に動くのはどうか?とも思ったが、やると決めたら早い方が良い。
できればその翌日の土曜日には、その温熱療法なるものをやってみたいと思うところ。
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日常の取り組み・・・・・・

 ※この記事の投稿は、当時の詳細な時系列の流れとはまったく関係ありませんが、ちょうど治療の展開の流れとして一区切りついたことと、この頃の話題ということで、この近辺の日時のところに盛り込んでみました。

さて、この前の投稿に引き続き、今回も日常のことについて・・・・・・。
今回は、専門治療は病院にお任せしながらも、我が家でできること、民間療法についての取り組みを紹介してみたい。
まず、我が家では病気が正式に発覚して以来、様々な取り組みを実施している。
その一覧を以下に。





 

【スロージューサー】
まず一番に持ってきたのはこれ。
他の癌患者の方々も、結構、これに取り組んでいる方も多く、その方々の闘病ブログやTV番組などで、このジューサーを使用したオレンジ色のジュース(スムージー)を見かけることも多い。
我が家でも、家内がすぐにネットで注文して、ほぼ毎日、これを利用している。

材料は、このオレンジ色の主成分である人参と、りんご・パイナップル・レモン等を基本として、これに季節の野菜やフルーツを、その時々でプラスしているみたい。
時として微妙な味わいになることもあるけれど、そこそこおいしくもあるため、結構たっぷりと、一杯につき300mlくらい、いっきに飲み干している。
これを、平日は夕食後、休日は朝食後と夕食後の2回、よほどのことがない限り毎日飲む。
これについては、この原稿を書いている今現在も、マメに継続中。

材料となる野菜は有機栽培の野菜や果物をネットで注文して使用。
アレンジとして、時々追加しているフルーツに関しては、身近なスーパーでの購入となってしまうが、これもできるだけ無農薬とかの自然栽培を意識して入手。




【タヒボ茶・びわ茶】
まず、癌には良いとされる、知る人ぞ知るタヒボ茶。
これは、商品としてはピンきりで、その効用はともかくとして、結構、高価な物も出回っている。
しかし、我が家では探しに探して安価なものを使用している。

そしてさらに、こちらも癌にいいと言われているているびわ茶。
こちらも、そう高いものは購入しておらず、どちらのお茶もなぜか九州が(タヒボ茶:鹿児島、びわ茶:佐賀)販売元。
我が家では、この二つのお茶をブレンドして、毎晩、就寝少し前の時間帯に飲んでいる。
【カバノアナタケ茶】
こちらは購入したものではなく、家内の実家が網走ということもあって、もう何年も前に大きな塊をいただいていたもの。
なかなか、減らないで残っていたものを、この度の機会にて、本格的に使用していくことに。

使用方法は、この塊をハンマーで砕いて煎じて飲用とする。
こちらは癌に限らず、色々と体には良いと言われているようで、体調を整える意味でも飲用には適しているみたい。

このお茶は冷たくしてペットボトルに入れ、職場に持ち込み昼食後にがぶ飲み。
こちらも毎日継続中。

私は、抗がん剤の治療のこともあってか、とにかく病院スタッフからは「水分を多く摂って!!」と、クドイほど言われている。
おそらく腎機能を守るためのことかと思われるが、前掲のお茶も含めて計3種類のお茶とスムージーを摂取して、日夜水分補給の努力をしている。
【フコイダン】
こちらはサプリメント。
私はあまりサプリって好きではないし、その効果もあまり信じてもいない。
でも、家内はもともと、結構、ハマるタイプ。
自分でも何やら時々見つけては購入して飲んでいる。
たまたま、このフコイダンという商品も、海藻成分がタップリで、ミネラルの補給にいいということから目をつけたらしい。

たまたま私の職場の人からも、知人で飲んでいて効果があったということを聞いていたため、私も飲んでみることにしてみた。

効果はまったくわからないが、毎夕食後に2錠飲んおり、入院中に主治医に相談すると、「まぁ、使用量を守れば・・・・」ということで、不思議そうな表情をされつつも、許可をもらっっている。
【ブロリコ】
こちらも家内が見つけてきたもの。
癌対策にブロッコリがいいということから、ブッロッコリのサプリを見つけてきた。
また、この前の投稿、癌について調べたこと・・・・・・での【がんが自然に治る生き方】という本でもサプリを使用して、病状が改善した事例が載っていたのも、家内の勢いに拍車をかけている。

私があまり積極的ではないことから、家内はイライラするようだけれども、これもとりあえず、毎夕食後に3錠飲むことに。
これは、どちらかというと癌対策というより、体調の維持という捉え方になるのではないかと思っている。
【ブラックシリカ】
こちらは食べ物ではなく、お風呂に入れるもの。
このブラックシリカなるものも、癌に効果があると言われていて、実は私はサプリなんかより、ずっとこちらの方が効果があるような気がしてならない。
使い方は、ただポチャンとお風呂に入れるだけ。
するとマイナスイオンが発生し、癌への抑制効果があるのだそう。

