T病院最後の通院、KM医師、色々とありがとうございました!!

2016.1.8(金)のこと。
昨日は、家内が職場で色々言われたようで、「H病院の治療をあきらめるな!!」ということになったらしい。
なかなかH病院から、その後の連絡がこないため、少々、我が家的にはあきらめ感がでていた頃。
「家族があきらめてどうする!!」とまで、言われたみたい。
結局、H病院のセカンドオピニオンは家内一人で聞きに行く方法もあるということで、改めて申し込みのし直しをすることになった。

また、私は私で職場にて、前の仕事のチームの管理者だった人が、たまたま新年会のお誘いにフラリと現れたため、好機とばかりに廊下に連れ出し、私の現状を包み隠さず話をした。
この人にも、いつかは話さなければと思っていた人だけに非常にいいチャンス。
しかし、その反応は驚愕しきった状態で返す言葉もない様子。

私の方が落ち着いていて、公私ともども残る過ごし方をどうするべきか、どう心得るかを、今思っていることの精一杯を伝えた。
そして、その新年会の場で、場がシラケない程度に他のみんなに私のことは全て話してもらってもいいとお願いをし、私は参加を遠慮させていただいた。
その元管理者も、心なしか目が潤んでいるようで、「わかった・・・、とにかく、やることをやって・・・、みんな、仲間だから・・・」と、言葉を返すのが精いっぱいの様子。
立ち話のため、そうそうと切り上げ自席へ戻ったが、あの驚いた表情は私の脳裏からもしばらく消えず。
日々、少しずつだが私の周りが動いていて、同じく少しずつ状況も固まってきている感じ。

さてさて、本日はT病院の診察日。
一応、ここでの診察は今日で最後とし、今後の治療は例のKY病院にするという決心を伝えるつもりで朝のうちに病院へ行く。
まずは病院に到着して、すぐに血液検査から。
例の如く、検査後一時間半待たされての診察。
予約なんだけれども、結構、待たされる。
今日は、長めに時間休を取っておいてよかった。

診察室内に呼ばれて、まずは、今の体調の申告。
痛みは、あちこち時々チクチクする時もあるが、前回もらった痛み止めは一度も使うことなく、とりあえずは、無事に過ごしていることを伝える。
また、食欲も、全快とまではいかないが3食食べられているし、特にここ最近は年末直前の頃くらいの状態までは戻っていることを告げる。
この前の診察を受けた後はしばらくの間、疲労と倦怠感がひどかったが、それもここ数日で、ほぼ解消されていることも。

KM医師から、お腹のチクチクは、もしかしたら散らばっている細かい癌が影響しているかもとのこと。
やはり、どの先生も、私の体の中では癌細胞が散らばりまくっていると診るのが常識的見解のようである。
血液検査の結果は、肝機能の数値は、まだ異常値ながらも僅かながらに良くなっていた。
白血球の値も1月4日の時はかなり悪かったようだが、今日はそれほど悪くないようである。

ただ、腎臓の数値は前回と変わらず。
これは、あれから食事も摂れているということから、単純に脱水症状と決めつけるのは危険かもしれないとの見解を述べられる。
万が一、腎臓にも癌が飛び火して、膀胱との管を詰まらせてしまうと排尿の障害になり、これもまた、抗がん剤治療の問題となるらしい。
この場合、泌尿器科の分野で、この管にカテーテルを入れるという処置も必要かとのこと。

げっ、また、カテーテルか・・・。
もう今まで、循環器で散々カテーテルをやってきているし、万が一ステントという話にでもなれば、そんなのを入れたら私の体中がステントだらけになってしまう。
で、KM医師、この後すぐにでも、エコーか造影剤を使わないCT検査を行い、腎臓の様子を見たそうな感じ。

でも私は、今後の治療計画に関して、先日のKY病院での診察結果と、今後の治療方針の決意を述べた。
病気の所見や、今後の治療については、まったく同じ所見を説明されたこと。
抗がん剤の治療にも限界があること、難しい部位での癌であること等、相違点はまったくなかったこと。
それと、こちらでも心配されたように、早期の治療開始が望まれること。
抗がん剤が使えなくなる状況も懸念されていたことも。

