放射線治療準備開始!!

 2018年8月7日(火)のこと。
今日も、あのTS病院。
午前中のみ仕事をして、午後から有休。

前回のお話から、まず肺の転移部に局所的放射線治療を行うことになったのは前の投稿で述べた通り。
今日は、その放射線治療としての説明書と同意書を兼ねた用紙を見せられて、より詳細な説明を受ける。

その資料での主だった記載項目は以下の通り。

・病名:胆嚢癌、肺転移(やはりここでも、胆道癌でも胆管癌でもなく胆嚢癌と称される)
・治療部位:左肺下葉病変
・治療目的:腫瘍縮小・消失、症状緩和
・放射線治療方法:3D-CRT、VMAT
 平成30年8月20日~平成30年9月7日 週5回、合計15回 総線量60.0Gy
・期待される効果:腫瘍の縮小・消失、症状の予防


となっている。
専門的な部分はわからないが、TG医師によると「今回のターゲットであるところの肺の転移部は、おそらく消えると思います」とのこと。
おぉ・・・・・・。
なんと心強い・・・・・・・・。

私の病態全体から見れば、この治療は確かに枝葉の部分かもしれない。
しかし、病状全体の進行を抑制するという意味では、私にとって、暗闇の中での一筋の光明以外のなにものでもない。
迷うことなくサイン完了。

そして、本格的な副作用の話に。
内容は手渡された資料とほぼ同じ。

・皮膚の日焼け(放射線皮膚炎)
・放射線咽頭粘膜炎・食道炎
・放射線肺炎
・気分不快(放射線宿酔)


といったところ。
中でも肺炎については、まれに起こることとはいえ、自己の予防措置の部分でも注意を促される。
私も昨年、間質性肺炎をやっていて、今度なったら致命的とまであのM医師に言われている身。
いかに、まれに・・・・とはいえ、どうしても肺炎というワードには敏感に反応してしまう。

とりあえず、TG医師の説明には一通り納得。
さっそく、治療の開始日が8月20日(月)からと、正式に決定した。

そして今日は、この後、その放射線治療用の私の体形の型取り?のようなことを行い、より細かい設計書を作るためにCT撮影を行うことに。
まずその、これからお世話になるであろう、放射線治療室に向かう。
そこで、これまた、これからお世話になるであろう診療放射線技師と他数名のスタッフさん方と初対面。
放射線治療室の装置の画像を以下に。

《TS病院HPより画像をお借りしました》












まずは、この台に載せられた、何やらクッションのようなものの上に横たわる。
その下というか脇というか、私を取り囲むようにしている不思議なシートがある。
このシ-トは、空気を入れるとそのクッション部分が膨らみ、私の体形にピッタリとフィットしてくるというシロモノ。
おそらく、素人考えだが、狙っている患部に放射線を正確無比に照射させるために、患者の体をがっしり固定させるためのものかと思われる。
しばらくすると、スタッフの皆さんが、膨らんだそのクッションのまわりを手でたたいたり押し込んだりと悪戦苦闘しながら微調整。
私と言えば、頭もがっしりと固定されており、文字通り身動きができない状態。
しばらくすると、何やらハンマーのようなものを持ち出して来て、まわりをガンガン叩き出す。
頭が固定されているため、その衝撃が結構、私の脳に直撃する。
何が起きているのかわからなかったが、しばらくすると、この設定の作業が終了する。
「お疲れ様でした~、20日からよろしくお願いします」と声をかけられたため、私もご挨拶を交わさせていただく。

そして、その後はCT撮影。
いつものKY病院での撮影よりは丁寧に撮影している感じ。
こちらも無事終了。

後は、看護師さんと20日の日の打ち合わせ。
20日の日に、まずは予定通り放射線治療を開始していく。
そして、今後の肝臓部の治療ができるかどうかの診断用のMRIの撮影を行う。
これはTG医師からも何度か聞いていること。
しかし、この日、ここの病院での予約が一杯で、ここの関連施設である、あの病気判明初期の頃にPET検査を行ったCクリニックで撮影をお願いしたいとのこと。

おぉ・・・・・あの病院。
なんとも懐かしいやら・・・・・。
でも、ここからは、かなり遠い。
結構、この20日の日の私の動きとしては忙しくなりそう・・・・・・。

でも、とりあえず、今後の動きがさらに具体化してきた。
私からはこの治療について、できるだけ朝一番の時間帯をお願いする。
そうできれば、私はこの治療の後、まっすぐに余裕で職場に出勤できる。
看護師さんも「スタッフと相談しながら、できるだけ調整させていただきます」とのこと。
この時の応対してくれたMさんという看護師さん、若い人でこの時点では一見頼りない感じであったものの、実はこの治療の後半時に、この看護師さんの対応にものすごく救われることになる。
人のパワーってすごい・・・・・・。
これも、感謝の出会いである。

ただ一つ、懸念されることが・・・・・・・・。
実は今までこのTS病院に来るのには、全て車で来ていた。
でも、今後は出勤前に来ることになるため、公共交通機関を使用せざるを得ない。
その時間帯も、早朝の通勤ラッシュピーク時で、ここ数年はすっかりご無沙汰している時間帯。
おまけに、いつもの通勤距離よりも遠い。

さらにさらに驚いたのが、ここの病院に来るにあたっての一番近い利用駅。
地下鉄のため、改札を出て地上に出なければならないのだが、これがまた、おそろしくシンドイことが判明。
エレベーターもエスカレーターもあるにはあるが、これはホームから改札口までの短い距離だけ。
その改札口から地上へ出るには、おそろしく長い階段がそびえ立っていた。
ここ最近の、この私の体調で、毎朝これを昇るのか・・・・・・と思うと、かなり気が重くなってくる。

実際、今日昇ってみて、かなりしんどかった。
肺の方の影響なのか、息切れが尋常じゃない。
これ、大型病院のすぐそばの駅の割には、乗降利用者を想定できないとうことであろうか、まったく配慮がなされていない。
設計時点で、私のような病人などのことはとんと、頭の隅にも浮かばなかったのであろう。
無論、お年寄りの方々もつらそうに手すりにつかまりながら昇っていた。

私の病気への新たな挑戦がこれから開始されることになったが、同時に試練も待ち受けてもいるようだ。
うん、世の中うまくできている。
何事もバランスよく、人の行く道にはいろいろなことが立ちふさがるものだ。
私は、ここを試練の階段と呼ぶことにした。
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TS病院でのセカンドピニオンの開始!!

2018年8月2日(木)のこと。②
さてさて、前の投稿では少し寄り道をしてしまった。
話を戻そう。
場所は、まだTS病院の腫瘍内科診察室前の待合スペースにいる。

私の今の現状は、以前にも少しどこかで記述しているかと思うが、数か月前から、腹部の肝臓辺りに不快感が時々発生している。
痛みというほどではないが、結構、気になる症状。
その頻度も多くなってきているのだ。
その度に、頓服のカロナールを飲んでいて、ここ最近では服用回数も増加中。
さらに、おそらくは肺への転移の影響かとも思われるが、ちょっとした動作での息切れが激しくなってきた。
このことも一緒に相談してみようと思う。

さて・・・・・・。
しばらくすると、受付番号を呼ばれ、家内共々看護師さん(前回お会いしたNさん)に案内されて診察室内に入る。
ここの副院長でもあるGT医師との対面。
TG医師よりは年配の方で、副院長という立場上、なんとなくお堅い人といったイメージを持っていたが、お会いしてみると、とってもやわらかな方。
態度も話口調も感じがよく、まったく不快感など微塵も感じさせない。
診察室に入室して、わずか数秒後の時点で、すぐに私も家内も安心して、向き合わさせていただくことになる。

私の検査データは事前に送付してあるし、放射線治療科のTG医師からの引継ぎもなされているのであろうか、私の状況はよく把握されている様子。
そのため、いきなり本題に・・・・・・。
もはや私も、まったく驚きはしないが、やはり私の病状としては、結構、厳しい状況であるということ。
GT医師の「正直なところ、実はいいお話ができないのですが・・・・・」という切り出しから。

腫瘍内科の専門医としても、ある種、標準治療に一つの見切りをつけたというKY病院のM医師の判断は、やはり、現状の医療界の判断としてはまさに標準的なこと。
おそらく、遠隔転移という状況から全身癌への対処としては、現在の薬物療法では次の手がないということ。

しかし、実は薬自体がないわけではないとの伏線も。
ただし、「諸外国では・・・・・」という但し書きの話になり、何やら英文で書かれた薬物種類のデータを机上のディスプレイに表示して説明してくれる。
そして、薬物の種類・タイプ・効能を丁寧にメモにしてくれて解説してくれる。
それが以下に示すメモ。

《GT医師が説明してくれた薬物の種類メモ》



















正直、今見ると何のこっちゃか、さっぱりわからないメモだが、その時説明を受けている時は、机上の端末ディスプレイのデータとGT医師の説明と共に、私も家内も実によく実態が理解できた。
もちろん、専門的な名称や用語については、さっぱりなのだが、この日本という国での医療制度のあり方や縛りについては、この前のTG医師の説明と同じで、ここではさらに詳しくその状況が把握できた。