我が家では1kg売りの物を2袋購入。
計2kg分を百均で買ってきたカゴに入れて、浴槽内に投入して使用している。
結構、高価なものも出回っているが、よくよく探すと、某社の販売する比較的安価なものが手に入れることができた。

手入れとしては、ある程度使用したら、天日干しで乾燥させるだけで、ずっと半永久的に使用できるのだそう。
これを入れた後のお湯は、下手な入浴剤よりも、グンとお湯質が変わったという実感が大きく、なにより温浴効果は抜群である。
すぐに体が暖まり、そして、なかなか湯冷めをすることがない。

そのため、冷え性の方は、癌とかに関係なく使用してみる価値はあると思う。
熱を苦手とする癌細胞に、どれだけの効果があるのかはわからないが、私個人の使用感としては、なんとなくではあるが、結構、ダメージを与えているような気がしている。
これは、今も尚、ずっと継続して使用中。

といったところ・・・・・。

これら全てがどれだけ癌に効果があるのかは、皆目わからない。
いや、むしろ私は、正直なところ懐疑的な部分もある。
ただ、家内が言うには「効くと思わなければ効かない!!」と力説する。

まぁ、確かに・・・・。
心のどこかに、否定の種が存在するなら、効くものも効かなくなるというのはわからないでもない。
でも、だからと言って「効くはず!!」と思ってさえいれば、本当に効果が出て来るとも思えない。
家内には怒られそうだが、こういうことにはわりと冷めている自分なのである。
ただ・・・・・・・。
こういう取り組みをしているからこそ、余命3ヶ月~半年という宣告をはるかに超えて、私は今も生きていられるのかもしれない。
つまり、この取り組みの一つ一つの効果がどうだこうだというよりも、これらすべての総合的な相乗効果はどうか?と考えてみると、それはやってみただけの価値はあるのかもしれないとは思えてくる。

これはひとえに、本人の気持ちの持ちようなのかもしれない。
病は気からとも言われる所以なのであろう。
いずれにしても、自分の感情を抑えながらも、色々と、あれこれ手を尽くして支えてくれている家内には大感謝である。
改めて、感謝の意を述べておきたい。
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癌について調べたこと・・・・・・

 ※この記事の投稿は、当時の詳細な時系列の流れとはまったく関係ありませんが、ちょうど治療の展開の流れとして一区切りついたことと、この頃の話題ということで、この近辺の日時のところに盛り込んでみました。

さて・・・・・・・・。
昨年の暮れにはっきりと癌を宣告されるにあたり、およそその前後から、私も他の癌患者の皆様方と同様に、色々とネットや書物にて癌関係の情報を読み漁る。
いくらメンタル的には動揺はないとは言っても、やはり生身の人間として、はっきりと癌であることや、余命のことを宣告されて、その事実と直面するとなると、それはそれで焦りがないわけでもない。
病気になる前までは、あまり気に留める分野の話ではなかったが、やはり当事者となるとその意味合いは変わる。

私が着目したテーマは、おもに、

・基本的な癌のことについて。
・私の発祥部位の胆のう癌について。
・また大きな転移先の肝臓癌について。
・また抗がん剤を始めとする標準治療のこと。
・抗がん剤の効果や副作用について。
・終末医療・緩和ケアのことについて。
・他の患者の方々の闘病ブログ。
等々・・・・・・・。


やはり情報を集めることに没頭するということは、人間切羽詰まった状態となると、特に意図せずともどうやら自然な行為となるようである。
その中で、この時期、特に私が手に取った癌関係の書籍を以下に紹介してみたい。
これは私自身、自ら購入した物、家内が「これ、読んだら・・・・」と買ってくれたものがある。
正直、ためになったもの、そうでもないもの等色々。

以下にそれらの書籍と、癌患者当事者の立場としての私の簡単な感想をあげてみたい。
ただし、感想については、私個人的なものなので、あくまでも参考に。





【ガンに勝つ極意】
著者は、ウィシン・E・キムという方で、韓国出身、現在は米国在住の医師。
世界最高峰と言われる、MDアンダ-ソン癌センターに約32年間勤務し、退任後は各地の大学にて教鞭をとって後進の育成、70歳を越えた今もなお、世界各国で講演活動などを精力的に続けている。
全米ベストドクターに11度も選出された名医。

そのMDアンダーソン癌センター勤務時代における、癌治療の最前線で起きた奇跡や、癌に対する基本的な考え方が述べられており、ただの癌に対する専門的な話だけではなく、著者自身の医師としてのスタンスなども各所に散りばめられている。

文中で、『病気が治癒するのは、80パーセントが神様の意志だ。10パーセントは医師が治療し、残りの10パーセントは薬が助けてくれる。だから決して自分達が治したのだと自己満足に陥ってはいけない』と、著者が今も忘れずにいる著者の師の言葉がある。
ちょっと私には、「あれっ、患者自身の力は含まれないのかな?」とは思うものの、全編にわたって著者のこの本の出版意図として、切羽詰まった癌患者や家族に向けての深い愛情を感じる一冊。