KM医師も、もっともと言わんばかりにうなずきながら、話を聞いている。
そして、私と家内も悩みながら、相談した結果、もうあちこちセカンドオピニオンとか時間もかけていられないため、HY病院はキャンセルし、H病院は家内だけで行ってもらうこととし、早く治療を優先したいという気持ちを伝える。

これにも、KM医師は大きくうなずきながら「そうですねぇ、早いほうがいいです・・・」と。
そして、自分も現役で仕事を持っていることや、何かあったら自宅から近いというメリットから、今後はKY病院で抗がん剤治療を進めようと思うということをお話させていただいた。
KM医師は「あぁ、わかりました、それなら・・・」と、すぐに同意してくれた。
私から、「どうしますか、その腎臓の検査だけでも、今日、こちらでやったほうがいいですか?」と、聞いてみたが、結果としてデータはすべて提供し、お手紙を作るのでKY病院さんに任せたほうが、という結論になる。

そして、今日の検査結果で気になることでもあるのか、新たにクラビット錠250㎎と、ランソプラゾールOD15㎎という内服薬を処方される。
炎症を抑えるのと胃薬のようである。
炎症を抑えるというのは、わからないでもないが、胃薬って?
取りあえず、質問はせずに黙って処方箋を受け取る。

一応、ここでの診察は最後になるだろうし、多分、私の生涯では、多分もう来ることはないであろう。
そして、何かとお世話になったKM医師には、丁重に今までのお礼を申し上げる。
その後は会計をすまして、薬を受け取り病院を後にする。
昨年の年末からの通院で今日までの通院だったが、色々と思うことはあるものの、今日で最後と思うと感慨深いものがある。
その昔は、網膜症の手術でお世話にもなった病院でもある。
短い期間であったが、KM医師はKM医師で、元来の診察日以外にも対応してくれたり本当によくしていただいた。
色々と、感謝の気持ちを整理をしながら病院を後にする。

さて・・・・。
しかし、困った。
今日は、出勤時間まで、時間が余ってしまった。
どこかで、時間をつぶそう。
早く出勤してもよかったのだが、今日は遅番でもあるし、地下歩行空間と喫茶店で、この本日の記録の原稿打ちで時間をつぶしてから出勤しようと決める。
そして、かなり遅めの出勤。
気のせいか、職場の空気がいつもと違うような気がする。
たまたま、部長の周りに人がいなかったため、色々と固まってきた近況を伝えた。
その後、ロッカー室でもまた二人きりになったため、再度、詳細を確認され、職場全体の組織としては、最大限協力したいと所長にも話をしていると告げられ、とにかく頑張ってほしいと・・・。
これには、こちらの方が目頭が熱くなる。
大変にありがたいことで、深々とお礼を伝える。

それにしても、家内からKY病院への今後の治療を正式に申し込むということになっているのだけれど、その件がどうなったかの連絡はまだない。
さっき電話があったが、担当不在で折り返し連絡をもらうとなっていたようだが。
確か、電話さえすれば、わかるようにしておくということだったはず・・・。
その後、家内のショートメールにて、まずは13日(水)に入院が確定したと連絡が入る。

「いきなり、入院か・・・・・・」とは思うものの、すぐさま職場へ報告。
詳しいことは、また改めてということになるが、取りあえず今わかることをお知らせした。
ちなみに期間については、当初は2週間というイメージであったが、腎臓の状況によっては長くなるかもしれないとのこと。
ただ、今のところは、職場には入院期間2週間の予定と伝えておくこととした。
部長からは、とにかく、がんばるように激励され、この日の週末の勤務を終了。

しかし、私と同じ仕事をしているチーム以外の人たちには、以前にも述べたように、私の病気のことは公には知らせてはいない。
でも、何か感じている人もいるのかな?という雰囲気が若干感じられる。
それはそうであろう、ここ最近になって急に、これだけちょくちょく、休んだり遅く出てきたり、早退を繰り返していれば、何かあるのかな?とはだれでも思うところ。
それは、まぁ、個人がどう受け止めるのかは、それはそれで致し方がない。
いっそのこと、全部公表したほうがいいのだろうか?
これは人それぞれの考え方があり、組織の雰囲気にもより、正解はないのだろうけれども、私と同じような想いの人達、みんなどうしているんだろう・・・・・・・。 にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
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テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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