まず、手術陽子線、私が質問として投げかけた動注療法については、私の病状として、やはり効果を期待することが困難であること。
それと、私の癌の発症部位、原発巣であるところが国の医療制度として、保険の適用内に認められていないということ。
要するに、胃がん、肺がん、大腸がんなど、患者数の多い病巣に対しては国も医療保障を考えているみたいで、私の胆のう(胆道)癌といった、少数罹患者の病巣については、対象外という考え方があるということ。

※ここからはGT医師の発言によるものではなく、説明を聞きながら私が勝手に思ったこと。
つい最近、オブジーボでノーベル賞受賞のニュースが流れ、TVを始めマスコミはこぞって大騒ぎしていたが、その時にはこの現場適用での実態を知っていた我が家では、実に冷めた目でそのニュースを眺めていた。

「技術だけの問題ではないんだ・・・・・」
「制度の問題なんだ・・・・・・・」
「命は平等というのは詭弁で、実際には区別(差別?)がある・・・・」


といった思いで一杯。
もちろん、受賞者の功績を讃えるのは、なんら否定されるべきものではなく、国全体として世界に向けては確かに名誉なこと。
しかし、現実のこういった実態を取り上げるマスコミはほとんどない。
当事者、関係者以外あまり知られてもいないことであり、世間の関心度も薄いということであろうか。
もっといじわるな見方をすると、こういう薬が出回ると、今まで主流となっている抗がん剤の製薬メーカーと、医療業界との水面下の闇の取引事情や利害関係も影響してくるのではないだろうか。
さらに財界や政界との濃密な繋がりもあるのではないか・・・・と、素人でも、B級映画のシナリオのように容易に想像できてしまう。
確かに医療費負担の財源の問題は深刻である。
でも、なぜ財源が不足する事態になったのか。
そして、そのツケを命にかかわる病気でありながら、ただ患者数が少ないというだけで、その当事者の生存への道が閉ざされてしまうことって、これはこれで正しい在り方なのだろうか・・・・・・。
思いは果てしない・・・・・。

うん、いや、ちょっと愚痴ってしまったみたいだ。
こんなことを述べても事態は何ら変わらない。
これも私の運命と受け止めるしかないのだろう。

さて、話の流れをもとに戻そう。
そのオブジーボについても、自由診療で行った場合のザックリとした試算を、私の身長体重から投与量をざっと見積もって金額にしてくれた。
すると、およそ一か月で60万円ほどということらしい。
それでいて、効果は10%くらいの期待しか見込めないとのこと。(ノーベル受賞時のマスコミ報道では20%という数字が示されていたが、現場の医師として、私の状況ではこの程度の数字なのだ、やはり、TVの世界は私にしたら、どこか遠い別の世界の話のようだ)。

なるほど・・・・・、庶民には無理だ。
すごく、よくわかった。

それにしても、熱心に正直に情報を伝えてくれる医師。
最後に私も、「なった病気の場所が悪かった・・・・、と思うしかないんですね」と恨み言葉でもなんでもなく正直な気持ちを伝えると、GT医師も大変残念そうに、「残念ながら・・・・・」というお言葉と真摯な表情でお応えいただいた。
ただ機械的・事務的に結果だけを「できない、無理です」ということだけではなく、細かな事情を伝えてくれたことにより、結果的には残念なことには変わらないのだが、説明を聞いた立場の気持ちとしては納得度がまるで違う。

最後に私の肺と腹部(肝臓)の状況を相談してみるが、肺についてはまだそんなに悪さをする大きさではないでしょうとのこと。
腹部については、もともと何が起こっても不思議ではない状況のためなのか、具体的にどうということは言ってくれなかった。
私も、「病気の発覚以来、ここまできたこと自体が奇跡と思っているし、それぞれの医療関係者の皆さんには感謝をしている」と告げると、GT医師も急に神妙な表情になり大きく頷かれる。
事態はなんら好転する状況にはならなかったが、それでも、私も家内もこのGT医師の丁寧な対応には心より感謝。
丁重に頭を下げて、その場を辞することに。

そして・・・・・。
この後、別棟の『〇〇〇治療センター』放射線治療科に向かう。
今日の予定としては、もう何度か対応いただいているTG医師のもとにも行くことになっている。
正直、私も家内もこの時点では、もう、あきらめの境地。
もはや、残された道は、効能もはっきりとしない民間療法しかないのか・・・・・・・と、家内と話をしながらTG医師のもとに向かう。
私の中ではもっと現実的に、仕事を辞めることや、もう人生の終息に向けての緩和ケアのことが脳裏をよぎっていた

放射線治療科に到着。
ほとんど待つことなく、TG医師と対面。
挨拶もそこそこに、開口一番、「病態全体としては、腫瘍内科でお聞きになった通りです」とのこと。
まぁ、そうだろう・・・・と、多分、もう院内での正式見解は協議済みなんだろうと推察される。

が、しかし・・・・・・。
この後のTG医師の言葉には、正直腰を抜かすほど驚いた。
「でも、私のところでできることは・・・・・・・」と、なんと話がまだ続きそうなのだ。
それは、全体的な改善治療は見込めないとしても、ここ最近で転移が認められ、大きくなりつつある腫瘍に対して放射線を浴びせて、全体の病状進行を遅らせるという話。
つまり、根治ではなく、局所的な対処により、これ以上の悪化を少しでも抑制しようという考え方によるもの。
もちろん、これで、この病気から解放されるわけでもなく、できるだけ、できるところまで延命しようということ。

これには、私も家内も、無茶な根治を最初から求めているわけでもないことや、特に病気の当事者であるこの私が、かなり冷静にこの病気と向き合っているということを、このTG医師は汲み取ってくれているものと思われる。
まずは、昨年の10月に発覚した肺の転移部。
ここは気管にも近いところなので、これ以上成長させてしまうと、なにかと不都合が起きてくるとのこと。
なるほど、ここ最近の息切れは、こういった理由によることなのかもしれない。

ここにに放射線をだいたい15~16回の放射を考えているということ。
また、肝臓についても、こちらはかなり慎重に検査と検討をしなければならないが、TG医師の感覚としては、おそらくできるのではないかという手ごたえを持っており、こちらも詳しく調べて実施を検討したいとのこと。

もちろん、放射線治療としての副作用もあり、説明も受けるが、最終的には私の意思によるもの。
「どうしますか?」との問いに、私は即断で「お願いします!!」と答える。
家内も同意。
確かに副作用のリスクはあるにしろ、今、できることはやっておきたいというのが正直な気持ち。

すると、「わかりました。では治療計画と設計を開始していきますね」とのこと。
そうなると、そのための検査も必要とのことで、CTとMRIを実施するための日程調整に入る。
付き添っていた看護師さんも急にあちこち電話をかけて予約日の確認に動きだす。
前にも思ったが、ここはやると決めたら行動が本当に早い。

これには、感謝・感動・感激!!
実際のところ、既に余命数か月を言い渡されている我が身としては、今さらもう、この状況だからといって失意のどん底というわけでは全然ない。
しかし、まったく打つ手がないというこの現実に、やや途方に暮れてしまっていたのは事実。

でも・・・・・・。
まだ・・・・・。
まだ、闘う術が残っているんだという実感。
そして、このTG医師の力強い言葉と心意気のようなものが、もしかしたら、この治療が私にとって最後の抵抗になるのかもしれないけれども、この医師になら託してもいいという気持ちにさせる
例え、副作用で状況が今より悪い結果になったとしても、決して悔いや恨み言を残すことなく、晴れ晴れとその現実を受け止められそうな気がするのだ。

さっそく、5日後の8月7日(火)に、CT検査と放射線治療用の型取り?を実施することに。
病院からの帰り道、家内も「やっぱり、患者自身があれこれ動かないとダメなんだ・・・・」としみじみ。
そしてこの病院の姿勢、GT・TGの両医師の対応には心より感謝。

まだ・・・・・。
まだ、私には闘うことができるんだ・・・・・・・・・。

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TS病院の待合で見つけた資料!!