【がんを生きる】
東北地方での県立病院・国立がんセンターを勤務の後、都立病院の勤務を得て現在は同病院の名誉院長になられた方が著者。

実は、この本はあまり家内に勧められなかった。
どちらかというと緩和ケアに入った人向けのようなコンセプトで書かれており、家内が言うには私にはまだ早い。
もっと生きる希望となるべくテーマの本を読むべきということのよう。
なるほど・・・・・、見守る家族としては当然の気持ちであろうか。
でも、私はいずれ来るべき段階の心得として、知識だけは得ておきたいということからこの本を手にしてみた。
なにせ、死に直面するのは、私自身なのである。

この本は、著者のお立場がお立ち場でもあることから、どちらかというとエビデンスをべースとした標準治療を前提としたスタンスをとられているようだ。
そのため、今の癌治療の現場のスタンダードといえば、そうであり、より医療現場の実態をストレートに理解するという意味では参考になる。

ただ、家内が懸念するように、希望を見出すというよりは、どう現実に向き合うかということが主体となっている。
ただ、それでも、標準治療の中で、医療従事者の方々にも、こういう気持ちで患者と向き合っていらっしゃる人たちがいるというのには、素直に感銘を受ける。
しかし、こういう病院やスタッフの方々と巡り合えるのも、やはり運とか縁というものが作用しているのであろうか。

私も仕事上では、常々、お客様にもこの『運・縁』も、ある程度は本人の努力で引き寄せることができると、常々、口にしていること。
人に言うのはたやすいことではあるのだが、命の終焉を突き付けられた私に、いざ我がことのこととなると、果たして、そんな容易にできることなのであろうかと深く感じ入る。

どちらにしても、この本は今の標準的な医療現場の立場から、終末期の患者に向けられた本。
私もいよいよの時がきたら、もう一度、この本を読み返すことになるかもしれない。



【がん、自然治癒力のバカ力】
正直なところ、私はこの本は好きになれなかった。

著者は産婦人科医、某民間企業の医事研究室を得て、自ら自律神経免疫療法による癌専門クリニックを開業。
確かにご自分の治療法には絶対の自信をお持ちであり、その論拠の展開にはなるほどというものもある。

しかし、他の治療法をあからさまに否定する記述が多々見られ、自説のみが正しいと言わんばかりの本の構成には、共感するまでには至らない。
これではまるでこの本は、困っている人への情報提供や勇気づけといった本なのでは決してなく、著者の主催するクリニックの販促ツールであるといえよう。

もちろん、この治療法で良い結果を得られた方々も実際にいるのかもしれないが、私はこういう姿勢は嫌いである。
私も、いくら生への執着があまりない、とは言ってはいても、藁をもつかむ想いが、私の中にまったくないというわけでもない。
できるならば、この暗闇にも似た状態から脱することができるならばという気持ちもあることにある。

しかし、それでも私は、こういうスタンスの治療者が主導する治療法にすがることは、決してないだろう。
私のようなこういう状態の時、色々な情報に振り回されそうになることもあるかもしれない。
でも、全て受け身になるのではなく、自分に合った適切な情報を切り分けて選択していくことの大切さを、はからずもこの本によって教えられた次第である。






【がんが自然に治る生き方】
この本の著者はケリー・ターナーという大変お綺麗な女性。
著者の経歴によると、この方は医師ではなく、腫瘍内科学の研究者という位置づけ。
ハーバード大学で学士を取得し、カリフォルニア大学バークレー校にて博士号を取得した才媛。
本の中では、癌専門病院でカウンセラーとして、ご活躍されていたという記述も見られる。

この本は、著者の癌研究の中で、1,000件を超える奇跡的に癌が寛解した事例をもとに、世界各地を飛び回り、その当事者へのインタビューを試みたものをベースとされている。
そこで得た知見や見識を9つの実践ポイントとして一冊の書籍にまとめ上げたもの。

医療従事者に見放された方、あるいは自ら標準治療を拒否した方等々、様々な事例を紹介しながら、その方々、個人個人の創意工夫や、あらゆる手立てを使った実践行動がつぶさに紹介されている。
なんとその事例の中には日本人の患者のケースも紹介されているのには驚き。

人脈を駆使したケースもあれば、本当に簡単な日常生活の見直しといったことまで、その実践内容は千差万別。
ただ共通しているのは、食習慣、生活環境、感情のコントロ-ルといったことなど、全て自然に立ち戻るといったことなのであろうか。

全ての癌の症例に効果的なことかどうかは、疑問の余地はぬぐえないが、こういう方法・考え方もあるのか・・・・という点では、非常に興味深い。
今のエビデンス至上主義の医療界の観点から見ると、明快な根拠に乏しい事例でもあるのだが、一つのエピソードとして読んでいるだけでも、それでもなぜかストンと腑に落ちる気がするのは実に不思議。

