新たなプロジェクト始動!?

2018年10月27日(土)のこと。
本日は、久しぶりにHW病院での診察。
ここでの温熱療法は、例のごとく相変わらずほぼ毎週通っているが、診察は2か月ぶり。
あのA医師が退職し、代わりの医師の診察を受けて以来のこと。
正直なところ、ロクな引継ぎもなされておらず、たまたまその日の外来担当にあてがわれただけという体たらく。

診察終了後に、看護師から「今後は固定の医師にしますか?」と、今更ながら信じられないことを確認され、やっと話が通ったという次第。
だが、その後の次の診察日である今日まで、なんと約2ヶ月というブランクを設けられた。
私の病状って理解されているのだろうか?
これなら無理に診察などしなくてもいいのでは?
とも思うのだが、温熱治療とのからみで、そうもいかないものらしい。

下手に診察となると、こちらだって期待もしてしまう。
形式的なもので、こんなやり方が当たり前というのなら、前任のA医師はここの標準からすると、かなり前向きで、ある種、異質な対応姿勢だったということになる。
今日の対応医師は、KS医師という。
今後もこのKS医師が固定で担当ということらしい。
もはや、期待などはない。

さて、対面。
対面してみて、まぁ、ここの病院の医師としては、珍しく話しやすくいい医師っぽいが、やはり、引継ぎなどは、ほとんどないものと見える。
この医師の立ち場としても、突然、私をあてがわれて、戸惑いもあるということであろうか。
最低限の確認のみで、次回TS病院のデータを持参いただければという話が出てくる。
少しは、しっかりと取り組みたいという姿勢の現れとみてもいいのであろうか・・・・・・・。

さて・・・・・・。
実は、少し話はそれるが、今回の投稿での本当の主題となることに話を進めたい。
それは、現在、治療中の放射線治療のほかに、もう一つの対抗手段を模索していたこと。
既に述べたように、この放射線治療については、私の癌対策としては、まったくもって抜本的な対策ではない
あくまで、枝葉の部分で、これは癌細胞をやっつけてもやっつけても、なんら根本を揺さぶることすらできず、ただただその枝葉の部分の病気の進行を遅延させるという前提のもの。

このことは私も家内も充分理解・承知の上で、あくまで延命するという前提で取り組んでいる。
それでも、その効果として既に何度も述べているように、あのKY病院にて標準治療の終焉を告げられ、またしても余命数か月という状況に陥って以来、現在で、もう11月を迎えようというところまで、なんとか無事に来ている。
その治療の延命効果は功を奏しているといえる状態かと。

ただ・・・・・・。
これだけで手をこまねいていても・・・・。
ということで、またしても家内が動いていた。
それは・・・・・・・。

このブログ内でも時々、名前のあがっていた丸山ワクチンという治療法。
この治療法のことを簡単にまとめると、1966年に日本医科大学皮膚科教授の丸山千里教授が、このワクチン(SSM)を悪性腫瘍に使用した場合、組織細胞の異常増殖を抑制する作用があり、副作用も全くなく、ある程度有効かつ安全な抗腫瘍物質だとする論文を発表されたとある。
しかし、その後の経緯としては、癌そのものへの薬効として、いまだに公式には認められてはいない。
でも、支持者達の署名嘆願運動等の声を、国としても無視することはできず、研究の継続として、現在のところ有償治験診療という扱いになっている。
この治療を望む患者あるいはその家族は、丸山ワクチンの治験を引き受けてくれる医師を探し出し、治験承諾書(丸山ワクチンによる治験を引き受けるという担当医師の承諾書)およびSSM治験登録書(現在までの治療経過をまとめた書類)を整備する必要がある。

けれど、実際に私の住んでいる地域では、この治療法についてKY病院のM医師のように、まったく認めていない立場のところもあり、公的に認められていないということからこの治療法に理解のある医師(病院)を探し出すということが、結構、至難のことと懸念はしていた。
なんとか、協力いただける医師(病院)を、自力で見つけ出す必要がある。
さらに私は、この治療もどうせ高額で一部の限られた人にしか利用できない治療法であると今まで思いこんでいたが、よくよく調べてみると、初期費用が20,000円ちょっとで、後の毎回の注射を打つ処置としては、自由診療でありながらも数千円で済むということがわかってきた。