2018年8月2日(木)のこと。①
さて、この日は午前中だけ有休を使って、例のTS病院へやって来た。
家内も同じように有休を使用して同伴。
今日は、前回、ここでTG医師とお話をさせていただいたように正式にセカンドオピニオン外来として診療を受けることでやって来た。
KY病院からの最新の検査データは事前に郵送済み。
まずは、この間のTG医師の言う通り、腫瘍内科での診察から。
担当はGT医師と言う先生で、なんとここの副院長。

慣れぬ足どりで本館の方へ進む。
いやいや、改めて外から入館すると、かなり近代的できれいな建物。
そして、各部署が組織的・機能的にしっかりと連携されている様子が見てとれる。
スタッフの対応も、すごくやわらかで親切。

若干、迷いながらも腫瘍内科の病室前までなんとかたどりつき、診察室前で待機。
待っている間、まわりを見廻すと『ご自由にお取りください』ということで、実に様々な読み物が置いてあった。
その中で、ひと際、興味を惹いた私の病気に直接関係のありそうな資料を目にする。
う~ん、パラパラとめくるだけで、私にとってかなり貴重な情報が掲載されていることがわかり、それをいただいていくことに。
まだ軽く眺めているだけなのに、もっと早くにこういう情報に出逢えていたらと思うことしきり。
このような資料を患者が自由に入手できることって、もう病院全体の姿勢からしてやはり、KY病院ともHW病院ともまったく違うということなのだろう。
参考までに私が手にしたその資料を以下に示す。

《左:インターサイエンス社発行『がん読本』
  右:NPO法人キャンサーネットジャパン制作
  『もっと知って欲しい胆道がんのこと』















本当にわかりやすい。
一応は、既にM医師などから口頭で説明は受けている内容ではあるものの、ただ口頭で聞くのではなく、家に帰っても、時間が経っても、後で振り返ることができるちゃんとした資料として確認できるということは非常に有意義なことである。
これは、なんとありがたいことだろうか。

患者自身も自分だけが理解すればいいということではなくて、状況によっては私のように職場の上長などに説明をしなければならないという局面もある。
自分が理解できたということと、人に説明できるということはまるで意味が違う。
こういう資料があれば・・・ということの意義を、充分に理解と配慮してくれている証でもあろうか。

余談だが、私がこのブログ内でも、できるだけ画像情報を多用していたり、自分の病状のことだけでなく、色々と知りえた情報を紹介しているのも、実は同じような考えからのこと。
人はみな一様に、最終的に病気と闘うという最小単位は、その当事者ただ一人のことになってしまうし、病気そのものと共に、その孤独とも向き合わなければならない。
少しでも情報の共有化をはかり、何がしかのお役に立てればという私の願いでもある。

本日のこのTS病院へやってきたこととは、ちょっと主旨がそれてしまうが、この資料を手にすることができたのも、私の中では特筆すべきこと。
せっかくなので、この小冊子のうち、上記の『もっと知って欲しい胆道がんのこと』の中から一部抜粋したデータを紹介しておこう。
この小冊子は、読み物としてきちんと文章と図でまとめられた、とても完成度の高い小冊子なのであるが、その図の部分を羅列するだけでもその完成度の片鱗をうかがうことができよう。
以下にそのデータの一部を紹介させていただきながら、私のコメントも同時に載せてみたい。

《図1胆管、胆のうと周囲の臓器》












胆道と胆のう周囲の臓器の様子。
口頭で胆のうだ、肝臓だ、と言われても、人体解剖の経験者でもなければなかなかその具体的なイメージはつきにくい。
私の場合は、胆のう道、胆管から肝臓への癌が発生したものと思われる。
そして現在は、肺にも転移あり。

《図2胆どうがんの確定診断と検査の流れ》















私の場合、正式病名は一番最初のT病院にて「『肝内胆管細胞癌』または『胆のう癌』と言っていいでしょう」と診断されている。
その後のKY病院やHW病院では、もっぱら『胆のう癌』という捉えられ方をしていて、KY病院にて間質性肺炎で入院した時の診断書にも『胆のう癌』と記載されていた。
しかし、この手の資料や図書を見ると、『胆管癌』『胆どう癌』『胆のう癌』では、厳密にいうと違いがあるように見受けられる。
もしかすると私の場合は、胆管も胆道も全て癌に侵食されているため、まとめて『胆のう癌』と称しているのであろうか。
時々、CT画像を見せらる機会もあるが、素人にはそこまで画像を読み取れない。
ちなみに、私の病気の確定プロセスもおおむねこの図2に示された流れに沿って行われている。

《図3胆道がんの病期(ステージ)》《図4胆道がんの治療の主な流れ》






 




これを見ると、図3の病期(ステージ)の解釈は、もはや一般的にもかなりポピュラーな情報となっているので、私の場合もまったく違和感なく認識することができる。

図4の治療の流れにしても、私の場合は『Ⅳ期 → 切除不能 → 薬物療法』といった、まさしく標準的な治療の流れだったことが確認できる。

《図5胆道ドレナージの方法》《図6胆のうがんと上部胆管がんの主な手術法》《図7下部胆管がんと乳頭部がんの主な手術法》
 





 
 



 
図5~図7については、手術をする場合の手術法についてのこと。
私の場合は、はなから手術不可を宣告されているため、あまり現実感をもって見ることはできないが、万が一、手術ができるとしたら、私の場合は図6の手法になるのだろうか。
ただし、私の場合は、これプラス肝臓に大きな(発覚時は10cm大)悪性腫瘍があるため、こう考えると素人考えでも、大変悔しいが、やはり手術は不可という見解にはやむを得ないと思わざるを得ない。

《図8第一選択となるゲムシタビン+シスプラチン併用療法の流れ》











薬物療法を選択した場合のゲムシタビンシスプラチンの併用療法についての説明。
私の場合は、まさにこれ。
投与日程に関するスケジュールについては、かなり違うがこの『第一選択となる・・・・・』というキャプションは、本当に私はセオリ-通りの治療パターンが選択されたということ。

《図9どんな副作用がいつごろ現われるのか知っておきましょう》《図10胆道がんの主な薬物療法と副作用》《図11胆道がん治療で現れる主な副作用と対処法》










私自身が体験した図9での薬物・化学療法で自覚できた副作用は(内服の抗がん剤は別として)、投与日当日のみの全身倦怠感、初期の頃だけ翌々日の頭痛、便秘、検査時に現れた症状としては、骨髄抑制(白血球減少)、障害というほどでもないが血液検査上での肝機能・腎機能の数値の悪化、貧血と、一番大きかったのは間質性肺炎といったところ。
病院スタッフに何度も確認された吐き気や口内炎、脱毛や手足のしびれ等は起きなかった。
注釈にもあるが、発生時期や症状、頻度については個人差があり、私の場合とはかなりの違いがある。
しかし、傾向としては、おおむねこの通り。

図10の各種薬物療法の特徴と症状については、まさにこの表の記載通り。
表中のS-1とはおそらくティーエスワン(ジェネリックではエスワンタイホウ)のことであろうかと思われるが、この表内での記載内容は恐ろしいほど私の状態にあてはまっている。
ゲムシタビンシスプラチンの併用療法でシスプラチンを中止したのは、まぎれもなく腎機能の悪化によるものだし、ゲムシタビン単独療法の後に間質性肺炎が発症した
さらに、S-1については、食欲不振、色素が黒っぽくなる(特に頬と爪)色素沈着、表にはないが味覚障害といった症状が現れている。

図11の対処法としては、「ふ~ん、そうなんだ・・・」という感じであるが、今思えば、白血球が少ないと言われている時は、腕や太ももに知らない間に内出血らしいものができていた。
そして、間質性肺炎の時、とにかくステロイド漬けにされていたのもなるほどと思うところ。

見れば見るほど、私の病態全体のことが俯瞰で把握することができた。
内容的には、一応、既に医師から説明されていることだし、真新しいことはさほどなかったのだが、それでも、それほど厚くもない小冊子に、私にとっては結構重要な情報量がギュッと凝縮されている。

そして、なんとこの小冊子の巻末部分には、私の症状である胆道がんのみならず、他の部位の癌や、癌に対する関連情報に対しても色々な小冊子が発行されていて、その一覧が紹介されている。

《これまでに発行した知って欲しいシリーズ》














既に、ご存知の方々には「何を今さら・・・・・」とお思いになるかもしれないが、私のように情報にあまり恵まれていない人もいらっしゃるかもしれない。
もし、まだ手にしたことがない方は、ぜひお目通しをお薦めしたい。
また、専用サイトで各種の小冊子がダウンロードできるようなので、アドレスのリンクを貼っておこう。

認定NPO法人キャンサーネットジャパン

※本投稿に使用した図表データについては、『NPO法人キャンサーネットジャパン制作 もっと知ってほしい胆道がんのこと』より引用させていただいたものです。 
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その後のKY病院での定期健診・・・・

2018年7月27日(金)のこと。
今日はなんと、あのKY病院の定期健診日。
う~ん・・・・・・・・。
正直、気がのらない・・・・・・・。

ここの病院は、先日の非情の宣告!!そして、癌難民へ・・・・・・・での、あの強烈な宣告があって以来のこと。
まぁ、それはいいとしても、やはり家内が一人で、M医師に話を聞きに行った時の、衝撃!!M医師の本性恐るべし!!での一件のことが引っかかる。
普段から対人的にはどうかと?思うところの多い医師であったが、あそこまでの対応は私には見せない。
でも家内には、どういう雰囲気だったのかは、家内からの一方的な話なので詳細は把握しかねるが、ちょっと普通では考えられない対応をされたという印象が、どうしてもぬぐえない。
私の中の一般的な社会人としての感覚としては、たとえ超・専門職の医師であろうがなんであろうが、その仕事を生業として生計を維持するために働いているという現実の側面がある以上は、私からすると常識外と一刀両断に値する姿勢である。