治療を通して、また医師とのやり取りの中で、患者としてはどうしても悲観的に考えてしまう場面もある中、こういう事例を眺めているだけでも、相当に気持ち的にはリラックスできる。
このリラクゼーション効果がひょっとしたら免疫力を上げることにつながるのかもしれない。

私はこの9つの実践項目に傾倒してしまうということはなかったが、今でもそのポイントポイントは意識して日常を過ごしている部分もある。
癌を宣告された方やご家族の方々は、一度は手に取ってもいい書籍かもしれない。







【今ある がんを消すスープと味噌汁】
この本は家内が買い求めて読んでいる本。
私はチラリとしか目を通していない。
我が家では、この度の病気宣告を受けてからというものの、専門的な治療は主治医に任せながらも、民間療法という意味では、それなりに研究し癌に対して抵抗もしている。
本書は、その一貫としての食事療法の参考書という位置づけであろうか。

この原稿を書いている今現在では、少々食生活の管理も甘くはなってきているが、この当時はまだ開始直後のため、がっちり食事は管理された。

メニューや調理法もさることながら、食材も一切、化学調味料・添加物は避けるようになり、自然・無農薬・オーガニックというキーワードに一気に集中することになる。
野菜は、ネットで産地からの無農薬野菜を購入。
調味料やコーヒー・紅茶の果てまで、オーガニック製品を購入。
私の好きなインスタントラーメンは厳禁となってしまった。

正直なところ、食べてみて、ほとんどがあまり喜ばしい味覚ではない。
単品としてその時だけ食べると、おいしくないわけではないのだけれど、結構、この手のメニューが続くと飽きてくるのである。
ただ体のことや、家内の気持ちを想うと、我慢して食べていくしかないのだろう。
これもまた、闘病の一つであろうか。




【ガンを消す食事】
こちらも前掲と同様に家内が買い求めたもの。
同じく、私はチラリとしか目を通していない。
この本の著者は医師。
医療現場で癌の治療と向き合いながら、独自に食事療法を研究し、この本以外にも多数の書籍を世に送り出しているみたい。

こちらも前掲の本と同様に、当時の我が家では食事療法のバイブル的な存在となる。
この本で紹介された料理は、幾分、おいしさとしては、まぁまぁという感じ。

ただ、中には結構手の込んだものもあるようで、この本の記載通りの食材を揃えるのが、やや大変みたい。
別の食材で代用したり、一部の食材は省略して調理したりということもあるようだ。

なかなか、この本の通り実行するのには、家事にかける時間も、共働き家庭ではちょっと難しい。
結局、こうなると、いいものでも継続するのが難しく、この本で紹介さているメニューのほんの数種類しか実行できないという結果になる。
これもまた、食事療法の現実的な一面であろうか。

しかし、のべつくまなく、ただ食べたい物を食べるという食習慣から、食物摂取の管理が重要という意味で、この本で述べられている重要な部分を、その家庭でできることだけでもやっていくといスタンスでもいいのかもしれない。
惰性的な日常調理を少しアレンジするということだけでも、今までの食習慣よりはグンと健全になるのかもしれない。

でも私は、あまり神経質にはならないようにとは、時々、家内に伝えてもいるところでもある。

といったところ・・・・・・・。

下から2段にわたる料理関連の本は家内が見ていた本であるが、実はこれ以外にも野菜料理の本が何冊かある。
私の病気が発覚する前からあったのか、癌への対策としてチョコチョコ買い揃えていったのかはわからない。
でも、時々、今までに見たこともない料理が食卓に登場することは、確かにある。

ただ、私は書籍に関してはこれくらいで、これ以降は一切この手の物は読んでいない。
(実はこの原稿を書いている今の時点で、一冊だけ読み進めているものもあるが、これはいずれお披露目しようと思う。)

また、ネット情報も、最初の内こそ、むさぼるように見ていたが、そのうち見ることもなくなった。
せいぜい、他の癌患者の闘病ブログを見るくらいのもの。
それはやっぱり、色々と見れば見るほど、私の今の状況では超・悲観的にならざるを得ないというのが主な要因。
どこのデータを見ても、多少の誤差はあれども、私の胆のう癌、ステージⅣとなると、5年生存率は2.7%、10年生存率は1.9%くらいと出ている。
この手のデータは、実は何を分母として何を分子としているのかをよく見る必要があるのだが、これだけの低生存率の数字ともなると、もはや、その意味を知る必要があるのだろうかと思うほど。
すなわち、見れば見るほど絶望しかないのである。

そのため、私は安易に情報に頼るのはやめた。
無論、無知でもいけないし、必要な情報はある程度のことは勉強が必要だ。
しかし、やみくもに情報にすがるのは良くないことと決意。
奇跡と言われる話も数々あれども、私の場合に間違いなく再現されるとも限らないのだ。
それはやはり、その方々の色々な因子が重なった上での話。

