手術の後・・

2019/1/31(木)手術の次の日・・

本日血圧140とやや高め。昨夜は、夜中何回か目覚めたがそこそこ眠ることができた。
お昼にようやく食にありつくことができた。うどんが意外とおいしかったが、脂っこくて少し残した。
ただ、何か物足りなく、家から持ってきたお菓子とカフェオレを楽しむ。

昨夜からの点滴を交換。これで一応は、最後の点滴とのこと。
この点滴は、前の抗がん剤の時にも使用していたソリューゲン。

ダラダラと過ごしているうちに夕食。夕食はおかゆとおかず2点ほど。
これもまたおかゆが意外とおいしく、夕食は完食できた。

しかし、この後、腹部が変な重さと不快感に襲われる。
さっそく、頼みの綱のカロナールを服用した。
痛くて苦しむというほどではないが、じっとりと重いという感じ。
二日酔いの翌日の後遺症のような感じがした。
寝れば回復するかなとは思ったが、夜中でもこの感触は残ったままだった。

2019/2/1(金)
体温36.9度、体重63.95kg
朝食が出たが、ほとんど一口ずつ、口をつけたのみ。そしてすぐに横になる。

この日の看護師さんはまた新しい人でなんとなくいい感じの人。
ゆうべからの状況報告をした。
色々と心配されるが、吐き気が出るようだったら言ってくださいとのことだった。

体に力が入らないのは栄養不足のせいか?
朝の体重測定ではいよいよもって63.95kgと、私の体はどうなっていくんだという感じ。
体を触ると、あちこちが骨ばっているのがわかる。
鏡を見るとガリガリである。
それでも胴回りの腹部は出ている。これは腹水が溜まっているせいなのだろうか?
昨日、それほど寝れなかったわけではないが、やたらと眠い。
トイレにいくにもふらつくような気もする。

しばらく横になっていると、さっきの看護師さんが丸山ワクチンを打ちに来てくれた。
この頃になると、腹部の不快感は不思議と消えてしまった、これはラッキーと喜ぶ。
でも、だからといってお昼も食べる気もしない。
仕方なく、家から持ってきたココナッツジュースで栄養補給。
そして、まだ眠いのでベッドで横たわり仮眠。
PCに向かう気力がまだ起きない。

気が付くとお昼御飯が近づいてきて、お茶が出ていた。
しかし、お昼ご飯は全く食べる気がしない。
そしてお膳も届くが、テーブルに向かう気もなくウジウジしていたら、家内がやってきた。
家内は自分で食べようとサンドイッチを買って持ってきた、それを見ると私も幾分食べようという気になり、売店でサンドイッチを買ってきてもらうことにした。
お膳についてきた桃の缶詰とサンドイッチをひと切れ、そして家から持ってきていたリンゴを食べてお昼は終了。サンドイッチはまだ二切れ残っている。これは、夕食の時用に取っておくことにした。

すると、またすぐに腹部の不快感が復活。
すぐさま、カロナールを飲んで横になって、家内を見送ってしばらくすると、今度は割と早めに復活。
やっと、このPCに向かう気になったという感じ。

さて、明日・明後日の外出を依頼しよう。
そして15:30頃からは出張で来てくれる床屋だ。
これで頭はすっきりするだろう。

2019/2/2
とにかく体がかゆい。このかゆみは入院してから却って酷くなった気がする。食事もできない。
そのためか、何をするにも億劫で動きも鈍い。今日と明日は自宅へ外出する。

2019/2/4
特に変化はないが、かゆみによる寝不足がひどい。いったん起床しても、ちょっとすると直ぐにウトウト
してしまう。
今日から朝の病院食をパンに切り替えてもらった。パンにジャムをつけた流し込む。おかずは手を付ける気もなく、デザートだけ食べて撤収した。
ただ昼も食事する気もなく、自宅から持ってきた栄養ゼリーを食べてなんとか過ごす。それでも日に日に体力の衰えを激しく実感する。しばらくするとM医師が様子を見に来た。食事ができないとうことから24時間の点滴をすることにした。家内が帰った後、38℃の発熱。今夜から全身のかゆみ対策として、生まれて初めての眠剤を使用することになる。

2019/2/6
この数日、眠剤を飲んでも寝不足で起きてもねむい。今日は朝から採血をする。

午後M医師がやって来て近況報告。採血の結果はあまり良くない。近日中カメラを使っての処置を考えているとのこと。
前回はステントを入れただけなので、多少消化液が流れるようにしたが、これでは黄疸の進行を止められない。
今度は、部分的に切るところを切って、ステントを2本入れようと考えている、それで何とか肝臓の40~50%の消化液を流れるようにしたいとのことだった。これでまたダメな場合は次の手を考えましょうとのこと。
・・・?次の手って、いわゆる体の外に袋をつける方法のことかな?・・・あれは、避けたい・・・
不安はあるが、少しだけ先が見えた。

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No title

その後、奥様のお加減は大丈夫でしょうか。

私の夫は、38歳で、突然の事故と亡くなりました。父は、肺がんで58歳で亡くなり、弟は18歳で腎不全で亡くなりました。

突然でも、闘病後でも,辛いことに変わりはありません。
どうぞ、奥様のお心が、少しでも癒されますように。
心からお祈りしております。

Re: No title

コメント頂きありがとうございます。今日までこのブログを開くことすらできなくなっていました。
主人が亡くなる最後まで傍にいることは良かったと思う反面、息を引き取るその場面が私の頭に焼き付き、どうしても前に進めない自分もいます。主人はよく言っていました、¨突然の災害や事故で亡くなる人、突然の病で亡くなる人、そんな人達も山のようにいるんだから・・¨と。

uri様、お言葉心に噛み締めて明日また生きていきます、ありがとうございます。

No title

そうでしょうとも。簡単に前に進むなんて出来ません。ここをご覧になるだけでも、どれだけお辛いかと思います。

私も弟、父、夫、それぞれのその場面が忘れられず、今に至ります。それでも、心の痛みは、少しずつ軽くはなっていくはずですので、どうか、時間を稼いで、お大事にお過ごしくださいね。

今はご主人は苦しみから解き放たれて、奥様のすぐそばにいらっしゃると思います。そして、奥様の悲しみが少しでも減ることを望んでおられることでしょう。

ブログの続きは、無理なさらずに。

Re: No title

本当にありがとうございます。今を生きることだけ考えています。そしてこうしてメールを頂けることも、この主人のブログがあったおかげと感謝しています。私も既に両親ともに亡くし、主人の両親もこの世にはおりません。
遺される者の悲しみは思っていた以上に深く、まるで昨日のことのように、その日のことが思い出されてしまいます。罪悪感や後悔また読み返すごとに医療機関への不信感すら感じ、立ち止まってしまう自分がそこにいます。

でもそんな私に主人はいつも寄り添ってくれているそう信じています。
プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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