さて、どんなやりとりになるのか・・・・と、重い足取りでいつものように採血を済まし、M医師の診察室の前で待つ。
しかし、この待っている間、今までは採血が終わった後は、血圧・体温・体重の測定があったのだが、具体的な治療が中止となった今は、血圧の測定と看護師さんの軽い聞き取りのみ。

なんだか・・・・・。
対応もここまで変わるのか・・・・・と思う。
特に体重については、標準治療をしようがしまいが、どこまで衰弱しているのか(していくのか)を把握する必要はないのだろうか?
まぁ、いい・・・・・・。
もう、この辺りは、素人考えでどうこう言うべきものではないと、無理にでも思うことにしよう。

しばらくすると、自分の受付番号が呼ばれ診察室内に入る。
当然ながら私は、M医師の対応がどうなのか身構える。
すると、M医師、いつもと変わらない機械的・事務的対応のまんま私を迎える。

採血の結果は・・・・・。
腎機能については、横ばいとのこと。
出た・・・・・・。
前にもどこかで述べた記憶があるが、この横ばいという表現の意味がよくわからない。
なにのいつに対してのデータと、どう横ばいなのかが、まったく見当がつかない。
そして、今日は腎臓のことだけで肝臓については一切触れない。
血糖値も6.9で、他は特に正常とのことでまとめられてしまった。

もう癌とは闘えないという宣告がなされた私の身(少なくともここの病院では)にとっては、状況の変化は大変、気になるところ。
どっちにしろ死に向かうということが時間の問題という見方をここの医師はしているわけで、その見解の是非はともかくとしても、どのくらいで緩和ケアに入って行くのか、そして、死の床に着くのかは、それはそれなりにこちらにも覚悟というものがある。

まぁ、いい。
なんだか・・・・・。
具体的な癌への治療が無くなり、命に関わる経過観察に至ってもなお、こんなやり取りになるのであれば、この診察そのものに何の意味があるのかと思えてきた。

そして、「温熱療法行ってます?」と聞いてきた。
とりあえず、はいと答える。
普段はまったく聞かれないことのため、質問の意図がわからないが、M医師としてはもっと病気が進行すると予想していたのであろうか?
「咳とか痰が出るようであれば言ってださい」と、これは肺への転移に関わることかなと理解。
「少し、顔、黒くなりました?」とも。
これは、あきらかに、内服の抗がん剤の影響なので、今に始まったことではない。
でも、面倒くさいので「休日、庭いじりをするからでしょうか・・・・」と答えておいた。

家内が嫌々ながらも、色々とここの病院の検査データや手紙を請求しているため、今、接点を持ち始めたTS病院と、これからどうしようか返事を待っているCT病院のことは、一応、軽く伝えておいた。
すると「また、紹介状が必要だったら、いつでも言ってください」ということで診察は終了。

う~ん・・・・・・・。
なんともつかみどころのない対応である。
診察結果については相変わらずだが、普通の会話としては、少なくても家内に対してほどの排他的な対応ではなかった。
つくづく、よくわからない医師だ。
またまた、これも私の感覚での『普通は・・・・』という基準だが、基本的に大きく診療方針が変わるのであれば、まずは、今後の診療方針や計画、患者側の心構え的な説明が、改めてあってしかるべきなのでは・・・・と思うのだが・・・・・。

まぁ、この件での深追いはよそう・・・・・。
私には、そんな時間はないし、もっと前向きで建設的なことを考えて行かねばならない。
とりあえず、あの宣告後の診察は無事?終了。
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TS病院と初遭遇!!やっぱり行動しないとわからない!!すごくいい病院だった!!

2018年7月17日(火)のこと。
動注療法のことで、CT病院に手紙を送って様子を見ていたが、タイミングが海の日を含めた3連休も挟んでしまったため、なかなかレスポンスがない。
そうこうしているうちに、TS病院の訪問日の方が先にきてしまった。
この日は、年に何回かある公休日のため仕事はお休み。
このTS病院は結構、我が家から遠い。
朝、9:00頃に家を出て、高速に飛び乗る。
まぁ、実際には高速で20分ほどで着くには着くのだが、これ、もしここに通い詰めることになったら、公共の交通機関を使っていくのは大変だなぁ・・・・・とぼんやりと思う。

病院に到着すると、建物ががとても大きい。
実は、この病院、私のこの病気が正式に診断される前に、T病院からPET検査受診の件で紹介されたCクリニック(PET検査実施・・・・・)というところの、母体病院なのだ。
規模も大きいし、その組織力も膨大。
私が今までお世話になった病院の中では最大規模。
正直、「民間でのあまり大きい病院って、どうなんだろう?」っていう気もしないでもないのだが、とりあえず先入観を捨てて、本館とは別棟の『〇〇〇治療センター』というところへ入ってみる。
受付の人たちも、大変感じがよく、診察用のフロアに案内される。
うん、第一印象はとてもいい。

そして、しばし待たされて、ここの副センター長というTG医師との対面。
思っていたより、若い医師。
40代前半から半ばくらいの年齢であろうか。
まだKY病院からのデータも手紙も持参していない状態のため、私が自分で作成している病歴データや、既にこのブログ内でも紹介している各種画像や資料をまとめた、一冊のクリアファイルを持参。
ちなみに私が自分で作成していた病歴データを、参考までに以下に。

《自己作成病歴データP1》《自己作成病歴データP2》《自己作成病歴データP3》












余談だが、癌ということに関わらず、ある程度注意を要する病気をお持ちの方には、このような節目節目をまとめた資料を作っておくことを強くお勧めする。
初めての病院へ行く時に、患者側から医師に伝えられる情報量が圧倒的に違ってくるし、後述するが医師も患者を観察しているところがあり、自分の病態をどの程度自覚できているかというチェックをしている様子。
私は、仕事柄(私の今の仕事は99%対人サービス業務だが、社会人になって最初の仕事はエンジニア)なのか、性格なのか、たまたまこういう風に、ちょこちょこ記録は残していた。(おかげで、このブログの作成の元データにもなっている)
これも患者力といえる要素の一つなのかもしれない。

さて、話を戻そう。
TG医師の所見としては、私の話を聞き、私が提出した資料に目を通しながら、やはり陽子線治療は難しいとのこと。
私は、この見解は予想済みなので、さほどの驚きはない。

しかし、この先生、熱心にもその理由をきちんと細かく説明してくれた。
陽子線治療が難しいという理由として、まず技術的なことよりも医療制度の縛りがあるということ。
それは、医療制度の改定がなされたことによって、癌の発生部位によっては先進医療の認可がおりていないということらしい。
ちょうど、私の胆のう癌はその部位にあたるとのこと。
この制度の改定前以前では、実は実施していたようで、今はこの新たな制度のため、我々現場サイドも、正直、歯噛みをする思いもしているとのこと。
自由診療でやるという手はあるが、費用としてはざっと300万円は見込まれ、さらに遠隔転移で全身に癌があると考えられる今の状態で、局所的な陽子線をやってもあまり効果は望めない。
普通に費用対効果を考えても、お勧めできる治療法ではないという結論。
この件に関しては、さすがにオリゴメタ説は視野には入っていないみたい。
いや、仮にオリゴメタ説を考えたとしても、私という個体の場合はそれ以前の問題なのかもしれないのだが・・・・・。

でも、非常にスッキリした。
今まで、ただ「できません!!」の一点張りで、ここまで詳しく説明してくれるところはまったくなかった。
正直なところ、全て素直に飲み込める話の内容ではないのだが、私達が思う「どうして?」ということに対しては、それなりの納得感があった。
そのことをTG医師に伝えると、「それは、陽子線治療の専門医だから言えることなのでしょう」とあっさりと回答いただいた。
なるほど・・・・・・。
医師と言えども、何から何まですべてに精通しているわけではないということがよくわかった。

また、動注療法の話題も出してみたものの、「一般的には、今の私の状態では難しい・・・・」とのこと。
さすがに詳細に関しては、こちらは専門外のようでそれ以上深入りせず、他の方法としては、大きい転移部分に対して局所的に放射線を当てることは可能かもしれない・・・・・と。
さらに当科は腫瘍内科との連携治療もしているため、腫瘍内科の方でオプジーボの使用を検討をしてみる価値はあるかもしれないとのこと。

うん、これは・・・・・・・。
病院サイドから久しぶりに前向きな話を聞かされた・・・・・・。

私も家内も決して根治を望んでいるわけではなく(可能ならば、それにこしたことはないが)、少しでも延命の効果を期待しているだけのこと。
返す言葉でTG医師にこちらの考えを伝えた。
「〇〇さん(私のこと)は、しっかり病歴を把握されていて、状態も客観的に自覚されているようで・・・・・」と、私の患者としてのレベル?を評価してくれたみたい。
患者をレベルとか評価というのは、私がこの原稿用に勝手に文字にしてみただけなのだが、医師としてはどういうタイプの患者なのかの分析は当然ながらするであろう。
そういう意味では、このTG医師の目には、私は好印象に見られたような気がした。