やはり、己の体は己で体感するしかない。
その上で、来るべき結論は、それはそれとして受け入れるしかないと思っている。
そのため、これ以降は癌のことで書籍やネット情報にへばりつくのは止めにし、やるべき治療を淡々と行い、日常の生活、時間を大事にすることに集中することにしたのである。 にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
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大切な人達へ・・・・・・・・

2016.1.29(金)~1.30(日)頃のこと。
さて・・・・・・・・。
今のところ、効果はわからないが、なんとか抗がん剤治療のリズムらしきものが見えてきた。

そこで・・・・・・・・。
私も少し落ち着いてきたため、この現状を報告というか伝えておかなければならない人達が、家族や職場の人達以外にもいる。
それは、私には決して多くはない友人たち・・・・・・・。
私の交友関係は決して広くはなく、深い友人たちといえば、ごくごく少数である。
ただ、とても私にとっては大切な人達。
その人達に、こんな私の超ネガティブな話をしていいものかどうか・・・・・・・。
どこからどう話せばいいのか・・・・・・・。
こんな話を聞かされる側の心境とは?
ただただ心配をかけてしまうのではないか?
などと、考えていると、実の所、今まで私は何もできなかった・・・・・・。

しかし・・・・・・・・。
万が一、そう遠くはない先に私の命が終焉を迎えるかもしれないと考えると、結果はどうあれ、事実は事実として、現状を知らせておくのが私の責任ではないのか・・・・・・。
とも思われてきた。
もし、私の大切な関係の人が、私に何にも知らされずに突然旅立たれてしまったら・・・・・・と考えると、それはそれで複雑な感情に悩まされるかもしれない。
そう考えていると、この少し落ち着いてきた今、思い切って現状を伝えるメールを送ってみようと決心した。

まず・・・・・・・。
仕事を通して面識ができた女性。
今や、私自身は身内同然と考えている人。
ご本人の名誉のためにも、決して、怪しい関係などは一切なく、純粋に友人(家内も公認)という間柄。
直接対面していた期間はそれほど長くもなく、今は遠方に住まわれていて、今の交流のほとんどはメールでのやり取りのみ。
現在は、立派な奥様になられて、暖かい家庭を築かれている。
「いらぬ心配をかけてしまうのでは・・・・・・」と、心底、送信ボタンを押す寸前まで悩みに悩みぬいた。
しかし、この女性とは公私にわたって何でも正直に伝えるという今までの関係であることと、冒頭に述べたような想いから、思い切って送信ボタンを押した。

そして・・・・・・・。
私の20代前半の人格形成の礎ともなった、若き日の頃からの友人たち・・・・・・。
私は、その昔、茨城県の日立市というところで、勤務をしていたことがある。
およそ7年間、そこで居住し、初めての社会人としての基礎を築き上げた土地。
まったく縁もゆかりもない道産子が突如、かの地で生活をするということで、正直なところ、当初はなかなかなじめなかった。
が、しかし、徐々に交友関係が出来上がるにつれ、その人の輪はみるみる増えていき、私の部屋は週のほとんどが宴会場になってしまう。
その人達と過ごすことにより、私自身、仕事で得られるものとはまた違った、拙かった私自身の人格形成がなされていったように思う。
この人達との縁が、今の私が維持できているおかげでもある。
私が札幌へ帰ることになった時、皆が羽田空港の搭乗ゲートぎりぎりまで見送りに来てくれた、あのシーンは20数年たった今でも、決して忘れることはできない。
そして、彼らも時を見て、度々こちら札幌に遊びに来てくれ、この札幌で再会し旧交を暖めてもいる。
このメンバーの代表的な2人に、皆にそれとなくこの状況を伝えて欲しいということで、私の現状をメールにてお知らせした。

どちらにも、内容は私の今のリアルな状況と、私の正直な気持ち。
病状については、まったく包み隠さず、現状をありのまま。
私の心情としては、このブログでも何度も触れているように、現状を真摯に受け止めていて、メンタル面でも想像以上に落ち着いており、ある種の達観にも似た境地であること。

・癌に何が何でも勝つというほどのムキになる気持ちはないこと。
・万が一の時は、堂々と結果を受け止める覚悟を決めていること。
・しかし、やみくもにあきらめて、投げやりなわけでもなく、打つべき手は打って行くこと。
・残された時間に誇りを持って生きていくこと。


等々の内容で、私の心情を正直にお伝えした。
すぐに、皆さんから返事のメールが到着。

やっぱり・・・・・・。
皆、一様に驚き、びっくりしている内容。
ある種のショックを与えてしまったかもしれない。
逆に困惑感を押し付けてしまったかもしれない。
もし、私が聞かされる立場だったら・・・・・と考えると、聞かされても何にもできないことに困惑するであろう。
やはり、伝えるべきではなかったかな・・・・とも思い悩む。