今、実施している放射線治療も来週で終わってしまう。
取りあえず、今日までの延命という意味では、TS病院のTG医師やスタッフさん達の懸命な取り組みのおかげで、効果が実感されているものの、この後のことはわからない。
この放射線治療の最中でさえなお、どんどん増殖している私の恐るべき癌細胞に対して、この丸山ワクチンは私の場合、医療としての対抗手段としては、おそらく最後の手段であろうかと思われる
その効果については、公式・非公式含めて色々と議論もあるようだが、これも個人差もあり、やってみなければわからない。
私は、基本、死を恐れてもいないし、来る時が来るならば潔く受け入れようと思っているのは、今までずっと一貫した姿勢。
しかし、私のやっと50代の後半に入ったばかりという年齢として、家族としてはそうは割り切れないだろう。
やれることは、やるだけやってみるというのも、今の私としては生を受けた者としての、持つべき責任のあり方だと思ってもいる。

まず、具体的な手続きとしては、先に述べたように書類を準備しなければならないのだが、その医師(病院)を確保する必要がある。
ネットの情報によると、勤医協やらペインクリニックだと比較的受け入れてもらいやすいとの情報はある。
しかしそれも、病院毎によって認識も違うようだし、実際にはあたってみないとわからない。
そして、その書類が準備できたら、その初診と初回の処方を受けるためには、東京の日本医科大学付属病院まで直接足を運ばなければならない。
ちょっとこれは、今までとは違って、結構大掛かり。
我が家的にはちょっとしたプロジェクトという扱いでもある。

手始めに、ここのHW病院の担当医も変わったことだし、ダメもとで聞いてみようと思う。
本来なら、メインのかかりつけ病院KY病院に確認すべきところでもあるのだが、主治医のM医師の今までの態度姿勢・言動からここは無理。
そして、一番信頼のおけるTS病院に本当はお願いをしたいところではあるものの、この丸山ワクチンの投与としては標準的な投与で週3回ということらしい。
今の私の生活サイクルでは、仕事への出勤前にこの通院を済ませてしまいたい。
そういう意味では、現在、毎日放射線治療で通い詰めているが、これも後3回で終了。
今までにも何度か触れているが、正直、通院経路として結構シンドイ。
そう考えると、今、付き合いのある病院で限って言うと、必然的にこのHW病院となる。

でも、なんとなく、今までのこのHW病院の感じからすると、この手の話に積極的な協力をしてもらえるのか?というと、大いに疑問が残る。
実際には、今回の確認を皮切りに、あちこち病院をあたろうとは思うものの、まずは聞くだけ聞いてみようと、今回対面しているKS医師に話を持ちかけた。

ちょっと、前置きが長くなってしまったが、この丸山ワクチン治験への協力のお願いを聞いたKS医師も、一瞬にして、戸惑われた様子。

おそらく、まったく想定外の話だったのであろうか。
「お話はわかりました、ただ、この手の話になると私の一存では回答できませんので、一度、院内で協議をさせてもらえますか?」とのこと。
私としては、それは当然のことだろうと思うことでもあるため、すんなりとお願いをすることに。
それよりも、頭ごなしに拒否されるかとも思っていたところに、意外な反応で少し驚く。
却って「お時間的には問題ないですか?」との丁寧な対応され、逆にこちらも戸惑いを覚える。
とりあえず、まだTS病院の放射線治療も残っているし、この後の治療についても今のところは不明。
少し状況をみていく必要もあるため、とにかく検討のお願いだけはしておくことに。

これは、ちょっと意外な展開。
このHW病院のいいところも、確かにあることにはあるのだが、一部の医師の態度や物腰、各部署間の情報連携が著しく他医院に比べて劣ってもいる。
ただ、病院全体の治療・診療理念とはまた別の話かもしれない。
とりあえず、今の時点ではあまり大きな期待も出来ないが、この件の検討についてはお任せしてみることにした。
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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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