そして、KY病院から正式に最新の検査データをもらって、セカンドオピニオンという形で、まず腫瘍内科からスタートしてみては?と提案される。
これは・・・・・・・。
本当に久しぶりに、私のことを思って病院側から提案されたありがたい言葉。
正直、涙が出そうになる。
私も家内も「ぜひとも、お願いします!!」と深く頭を下げる。

事のついでに、KY病院のM医師の対応やら、HW病院のA医師から内服の抗がん剤を内緒でもらっていることも伝えた。
TG医師としては、「私見ですけれども、私も、まだ抗がん剤は続けてていいと思います」とのこと。
さらにKY病院からデータがもらいにくい時は、HW病院からでもいいとのこと。
「HW病院からは、結構難しい状態の患者さんが送られてくることもあり、それぞれの病院のカラーがあるのかもしれませんね」と結ぶ。

さぁ、話は急転直下、私も家内もこのTS病院で本格的にセカンドオピニオンとして診てもらうことを、このTG医師との面談によって即決する。
TG医師は腫瘍内科の方に、私たちの目の前で「こういう患者さんが行く予定」とすぐに連絡を入れてくれた。
若い先生だけあって行動も早く、直接患者の前ですぐに動いてくれるため、リアルタイムに信頼感と安心感が生まれる。
そして、私の資料は「少し貸してください」ということから、ファイルごと渡して、外のロビーで待つことに。
家内も、この対応には感激のようで、久しぶりに表情も明るい。

すると、しばらくして、再びTG医師に診察室内に呼ばれる。
まず資料を返され、「腫瘍内科の方に連絡すると、向こうの看護師が出来ればお会いしておきたいとのことで、今日はお時間ありますか?」と。
今日は、一日休みのため即快諾。
ここの看護師さんの引率のもと、本館の腫瘍内科の方に案内してもらうことに。
なんと丁寧な対応・・・・・・。
まさに『病気を見るのではなく、人を見よ!!』を体現している。

そして、腫瘍内科に到着。
出迎えてくれたのは、科長という役職の看護師Nさん。
この方も大変に親切。
やはり、日夜シビアな状態の患者たちを相手にしているだけあって、こういう接し方が自然と身についているのだろう。
どこだかの病院とは大違いである。
ここでも、今後の手続きや対応について細かく説明される。
だいたいTG医師に聞いた通りなのだが、立場も違うため改めてKY病院やHW病院のことを説明。
このNさん、特にKY病院については「セカンドオピニオンは患者さんの権利なので、堂々とお願いしていいものなんですよ」と後押しもしてくれる。
なんとも気持ちの良い対応。
私も家内もここのところ、心が痛みっぱなしであったのだが、今日は思いもよらず癒されることになった。
この看護師さんにも丁重にお礼を言いつつも、今後のことを「よろしくお願いします!!」と、ここでも家内共々深々と頭を下げる。

取りあえず、すべてが終わって病院を出て、家内との会話で、すぐに「ここ、すごくいい!!」と意見は一致。
KY病院をやめてここをメインの病院にしたいところ。
ただ、惜しむらくは我が家からは遠い。
病態に急変があった時には、やっぱり近場のKY病院が頼りにはなる。
一応は、何かあったら夜中でも駆け込んでいいことになっているし。
これはこれで、難しいところである。
まぁ、このことはゆっくりと考えよう。
とりあえず、ちょっと嫌だけれども、あのKY病院から、また検査データを貰えるように手配をしよう。
CT病院のことや、ビタミン補給治療のことよりも、ここのTS病院の方を優先し、状況の進み具合によって、他の病院とのからみを考えていくことにしよう。
やはり行動あるのみ。
しかし、行動には知識が必要だ。
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ダメもとでも、色々やってみよう!!

2018年7月13日(金)のこと。
さっそく、前投稿で紹介させていただいた『このまま死んでいる場合じゃない!!』という本で知った動注療法について、家内が動いた。
私の住んでいる市内にはこの動注療法を実施している病院は2か所あるということは前の投稿で既に述べた。
そのうちの一か所であるCT病院というところに家内は狙いを定めて、さっそく電話をしてみた。
「今通っている病院からのお手紙があれば・・・・」とのことで、さっそく、その手紙の手配を例のKY病院にお願いし、病院まで受け取りに行く。
前回、貰った手紙とデータは、丸山ワクチン向けのものなので、封筒にもそのような宛名が書かれているので使いまわしはできない。
改めて、KY病院の医事課へお願いに行くことになるのだが、なんと手渡された手紙はペラペラの封筒のみ。
CD化されたデータは入っていない。
それでいて、料金はCDが入っているのとまったく同じで、受け取り窓口で「どこの病院に出すのか?」としつこく聞かれたらしい。
家内は、そのペラペラの封筒を受け取りながらも、確認する順番が違うのではないか?手紙が出来上がってしまってからそれを聞いてどうする?と思ったそう。
出すところは決まっているのだが、その不躾さに、思わず「まだ、決めていません!!」と答えてきたとのこと。

家内はやはり前回の衝撃!!M医師の本性恐るべし!!のことがあったため、そもそもが、もうこの病院と接触を持つこと自体が不快でたまらない様子。
そして、再び、先のCT病院と連絡を取り、とりあえずこの手紙を郵送することに。
そして、この手紙を見てもらって(こんな手紙が役に立つのかどうか・・・)、CT病院から訪問可能日のお返事をもらうという流れで話をつけたみたい。

そして、さらに家内の頭の中にはどうも陽子線治療のことが頭に残っていて、こちらも市内のTS病院というところへ連絡を取って、まずは話を聞いてもらうということで、訪問日のアポを7月17日(火)にとってもらった。
このTS病院、初めてのコンタクトではあるが、ネットの情報を見る限りでは、なかなか良いところらしい。
この陽子線治療については、家内としてはこの病気の初期の頃に嫌な思い出(H病院の罪・・・・・・)があり、なんとかすっきりと決着を着けたいみたい。
さすがに今の私の状態では、少し悪くなってきているとはいえ、あれだけの抗がん剤治療をし、経過も良好なところまで、いったんは持ってきているのだから、今ならば違った答えになるのではという、淡い期待に賭けたいようである。

そして、ダメ押し的に、別の手段としてビタミン剤投与の病院も調べていて、こちらは月末にでも行ってみようということになる。
急激に、忙しくなってきた。
これぞ、本当に『このまま死んでいる場合じゃない!!』とばかりに、どうやら私の患者力というべきものの導火線に火が着いたようだ。
途方に暮れて、あきらめてしまっては本当に終わりだ。
幸いにも、今の時代、ネットがある。
情報の出どころと質にさえ気をつければ、結構なことが家にいながらでも調べられる。
これは、もう、やるか!!やらないか!!だけの問題である。
結果はどうなるかはわからない。
でも、何もしないで、座して死を待つより、やるだけやってみてそれでもだめであっても、自分の中では闘ったという実感も残るし、悔いも残らない。
どうなるかの保証はまったくないが、やれることはやってみよう・・・・・・・・・・・。
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思いもよらず良書と遭遇!!この積み重ねが患者力会得への道となるのか?

2018年7月12日(木)のこと。
患者力・・・・・・・。
前稿で取り上げさせていただいた、故山下弘子さんの基調講演を再視聴して以来、やたらとこの言葉が耳に残っている。
ただ、明快な自分自身の対処としては、まだまだ何かが見えてきているという状態ではない。

しかし、現在、気休めに何気なく読んでいる本から少しずつ、今更ながら新たな知識が脳内に入り混んできていることが実感され、もしかしたらこれが患者力の源になるのかも?と思えてきた。
やはり、何をするにも知識が要になるのかな。
そんな当たり前のことが、今更ながら実感してきた。

それは、ちょっと前に、家内から「この本読んだら!?」と、ネットで注文され、半ば押し付けられるように手渡された本。
それが、以下に紹介する『このまま死んでる場合じゃない!!』という、結構、インパクトの大きいタイトルの本。
内容的には、この手の本でよくある『生存率0%からの奇跡の復活・・・・・』とかいうような、なんともなキャッチフレーズが帯に表示されている。
私は、余命宣告された末期がん患者でありながらも、この手の売り文句には、きわめて懐疑的に身構えてしまう
現実には、私にも最初に告げられた余命期間をはるかに超えて今があるという、ある意味、その奇跡にもあやかっている身ではあるものの、ここまでの極端な奇跡は本当に運命のいたずら的に、ある種の限られた人間にのみ起こる現象だと思ってしまう。

それでも、打つ手が何もなくなったという今の私には、ただただ指をくわえて死を迎えざるを得ないという、この状況へのささやかな抵抗として、また、とりあえずは家内の手前もあるため、一通り目を通してみようと読み始めていた。