でも、逆に何も知らされないまま、私が命を終えてしまうとなると、それはそれで、またある意味、次元の違う悲しみも湧き上がりそう・・・・・・。
冒頭で記述したように、伝えると決心した以上、また事を伝えた以上、ここから先が事情を伝えた私の責任の示し方でもあるのかなと思い直す。
それは・・・・・・。
私の生き様を見せていくこと・・・・・・・。

・こんな、宿命を背負った以上は、私もただでは済まさないつもり。
・見苦しく命に執着することもなく、それでいて、自分は一人で生きているわけではないことも自覚しつつ、残された時間を周りへの影響を考えて過ごしていくこと。
・そして、私自身が、成すべきことを成し、最後に胸を張って天への階段を上れるようにすること。

これが、私の数少ない交友関係に現状をお知らせするにあたって、私自身を整理した結論
であろうか・・・・・・。
このあたりは、同じような状態の患者さん、特に末期の方々、おそらくは皆さん共通の悩みかとも思う。
これも、病気と向き合う者としての、闘病の一部なのであろう。
様々な状況や立場を踏まえて、決心していくのはやはり自分しかない。
恐らく、その決心については、多分、正解はないとも思える。
ただ、その結果と共に、病気との向き合い方、自分を取り巻く周りへの考え方を改めて再認識するということはいえるのかもしれない。

私は、今さらながらどんな状態、境遇の人でも、生きている以上は、ただ生きているというだけで色々な意味で責任があるのだなぁ・・・と思う次第。
この病気、色々なことを考えさせてくれる。
案外、悪い奴でもないのかもしれない。 にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
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2度目の抗がん剤の攻撃!!

2016.1.29(金)~1.30(日)のこと。
1月29日の金曜日。
さて、この日は抗がん剤投与、2回目の日。
この日より一泊二日の短期入院。
会社はこの日のみ有休消化。
またしても、入院の手続きを行い、病室に案内される。
今回は一泊だけなので、気が楽とはいえ、つい数日前まで入院していたことを想うと、やはり面倒といえば面倒。
病室の場所は変われど、当然ながらいるスタッフはお馴染み。
つい先日退院したばかりなのに、また入院してきたことについて、看護師さん達はその経緯を把握済みのよう。
しかし、清掃等の病室管理で色々とお世話になっている人達からは、「あら~、また入院ですか?」と驚かれる。
特に食事をいつも配膳してくれる、気さくでよくお話をする人がいたのだが、この人も、また顔を合わせたことによりビックリという感じ。
いちいち、私の方から事情を説明するのは、ちょっとやっかい。

さて、病室で落ち着いた後は、すぐに採血と看護師さんからの状況確認。
前回の抗がん剤投与の後の状況の聞き取り等々・・・・・。
そして、お昼前頃にM医師が病室にやってきた。
採血の結果、ちょっと白血球が少ないのと、貧血の症状があるとのこと。
また、腎臓の数値も少し悪い状況ではあるものの、「抗がん剤ができないレベルではないので、予定通り午後から実施しましょう」とのこと。
この検査結果の症状については、この後もずっと、毎度毎度、同じ状況になることに。
特に、白血球の減少や、貧血については特に顕著な傾向となる。
ただし、私の身体的な自覚症状はまったくない。

そして・・・・・。
午後になって、またお馴染みの4点セットの点滴が実施されていく。
計、およそ4時間の点滴。
実施した感じは前回と同じ。
投与中、やはりシスプラチンの投与あたりから、微妙に体調の変化を感じる。
そう・・・・・。
やはり、だるさが出てくるのだ。
でもこれも、前回と変わらない、まったく同じ状態のため、特に驚きはない。
ある意味、余裕で抗がん剤の治療を終える。
そして、これ以降はやっぱり体中に倦怠感を覚える。
ただ、相変わらず、食欲不振とか吐き気等の症状の自覚はまったくない。
積極的にご飯をガツガツ食べたいというほどではないが、一応は出された食事は余裕で完食。
この日はこうして無事に過ごす。

そして夜が明けて、2日目の土曜日。
さっそく退院の準備。
昨日からの経過に特に変わったことはなく、症状的にはけだるさが残っただけで、まったくこの日の朝は問題なく回復。
M医師からも状況を確認され、私からも「こういう感じなら、日帰り治療ができそうなので・・・・・」とお願いしてみた。
「まぁ、何かあればすぐに入院に切り替えることもできますので、とりあえず今後は、日帰りでやってみましょうか・・・・」ということになる。
なんとなく、治療のペースがつかめてきたことから、幸いにも入院の負担からは開放される。
ただ、前回のように、翌々日に発熱ということもあるのだろうか。
毎度、同じ経過をたどるということであれば、これは明日のことになるため要注意。

