面会者たち・・・・・・・

2016.1.17(日)のこと。
息子が病室にやってきた。
およそ2年前に東京に就職先を決め、それ以来の対面である。
昨日の夕刻にこちらへ着いたらしく、一人で家を守っている家内にとっても久々の対面で、大変い心強いことであったろうかと思う。
まだまだ20代の後半にさしかかった年齢とはいえ、やはりその存在は今や家内の強力な心の支えである。

家内も息子に私の現状をどう伝えようか、その伝え方やタイミングには、相当、苦慮もしていたようであるが、私の治療病院が特定できた頃に、メールでことの経緯を伝えた模様。
家を出てから2年あまり、時々家内とはメールのやり取りはあったようだが、お盆休みも正月休みもまったく帰ってこなかったため、「どうしているんだろう?」とは思っていたところでもある。
私の体調異変に驚き、この中途半端な時期ながらも、急きょ飛んで帰ってきたということの経緯。

私との久しぶりの対面は、はからずも私の入院病棟の中。
まぁ、顔つきを見ると、それなりに成長がともなった面構えをしていて、なんとなく逞しくなった感がある。
もともと、あまりベタベタする関係でもないため、お互い言葉少なに近況を語り合う。
私のことで、貴重なプライベートの時間を割き、今回の急な帰省となってしまったことは申し訳ない。
仕事先に迷惑がかかっていないか?などを確認。
仕事については、かなり頑張っているようだ。
私の病状は改めて聞くと相当に深刻な状態ではあるのだが、目の前にいる私が意外とケロっとしているため、やや拍子抜けはしたみたい。
しばし、話をして、お昼ご飯を家内と外で食べてまた午後に来るとのこと。
まぁ、せっかくの久しぶりの故郷である。
食べたい物をたくさん食べて、地元を堪能するといい。
と、一旦は見送る。

そして、再び午後にまた来て夕方まで、なんともなく過ごす。
今日は日曜日のため検査とかはないが、それでも点滴の調整や検温、定期的な採血はある。
息子はもう一晩こちらにいて、明日帰るようである。
万が一、私に何かあった時は、こっちに帰って来てほしい・・・・・と、一瞬の想いが頭をよぎるが、私のことで息子の人生の選択を左右させてもいけないとも思い直す。
家内としては、その期待度はおそらく高いとは思うものの、基本、本人の考えに任せることであろう。
ただ残された家内はどうするか・・・・・・。
まぁ、まだ私は死ぬと決まったわけではないのだが、この問題は私もまだ頭がしっかりしているうちに、考えておかなければならないことなのかもしれない。
などと考えながらも、何気なく時間が過ぎていき、息子は帰って行った。
今回、息子が急に帰ってきたのは、私や家内のことをおもんばかってくれたのことに他ならない。
ありがたい。
感謝である。

そして、この週明けの1月19日(火)頃。
今度は私の弟が予告もなくやってきた。
この弟との対面も久しぶり。
多分、5~6年は会っていなかっただろうか?
私とは7歳違いの弟である。
弟の仕事が飲食サービス業であるため時間が合わないこともあるが、こちらもあまり普段からベタベタした関係でもない。
しかし、私の異変には相当驚いたようでもあり、病院まで飛んできたという感じ。

私達の父母はとうに他界しており、いまや肉親関係といえば、私とこの弟の二人だけ。
また、私と弟は幼い頃から、やや特殊な家庭環境で共に育ち、私が20代前半の頃、父母は離婚。
その後、父母共々とは、そこそこに距離を置きながらも、それぞれが付き合いを続けてきた。
しかし、私も弟も父母に対しては、私達兄弟だけにしかわからぬ深い想いもあり、そのことからある種、特殊な絆が育まれてきた関係でもある。
病室に入ってしばらくした後、弟の口から「あなたは、簡単に死ぬような人間ではない・・・・」と、ポツリと言葉を発する。
どういう意図で発しているのかは言わないし、こちらも聞かなかった。
私もさりげなく「そうか・・・・・」というような言葉を返しただけのように記憶している。
あいつなりに色々な想いがあるのだろう。

弟と過ごしていると、私の幼少の頃の時代のことが思い出される。
当時のことはどう考えても、普通の家庭環境ではなかった。
いい年になった今、当事者としての感情を捨て、どんなに冷静に客観的に考えても、やはり尋常ではなかったことは揺るぎない事実である。
あの時のどうにもならないやるせなさや、子供には対処できない恐怖、他人の家の明るい灯を見て、なぜ自分達だけがという理不尽さを思い出すと、今の病気のことも、そうたいしたことのないようにも思えるのである。

おそらくこの辺りが、私がこの病気を告げられ余命まで宣告されても、まったくメンタル面で動じていないということと関係があるのかもしれない。
確かに一瞬の驚きやショックはあることはある。
家内のことを想うと、心が裂けそうなほど胸が傷むこともある。
しかし、私自身の自分ことで情緒が不安定になったり、眠れないとか泣くというようなことは、特段、我慢しているわけでもないのに、我が感情ながら不思議と一切ないのだ。
ここにきて、人生を呪うようなこともなければ、他人を羨むようなこともない。
あるがままを受け入れるしかないという気持ちが大きくて、まるで切腹を命じられた武士のような面持ちなのだ。

ただ、T病院へ通院していた頃、ちょっとした瞬間に、目の前の風景がセピア色一色になってしまったような錯覚を覚える時はあった。
死を目前にした自分の感覚が、いつも通りの日常の風景や、様々な人生を背負った周りの人々の行き交う姿が、まるでテレビのディスプレイや映画のスクリーンの中のように見える。
そのことは、私の今の心境としては、嘆き悲しんで落ち込むというより、不思議な空間に投げ込まれた・・・・・といった方が正確なのかもしれない。

なんだか弟と過ごした少しの時間が、そんなことを私に考えさせたようだ。
弟自身も、しばらくいた中で、色々なことを考えていたのかもしれない。
そして、「そろそろ仕事なんで・・・・、また来る」と行って病室を出て行った。

いずれにしても、ありがたいものだ。
私なんぞのために・・・・・・。
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テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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