《表紙と帯(表)》《表紙と帯(裏)》


















ところが・・・・・・。
読んでみると、どうしてどうして、今の私にとっては、なかなかのタイムリーなテーマであり、その内容も充実度が高く、私にとっては必読の書ともいうべきレベルの本であったことに驚かされる。
この手の本は、よく気をつけないと、ただの広告本、著者の事業活動としての販促ツールに成り下がってしまっている品のないものがよくある。
しかし、この本にはそういった商売っ気がまったく感じられず、この医師の考えと患者が体験した闘病、そしてこの二人の信頼関係があるからこその、純粋に世に知らしめたいことを主張するという意図のもとにまとめられているところが好感の持てるポイント。

この本のザックリとした内容は、とある末期の女性癌患者が紆余曲折の中、ある女性医師と出会い、その独創的な治療法を受けたことにより、まさに奇跡の復活を遂げたということがこの本の根っこにあるベース。
よくありそうといえば、ありそうな内容でもあるが、ちょっと変わっているのが、全編にわたって、その患者と医師の当事者同士の実にフランクな対談という形式で全編にわたってまとめられていること。
そのためか、結構、重い話であったり、難解なテーマ、専門的な医学知識にいたっても、あまり構えず気楽に読めて、すごくわかりやすい内容の情報発信として成功している。

主なテーマとして、

・今の医学界全般の癌治療への一般的な考え方
・この医師が、この独自の治療法に踏み切っている理由
・癌という細胞の特質や性質
・抗がん剤のこと、化学療法の効果や是非について
・現場の医師たちの様々な考え方
・事業としてみた医療のあり方
・患者としての意識の持ち方
 ・・・・・・・等々

といった、一見すると難解そうで複雑なテーマがずらりと並んでいるが、この医師のその軽やかな語り口や、素直に疑問を口にする患者との対話から、素人にもすんなりと頭に入ってくる内容となっており、思えば一冊の本でこれだけの内容をまとめているのはそうそうないのではなかろうかと思えてしまう。

特に標準治療と言っても、なぜこんな制度が出来てきたのか、標準治療の全てが悪なのかというところは、標準治療から見放された癌患者当事者の私としても、これはかなりの注目の内容であった。
せっかくなので、不祥ながら私が簡潔にまとめると、ご存知のように、標準治療とは手術放射線治療化学療法(抗がん剤治療)の三本立て。
今後は、一部の免疫療法もこの中に入ってくるやもしれないが、少なくても現時点での定義はこの三つ。
私のように、この標準治療での限界を宣告されてしまうと、本当に身もふたもなく、一般的にはいわゆる癌難民と称される。

この標準治療が可能かどうかのボーダーは、末期がん患者にとっては、実に嫌なハードルとなっているのが実態なのだが、本来は地域によっての治療格差をなくすことや、医師個人の治療哲学によって医療サービスに偏りが出ないようにと、一定の治療水準を公に定めて、文字通り標準的な治療方法を、誰でも、どこに住んでいても、どんな医師にかかっていても、公平に一定の治療が受けられるようにということからきているという。

そう、もともとは治療に高度な医療技術や判断を要するこの病気に対して、なんとか安心・安定の治療を世に普及、定着させるという、誠に善発想から始まった基準ということのようなのである。
では、なぜこの治療からあぶれてしまうことや、そもそものこの標準療法そのものについて、嫌なイメージがまとわりついているのだろうか。
それは、私の私見だが、最初に定義した時のエビデンス優先主義が、今の時代の現実の実態とかけ離れていて、それを補正する仕組み脆弱であるということだと思う。

それと、世の中が実に複雑な意識社会になったことも、それを後押ししているような気もする。
例えば・・・・・。
治療がうまくいかず最悪の結果になった時に、患者の家族から訴訟となるケースも珍しくもない。
頼っている時は猫のように大人しい家族も、思うような結果にならなかった時はすぐさま虎に変身するのは、なにも医療の世界に限ったことではない。
いくら事前に同意書を取っていても、そんなものは怒りの感情に支配された人々にはさほどの効力はない。
人間の怖さはここにある。
そうした時に、この標準治療も医療サイドとしては、『公にお墨付きの標準の治療を施していた、これ以上もこれ以下もない』という免罪符になるという効果があるようだ。
医療事業も普通の企業と同じように、コンプライアンスの観点を考えた場合、客観的に捉えて、この訴訟社会という現実に対しては、これも致し方がないこととも思える。
でもここが、この標準治療を超えることや、異を唱える治療に対して、消極的・否定的・嫌悪を示す医師たちが生まれることにもなるということ。
これが実に根深い問題であって、私も一患者ということを離れて、客観的に全体を俯瞰で眺めてみても、この奥底には人間としての業のようなものが隠れていて、簡単に解決の糸口が見いだされる問題ではないように思える。

また、この本の中で、この女医は極端にこの標準治療をムダと否定する説に対しても、非常に客観的な見解を述べている。
この説にいたずらに同調するのでもなく、真っ向から対立姿勢を取るわけでもなく、あくまで医療界の議論に固執するのではなく、患者の立場・視点で向き合うという姿勢は、我々、患者たちにとっては、非常にありがたい考え方でもある。
医療技術、制度、事業、医療従事者たちのイデオロギーが渦巻く中で、何が重要かというところで、我々、患者たちに主眼を置いている医師が、映画やドラマの中の存在だけではなく、現実に存在しているということがわかっただけでもこの本の価値はあるのかもしれない。

それから、遠隔転移が一か所でもあったら即、全身転移という考え方にも、この本に登場している女医は異論を唱える。
私も初めて目にした言葉だがオリゴメタ(少数転移)という考え方。
世界中の学者や関係者達が机上でデーターを搔き集めて作り上げた根拠を、エビデンスとして錦の旗のように医療業界を大手を振ってまかり通っている現状に警鐘を鳴らしてもいる。
この女医によると、今、目の前で起きている現実、日本人の体質、日本人独特の、いやその個人独自の食生活や生活文化、その人の価値観、その人固有に生じている癌の影響を顧みず、世界中の人を十把一絡げに機械的・化学的・統計学的に分析しだだけで、人の命に係わる指標を作っていいものかとの考えをお持ちである。
私は、医学的にはまったくの素人のため、この主張が正しいのかどうかはわからない。
ただ、常日頃、どこの病院でも聞かされていた、説明(理論?)以外にも、こういう違った見方・考え方・実例があるというのには目が覚める想いであった。

それと、この本の中には、私が初めて目にする治療法の名前があった。
それは重粒子線治療動注療法といった治療法。
重粒子線治療については、保険対象外で、よほどしっかりした生命保険に入っていないと現実的には無理かな・・・・という印象。
しかし、動注療法については、わりと治療法としては親近感がある。
ざっくりいうと、長い針で病巣を直接突き刺して、薬剤を打つという方法。
これは、オリゴメタ説が前提ではあるのだが、かなり興味を惹かれるものもあり、私の住んでいる市内で、この治療法をやっているところがないか?とすぐにスマホで調べると、なんと、2つの病院が検索されてきた。
すぐさま、家内にも連絡。
詳しく調べてみるとのこと。

ふ~む・・・・・・。
なんと、この本で得た知識から、現実の行動につながりそう・・・・・。
ここで私が紹介したこの本の内容は、まだまだ、さわりの部分ではあるものの、癌患者とその家族の方々に、私がなにか本を薦めるとしたら、迷わずこの一冊を選択するであろうか。
私の場合は、この本を読んですぐさま、この先生のところに飛んで行って診てもらおうという気は、残念ながらサラサラ起きはしなかった。
ただ、これは私の場合のことで、ご自身が納得するのなら頼ってみてもいいのかもしれない。
それよりも、私が特筆したいのは、癌という病気の特性、医療の世界、医師たちの価値観、薬への期待される部分と限界、保健制度、癌患者の感情等々といった、かなり広範囲にわたる内容が、もちろん専門書ほどではないにしても、素人にとって色々な角度から全容を知るにあたっては、充分な情報量があったといういこと。

読み終えた私の感想としては、この投稿の冒頭で『知識が患者力の源になるのでは?』と述べさせてもらったが、まさにそれを実感するところ。
後は、ほんのちょっとの行動力があれば、その患者力というものが効力を発揮するのではなかろうか。

しかし、先の山下弘子さんの基調講演といい、この本といい、私の今後の方向として『やってみるべき!!』ということが幾分見えてきた気がするし、私の心にその力が沸いてきたような感覚が芽生えた。
これがきっと、患者力というものなのだろうか・・・・・。

もしそうなら、この本と出合えたことと、この患者力というキーワードのきっかけを与えてくれた山下弘子さん、ご逝去されて尚、その影響力を人々に力を与えているというこの事実には、本当に心の底から感謝を飛び越え、畏敬の念すら覚えるのみ。
私の、この今の現状に、天から救いの手が降りて来たようだ。
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突然の啓示なのだろうか?また、この娘に教わった!!