さて、1月30日の日曜日。
2度目の抗がん剤治療の翌々日。
前回はこの、一日おいた時点で発熱があった。
はたして、どうだろうか・・・・・。
この日、朝から調子もいいため、普通に日常の生活パターンを取り戻し、午前中は買い物に歩き回り、お昼は家の近所のおそば屋さんで昼食を食べることに。
外食は、もう一か月ぶり。
このそば屋さん、某飲食専用のSNSでも結構、評判が高く、私も気にいっているお店なのだが、いざ食べてみると、やはりあまりおいしくなく感じてしまう。
しかし、治療による私の味覚の問題だと思っていたが、一緒に食べた家内も同じ感想だったので、それは単純にお店側の問題だったのかもしれない。
そして、家に帰ると・・・・・・・・。

おぉ・・・・・・。
やっぱり来た来た・・・・・・。
少し、午前中、無理したかな?とは思ったが、再びけだるさが襲ってきて、発熱も発生。
体温は37℃半ばなので、それほど大事には至らないが、すぐさまこの後の午後はずっとベッドに臥せることに。
眠っているようないないような、うつらうつらした状態を夕方まで続けていると徐々に体調は回復。
熱も平熱に戻り、体のだるさも消えてしまった。
一瞬、明日は出勤できるか?とも思ったが、今はまったく心配はない。
この日の夕食も普通にとれるし、入浴もいつもとまったく変わらず可能。
こういう調子が、抗がん剤治療後の一定のパターンとなるのであれば、どうやら治療日の翌々日を留意するということを考慮し、治療の日を金曜日にするというのは非常に都合がいい。
これで日帰り治療の計画が、どうやら現実的な実感となってきた。

ただ・・・・・・・。
私の癌細胞に対する具体的な攻撃はこれで2度目ということになるのだが、果たして効果はどうなのだろうか・・・・・。
体感する限り、大きな変化は感じられない。
この一連の副作用らしきものの実感はあるものの、癌に対しての治療効果の実感はまったくないのだ。
これは、まだまだ始めたばかりだし、もう少し様子を見ていく必要があるのだろう・・・・・・・。
次回、3度目の治療はまた来週の金曜日。
今度は日帰り治療である。
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退院後の出勤!!

2016.1.27(水)のこと。
退院後、職場へ初出勤の日。
約2週間の入院だった・・・・・、というか無事に済んだという感じ。
とりあえず、生きて帰れている。
しかもまったく無事で。
抗がん剤の副作用については、今はまったく感じない。
吐き気もけだるさも、口内炎も脱毛、けだるさといったものも一切ない。
もちろん、患部の痛みもない。
この状態で、果たして癌に、効果的な一撃を加えることができたのであろうか?
これについては、まだまだなんとも言えない。

この日、職場までの通勤も気のせいか楽になっている。
やはり、昨年暮れから今回の入院前までは通勤が辛かった。
地下鉄構内の階段の上り下りもそうだし、車内でも座れる時はまだよいが、吊革につかまって立って乗車する場合は、ちょっと気を許すとフラついて倒れそうになることもあった。
そして、普段の私の歩行速度はかなり早いほうなのだが、さすがにその時は足並みはゆっくりとスローモー。
ホントに病人なんだと実感したし、「私は、後、何度通勤できるのか?」と真剣に思ったほど。
しかし、この日は久しぶりに私の足も軽い。
ずっと、病室や家に閉じこもっていたため、かえって体力や筋肉も鈍ってしまっているかと思ったが、息も切れることもなく順調な通勤状態である。
これは、いい。
癌に対する、抗がん剤の効果とも考えたいのだが・・・・・・・。

職場に着いて、さっそく職員に報告。
まずは今の体調の状態と、入院時の処置の経緯、不在時の業務についてお詫びを申し上げるのと、何か変わったことがなかったかの確認。
やはり、大変、心配されていたようで、とにかく無理をしないようにと労わりの言葉をかけてくれる。
でも私は、今の状態だと、まったく業務に支障がないことと、通勤時も楽になっていることをお伝え。
とにかく、今日から通常勤務に戻れることを宣言。
実際、業務についてもまったく困ることはなかった。
却って、2週間不在にしていた仕事を整理するのと、各お客さんに連絡をすることなど、慌ただしく忙しい。
でも、私には、この方が良いようだ。
非常に心地よい。
病気前の日常では、「今日も仕事かぁ・・・・・」などと思うこともチョクチョクあったのだが、今は私の生活サイクルに、仕事というものが、これほどなくてはならないものだということに、改めて思い知らされる。

そして、私の病状を全て伝えていたチームの仲間も、職場に私が入った途端「大丈夫ですか・・・・」、「無理しないで、もう少し休まれて・・・・」、「おかえりなさい、きっと無事復帰されると思っていました・・・・」などと、声をかけてくれる。
こちらにも、不在時の業務負担に謝意を述べ、かけられたお言葉、ひとつひとつを丁寧に受け止めながら対応する。
こんな私に・・・・・・・。
ありがたいものである。
本当に感謝の念に尽きない。

そして、私の病状を知らないこのフロアのメンバーも、どういう理由で私が入院していたかは知らないまでも、各々、やはり気遣いの声をかけてくれる。
こちらの方々にも、ありがたい気持ちでいっぱいになる。
つくづく人は、どんなに突っ張っていても、一人で生きているものではないのだと実感する。
この方々には、実は私としては、自分の病状や状態を秘密にしておくつもりもない。
だから、事情を打ち明けたチームの仲間にも、特段、口止めのお願いもしていない。
自然に伝わって、みんなに事情がわかるのであれば、それはそれでいいと思っている。
むしろ、今後、もっと治療に時間を割いて職場を空ける機会が増えるなら、この方々にもちゃんと説明しなければとも思うほどである。

癌になった方々が、それを公表するかどうかは色々な考え方があると思う。
当事者個人の考え方や生活環境、仕事の性質や業務責任、病状の進み具合や治療計画にもよる。
また、本人が気力・体力ともに、どれだけ日常を維持できる状態なのかにもよるとも思う。
有名人の場合を見ても、某元人気女子アナのように家族・我が子にすら病気のことを伝えずに、若くしてその生涯を終えた方もいらっしゃる。
私個人としては、残された人々への気持ちの考え方の結果によるものなので、その賛否は安易に語られるものではないと思う。
最終的には、当事者個人の人間関係や生活環境による、想いや配慮によるものなのだろう。
私の場合は、病気による同情などはまったく不要でしかないのだが、度々、業務を抜けることでフロア全体に少なからず影響を及ぼすようであれば、「いったい、どうしたんだろう・・・・・」という疑問にはちゃんと事情を説明する責任があるのではと考えてもいる。
まして、これからの2月・3月は繁忙期に入るのだ。
ただ、これについては最終的には、ここの管理者に判断を委ねていることでもあり、私一人での想い込みでもいけないと考えてもいる。
まぁ、この件は、今後の治療状態をみながら、しばらく様子を見ていくしかない。

とりあえず、無事、退院初日は非情に充実した1日として終えることができた。
そして、今週末の金曜日は、また休みをいただいて土曜日までの一泊二日の短期入院で、二回目の抗がん剤を実施する予定である。
できれば、日帰り治療もしている人もいるということなので、私も今後はそういう方向にもって行きたいと思うところ。 にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
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抗がん剤治療のペースは掴めたかな?

2016.1.25(月)~1.26(火)のこと。
1月25日の月曜日。
この日の朝のうちに予定通り退院。
若干、昨日に復活したけだるさの余韻のようなものはあるが体調は良い。
食欲も、まぁ、健全な頃程はないものの、一応は出されたものは相変わらず完食できている。
痛みもどこにもない。
お世話になった看護師さん達に見送られながら、無事に病院を出る。
迎えに来ている家内は感無量という感じ。
どうも、本気でもう戻って来れないと思っていた様子。

家に着くと、さっそく我が家のわんこ達、”あやめ”と”かえで”のお出迎え。
もう、どこか、おかしくなっちゃったんじゃないかと思うほど、まさに狂乱の状態。
まぁ、無理もない。
この子らと、これだけの期間、離れ離れになったのは初めてのこと。
私も、思いっきりなで回す。

そして、我が家の食事とお風呂。
食事は、もちろん病院食には飽き飽きしていたこともあり、やっぱり我が家の食事にはニンマリというところ。
さらに、お風呂はもう極上の気分。
平常時は、結構、面倒くさがる私なのだが、やっぱり、これほど気分のいいものはない。
いかに、何事もない日常、平凡な毎日って、実はたいへんありがたいものなのだと改めて実感する。
もちろん、家内の表情は明るい。
まだまだ、この先のことはわからないが、とにかく一時の安堵を迎えた。

そして、翌日の1月26日火曜日については、退院後の予備日として大事を取って休みを取っている。
明日からは通常出勤するつもり。
結論から言うと、この一日は、別に休まなくてもよかったかもしれない。
体調的にはまったく問題がないのだ。
そもそも、たった1回の抗がん剤で、快方に向かうとはまったく思ってもいないのだが、そもそもが入院前は、結構、シンドイ状態ではあったものの、入院した途端、まったく病気を忘れるほどの日常を取り戻していたのである。
ひょっとして、あの不調感は腎機能の障害によるものであったのであろうか。
あの24時間1週間連続点滴を受けているうちに、どんどん良くなっていったのかもしれない。

確かに抗がん剤の投与で、一時的な不調もあったが、それはほんの一過性のため、あっという間に抗がん剤投与前の状態に戻った。
なんとなく、これで私の抗がん剤治療としての感触は掴めた感じ。
次の抗がん剤は、今週末金曜日に、また一泊二日の入院をともなう治療を行う。
これで、抗がん剤治療から副作用の発症までのペースを把握出来たら、日帰りの治療も可能かもしれない。

そう・・・・・。
元気である以上、そうそう入院ばかりもしていられない。
費用面のこともあるし、仕事でも私を待っているお客様もいる。
とにかく、仕事がしたい・・・・・・。
まずは、本日は入院予備日として、大人しく一日を過ごし、明日からまた仕事面での日常を取り戻したいと思うところ。
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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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