2018年7月8日(日)のこと。
昨日のHW病院でA医師と話をしてから、根本的なことは何も解決はしてはいないのだが、気分的には随分とスッキリとした。
こんな状態の中、少しでも理解を示してくれるという人がいるというだけでも、かなり心強く、その出会いにもありがたさを感じるもの。
処方された、抗がん剤の内服薬も今までの飲み方のサイクルとしては、ちょうど今は休薬期間。
実際には来週から服用していくことになる。

さて、その翌日の今日は、何気に私のPCのディスクトップに張り付けられているお気に入りの、とある動画が気になった。
これは、いつの頃かわからないけれども、多分、昨年の間質性肺炎での入院中に見たものかと思う。
あまりに印象的だったため、お気に入りのショートカットを保存していたもの。

それは、今年3月にお亡くなりになられた、故山下弘子さんの

2017年1月21日(土)開催 【医療者向けシンポジウム】
特定非営利活動法人 近畿がん診療推進ネットワーク 主催シンポジウム 「がん患者・家族に必要な支援とは」


での基調講演の内容。
この動画を発見した時、この内容にはかなり感銘を受けたことが思い出される。

ところが今日、突然になんとなく、久しぶりにこの動画を見てみようという気になった。
この講演での山下氏は、実際のところ決して流暢なお話の仕方でもなく、話の組み立ても決してお上手とも言えないのだが、逆にその拙さが猛烈な臨場感を生んでもいる。
慣れない場所での緊張の中、発信する言葉の持つ責任感を重くとらえ、言葉を選んで噛み締めるように、健気にも真摯に情報を伝えようというその姿に、初めて見る動画でもないのに、私の心はすぐに釘付けになった。

医者の考えていることと、それを伝えられた患者の理解と受容の差についてというところはまさに私が今、直面していること
病気の進行に伴うショックの受け方や、その対処法については、少し私とは違うところもあるのだが、山下氏の若さを考えると、素晴らしい自己統制の方法の数々。
また、その病気を抱えて、どう生きていくかの決意については、まったくもって私も共感するところであり、私とは娘のような年齢差のある方なのだが、癌闘病者としては大先輩であるこの方の主張には、もう頭が下がるのみ。

この講演での主張された内容を簡単にまとめると・・・・・。

まず、この動画の17分頃にご本人が涙ながらに語る、医療従事者が親身に寄り添ってくれたことへの感謝のくだりには、見ている私も思わずもらい泣き。
そして、18分頃の医療関係者とのコミュニケーション、20分頃の彼女が思う医師たちに期待する役割に触れる。
また、標準治療・準標準治療・自由診断・民間療法・エビデンスがまだ足りていない研究段階といわれている各種の治療法についても、患者にとってはその定義にはまったく意味がなく、とにかくその治療に効果があるのかどうかということ。
副作用は?費用は?治療日程は?ということが、患者にとって大事なことと述べられている。

ご本人も癌が発覚してから、当時で4年半が経過していたところだそうだが、いわゆる標準治療は最初の一瞬だけで終わってしまったという。
これは、私なんかよりもはるかに肉体的にも精神的にも、かなり過酷な闘病の道を進んできたということが、今の私には痛いほどよくわかる。

さらに、最後の方では、末期の状態、もう方法がないと言われている患者たちにとって、臨床治験、まだ何かの方法がある・・・・・、こういう研究をしている・・・・という情報が、あまりにも知られてこないということ。
誰もが本当に必要な情報というのが手に取りやすいところにはない。
調べても調べても、そこにたどり着けない人がどれほど多くいるのか。
せっかく始まった拡大治験というものを、医療関係者の方々にもっともっと広めていただきたい。

そして、最後の最後の方で、患者側にもそれなりの力が必要
患者は自らの人生を決めなくちゃいけない。
だから、自ら調べる、自ら医師とうまくコミュニケーションをとっていく、不安を隠さずに医師に伝える、自分の気持ちや心の状態を分析する。
患者にもそれなりの患者力が必要な時代なのではないか・・・・と。
締めとしては、医師たちの努力にも理解を示し、半泣きで感謝の念を添えて終えている。

この動画を改めて見た今、最初に見た時にはわかっていなかったことが、今の癌難民となった私にはズ~ンと腹に染みてくるものがある。
特に一番最後の患者力が必要というくだりには、今の私の状態にはものすごくタイムリーで、とにかく胸に響くものがあった。
初めて見た映像でもないのに、なぜか今日は、見終えた後もしばらくは呆然とする。
どうしてまた、今日この日に、私は突如としてこの動画を見てみようという気になったのか?
何かの不思議な作用を感じないでもない

そして、また私はこの人に学んだ。
お亡くなりになって尚、この影響力はやはり彼女の闘病の姿勢、世間への情報発信という取り組みは、間違ってはいなかったということの証明でもあろう。
改めて、山下弘子さんに感謝の念を抱くとともに、謹んでご冥福をお祈りしたい。
ありがとうございます。

それにしても、患者力・・・・・・・。
今の私に、どうすればこんな力が付いてくるのか、もう少し考える時間が欲しい。

※以下に本稿で紹介した動画のリンクを貼らせていただきました。
ステージに関わらず、癌患者の方、及びそのご家族の方々には、ぜひご覧いただければと思います。
リンク切れの時はご容赦ください。


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一筋の光明?

2018年7月7日(土)のこと。
私が癌難民と化して、ほぼ一週間が経過。
北海道内ではひと月遅れで来月のことになるが、道外のほとんどの地方が今日は七夕。
う~ん、あまり季節の行事ごとは、今の私にはあまり関心の持てることではない。
ただ、少しでも気分転換を!とのことから、できるだけ世の流れを意識する努力はしようとは思うところである。
特に何をするわけでもないのだが、私の今の現状では、もしかしたら私に来年はないのかもしれない。
これから体験するすべての出来事は、私の生涯で最後のことになるという可能性が高いのだ。
時の流れや季節の移り変わりも大切にし、よくこの眼に焼き付けておこうと思う。

さて・・・・・。
相変わらず、私の今後については、何も先が見えない。
今日はいつもの温熱療法のHW病院。
いつも、この温熱療法についてはあまり細かくは取り上げてはいないが、昨年の一か月入院、今年の一週間入院の期間を除いて、ほぼ毎週土曜日に治療をずっと継続してきている。
効果のほどはイマイチ定かではないのだが、一回につき40分の温熱照射。
以前にも述べているが、これが結構、熱くて、その日の体調によってはかなり辛い時がある。
そして、この治療にも約一月に一度くらいの割合で、担当医の診察がある。
ここでの私の担当医は、前にも少し登場してきているA医師という人。

このA医師。
態度が横柄というわけでもないのだが、椅子に浅く腰掛け、腹を突き出した姿勢で、結構、ため口を当たり前のように使う。
年齢は私より、ちょっとだけ年下かな。
ややだらしなく見えて、最初はあまり安心感や信頼感を感じる人ではなかったが、これはA医師の方もそうなのかもしれないけれども、お互いに慣れてくると、意外にフランクに話ができるという良い側面も持っている。
ただ、残念ながら、このA医師、この8月でここの病院を退職してしまうという。

今日は、その月一回の診察日。
HW病院へ到着し、受付を済ますと、特に検査もなくいきなり診察室の前で待つという流れ。
温熱治療はこの診察の後に行うというのが、いつもの流れなのだ。
しばらく待って、診察室に呼ばれる。
この日は家内も同伴。
いつもは私一人なので、家内が同伴していることで、A医師も一瞬、緊張したみたい。

まずは、毎度お決まりの、A医師の「どうですか・・・・・」という質問から。
実は私、ここの病院でのこの質問に、いつも結構困ってしまう。
この「どうですか?」については、温熱治療のことに関しての「どうですか?」なのか、癌の症状全体のことについてのことなのかの判断に困るのだ。
一応、ここは温熱治療という専門治療だけをお願いしているというスタンス。
ただ、今の私は状況が状況なこともあり、今のこの癌難民になった経緯、KY病院M医師の診察内容についてのすべてを話した。
今の私には、ここのA医師くらいにしか、話を聞いてもらえるところがない。

さすがに話を聞いた後は、このA医師の表情も曇り、「う~ん、打つ手がないって言われても、困っちゃいますね・・・・・」との返答。
しばらく考えた後、「うちで抗がん剤、処方しましょうか?」とのこと。
私も家内も「へっ!?」というリアクション。
「見たところ、まだ〇〇さん(私の名)の顔色も体調も良さそうだし、私はもう少し続けてもいいかなと思います」とのこと。

一瞬、あのグラフでの数値上昇の傾向が頭をよぎり、抗がん剤が効いていないというM医師の判断自体には私は正直なところ、悲しいけれども認めざるを得ないとも思ってもいる。
そして、このまま継続しても良いことはないだろうという判断にもおおむね同意だ。

私としても、事実は事実として認める度量はあるつもり。
ただ、何が衝撃だったかというと、あっけなく切り離されたようなあの言われようについてのことなのだ。
そう考えると、M医師の主張自体には納得感はあるものの、確かにA医師の言うように、私の今の体調は今のところ、まったくもって元気そのものである。
理論上はM医師の判断が正しいとしても、患者としての納得感はそれはまた別のもの。
このA医師の対応によって、瞬時に私の頭の中では様々な想いが駆け巡り、同時に情報の整理も成された気分。

続けて、A医師は「KY病院には内緒で・・・・ということで。あっ、いや、知られてもいいんですけれども、変な軋轢もあっては 〇〇さん(私の名)もお困りになるでしょうし・・・・・」と。
これには私も納得。
そして、ここの病院で以前と同じく内服の抗がん剤(エスワンタイホウ)を処方してもらうことにした。

そしてA医師、KY病院のM医師をこう評する。
「その先生の言っていることは、医学界の見解としては極めてスタンダードで、当院でもやはり同じ判断をするかもしれません」とのこと。
「陽子線についても、理論と現実は違うので、いくらやっても癌細胞が全身に拡散してしまっていたら、効果はないと判断するのは自然でしょう」とも。
さらに、「その先生は当院の温熱療法にも理解があるということなので、良い先生のようにも思えます。ある病院では温熱をやったというだけで、診察を拒否するという先生もいます、懐の深い先生だと思いますよ」と。

「おいおい、あっちの味方かよ・・・・・」と、一瞬、思ったが、次の一言で救われる。
「ただ、同じものを言うにしても、タイミングとか言い方というのは確かにあって、それはもう、人としてどうかという問題ですね」とも。
私も「なんというかM医師のキャラクターの質についても色々とあると思います」と言葉を重ねると、思わずA医師も苦笑い。
「やはり、言われた側としては、途方に暮れてしまいます」という言葉にも、首を大きく縦に振り同意される。

このA医師、意外と、こんなに私と感覚的に共感性のある人だったのかと、今の今まで気が付かなかった。
いずれにしても、例え動かざる事実が目の前にあるにしても、その医師のたった一言の言葉で、患者は死んでしまうし、逆に活力を見出すこともできるという体験を私は身をもって知った。

正直なところ、私はこの抗がん剤内服薬の処方を再開しても、結果はM医師の言う通りだと思う。
ただ、患者やその家族の気持ちって、そういうことだけではない。
頼みの綱を冷酷無比に断ち切られるというのも、病気の進行以上にダメージになるということ。
そう・・・・・・。
人は理屈や理論だけで生きるにあらず!!なのだと思う。

とりあえず診察を終え、本日の温熱治療を済まし、最後に薬局で抗がん剤内服薬を受け取る。
会計は家内に任せたが、随分と薬代が高いと、家内が閉口している。
これは後で気が付いたことだが、温熱療法は保険外診療。
保険診療と保険外診療を同一病院では原則できないということらしいのだ。
そのため、ここでの処方は保険外診療とみなされるため、そのような請求になるということを知った。
これもまた、いい勉強になった。

さて、今日は予想だにしない展開で、一時の心の平安を得られた。
しかし、現実的にあのグラフが示す腫瘍マーカーの上がり方を考えると、今回のこの処置はあくまで精神的な安堵感を、文字通り一時的に得ただけに過ぎず、ある意味、時間稼ぎにしか過ぎないというのが実際のところであろう。
この後は、やはり患者自身が何かを考えなければならないのは事実。
でも、抜本的な対策が見えない今、まだまだ癌難民としての漂流は続きそうでもある・・・・・・。
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衝撃!!M医師の本性恐るべし!!

2018年7月4日(水)のこと。
この病気のメインのかかりつけKY病院のM医師から、あの衝撃の宣告を受け、やはり我が家には激震が走った。
私自身といえば、その宣告の場では私も人である以上、動揺もあり、一瞬、硬直もしたが、すぐに冷静さを取り戻し、今後のことについてあらゆる方面について考え始めた。
そろそろ本気で身辺の整理を始める必要があるのかな・・・・・というのと、これからはもう大きな買い物はできない
仮に必要に迫られて何かを買うことになっても、誰かに形見としてもらってもらえるものとか、その時がきたなら捨てても惜しくないものを・・・・という選択眼に変わった。
ホントにYシャツ一枚、ネクタイ一本についても、そう考えるようになった。

今後の治療についても、日が経つにつれて、私の本音としては、「もう、なるようになれ・・・・・」というのが実際の気持ちとなって行く。
もともとは、あの、病気の宣告を受けた2015年の12月21日以来、私自身はどこか自分の人生をあきらめていた感がある。
むしろ、ここまで引っ張れたこと自体が奇跡以外のなにものでもない。
そう考えると、あの鉄仮面のようなM医師についても、感謝をするところはしなければならないのかも・・・・・・と、思えるようになってきた。

しかし、それはあくまで私個人の話。
家内の場合はそうはいかない。
さすがに、しばらくの間は、意気消沈で落ち込んでもいたが、すぐに「あきらめない!!」とばかりに、またもや闘志に火がついたようである。
肝心の私をさておき、ネットにへばりついて暇さえあれば何やら調べている。
時々、丸山ワクチン、ビタミン療法、陽子線治療などという言葉がどんどん口をついて出てくる。
そして、私に読んでおいた方が良いという本の注文もした。

そんな中、家内としても一応はM医師が「家族にも説明します」と言っていた以上、直接話を聞きたいということで、この7月4日(水)に面会のアポをとった。
M医師としては珍しく、「ゆっくりお話をしたいので・・・・」と、結構な時間を確保していてくれたみたい。
この件については、私はまったく関知することなく、家内に任せた。

が・・・・・・・。
しかし・・・・・・・・。
その結果は惨憺たるものだったらしい。

まずは、私が説明されたように一通りの治療の経緯と病気の進行具合、抗がん剤がもはや効かないため、服用を辞めるという、私にした話と同じ内容。
そして、家内からM医師に色々と今後のことに質問を試みたという。
しかし、これもやはり私に説明したのと同じく、もはや何も打つ手はないという回答。

そこで家内としては他の丸山ワクチンやビタミン療法を始めとした免疫療法やら、陽子線治療などについて聞いてみた。
すると、M医師からは驚くべき言葉が発せられたという。
「あ~、それは全部デタラメで、インチキです」と返ってきたという。
これは家内が聞いたという言葉そのままの内容。

私は家内の帰宅後、その話を聞いた時に、本当にそんなセリフを言ったのか?と何度も確認した。
家内が少し表現を盛ってはいないか?をくどいほど問い詰める。
仮にも医師たるものが、ポリシーや治療方針が違うとはいえ、同業者に対して本当にそんな表現を使うのか?
私は驚きを通り越して、途方もない極致に到達した気分。
何度も家内に聞くが、どうやら本当に誇張はなく、こういうセリフを言われたようなのだ。
家内も、その非常識さにとにかく仰天してしまい、返す言葉もなく、すごすごと帰ってきたという。

これは・・・・・・。
医師だのなんだの言う前に、一人の社会人として、組織人として、業界人として、これはどう考えてもアウトであろう。
あまりの衝撃に、さすがの私もにわかに信じがたかったが、でも私に対する一連の対応を考えると、これはこれで合点もいくというもの。
私も家内も、一般的な社会人の姿勢として、この対応は到底理解の限界を超えている。
前ぶりでは、「ゆっくりとお話ができるように・・・・・」というのがあったのだが、面談時間はわずか10分にも満たない時間で終了したとのこと。
家内は、業務中の会社を抜け出してきたので、会社側からも予想より早い帰社時間で職場の皆からも驚かれたともいう。

これは、家内だから舐められたのだろうか・・・・・・・・。
家内としては、この病気の初期の段階で、他の治療法のことでM医師に単独で相談したことがある(H病院の罪・・・・・)。
その時も、そんなに感情的になったつもりはないが、やはり家族としての必死さが少し重く感じられたのかもしれない。
そして、結局はその治療法も簡単に覆されてしまったということがあったため、今回はできるだけ冷静に事務的な対応を心掛けたとという。
しかし、こんなありさまだ。

ふぅ・・・・・・・・。
よくわかった。
もう、M医師のことは、何も言うまい。
本当にこういう人なのだ。
私に対しては、ここまでの悪態に近い対応は一切見せていないが、これが彼の本性なのだ。
人を見て対処を変えるという、狡猾さも持ち合わせている。
もはや、この医師には何も期待はできない。
せいぜい、私の最後を看取ればいいさ。
ただ、私には、何とかしてこのM医師の鼻を明かしたいという気持ちも高まってきた。
そして、時間の限られている私には、あまりくだらないことに尽き合っている暇もない。
もう、このことは忘れよう。

さて、この先、本当にどうしようか。
かろうじて、家内はこのM医師から丸山ワクチン用の病院への紹介状と私の病状検査データ(CD-ROM)を貰うことだけは成功したみたい。
次の手立て・・・・、どこに何から手をつけたらいいのだろうか・・・・・・。
癌難民とは本当によく言ったものである。
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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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