ついに、癌細胞に攻撃開始!!

2016.1.22(金)のこと。
さて、いよいよ、本日、抗がん剤の開始。
予定によると、今日の14:00から開始して、17:45の間に4種類の点滴を行うということのよう。
体調は相変わらず変わりはなく、病室にいるとじっとしているしかないため、ほとんど体にはなんら負担もなく過ごしている。
また、未だにどこにも痛みもないため、私はホントに病人か?と錯覚するほど。

ただ、昨日のポート埋め込みによる右腕が上がらないのは朝起きても変化がなく、やはり腕を上げると痛い。
右腕だけに、かなり不自由感はある。
朝のうちに昨日聞いていた通り、レントゲンを撮ることに。
朝食後、昨日の処置した部屋と同じ場所でレントゲンの撮影。
部屋に戻ってしばらくすると、いつものM医師の代理でO医師がやってきた。
M医師は学会かなんかで本日は不在で、サブのO医師が本日の様子を診るとは聞いていた。

レントゲンの結果によると、ポートの設置としては問題なく、おそらく右腕の神経に危惧が触れているのではなかろうかということ。
すぐに慣れると思いますので、様子をみてくださいとのこと。
なんだ、そういうことか・・・・・・・・。
でも、痛みも痛みだし、利き腕だけに、結構、辛いんですけれど・・・。
まぁ、これは仕方がない。
そして、右図のようなカードを渡される。

これは、私がどこか別の医療機関にでもかかった時に、胸にこういう処置をしているという証なのだそう。
なるほどねぇ・・・・・・。
こういうものがあるんだ。
でも、これはずっと携帯すべきものなんだろうか。
ちょっとメンドイかもしれない。

しかし、思うに私の体内に埋め込まれているのは、このポートに限ったことではない。
もともとの私の持病(1)でも触れているように、私の心臓冠動脈には5つのステントが入っている。
体内への異物設置がこれでまた増えたということを改めて実感する。

様子を見に来た看護師さんに「これは、いつまで付けておくものなんですか・・・・・」と聞いてみた。
すると、看護師さん、ちょっと困った顔をされて「ずっとです・・・・・」と答えられた。
あっ、これは私・・・・・・・。
聞いちゃいけないことを聞いたのかもしれないと振り返る。
多分、こういうのを装着するというのは、私のようになかなか厳しい状況の人たちがほとんどで、おそらくはそのまま最後までこのポートを付けたまま・・・・というケースが多いということなのかもしれない。
看護師さんも答えずらかったかもしれない。
私としては、やはり煩わしさを感じるあまり、ちょっと能天気に確認してみたかっただけなのだが、この煩わしさも私自身が受け止めるべきことなのだ。
看護師さんに申し訳ないことをした。

さて、それはそれとして、いよいよ抗がん剤投与の準備。
準備としては、実はそれほどのことはない。
普通の点滴用具一式と、点滴液の落ち方を調節するのだろうか、妙な小型の機械(右図)が持ち込まれたくらい。
投与する薬はやはり4種類。
でも、この4種類の中で抗がん剤は2種類のみ。
抗がん剤の種類はいまや100種類以上あると言われているのだが、私の癌の部位については、たった2種類しか使用できない
これは最初のT病院でも、ここKY病院でも同じ見解。
いくら医学が日進月歩の進化を遂げているといっても、これが私に突きつけられた現実であり、標準医療の現状である。
まぁ、これはいくら嘆いても致し方がない。

そして、その抗がん剤以外の薬は、色々と抗がん剤に対する副作用対策的な薬のようで、順番に一つずつ投与していくようである。
看護師さんが私の体調を気にしながらも着々と準備を進めていく。

使用する薬の詳細は以下。



<NO Image> 
画像は撮影忘れ




グラニセトロン
 これは吐き気止めの薬で、テキサートというのと
 生理食塩水を混合している。
 15分の点滴で最初に行うもの。

シスプラチン
 これがいわゆる抗がん剤。
 生理食塩水を混合。
 後でわかったことであるが、これが結構強烈な薬
 らししく、90分の投与で2番目に行う。

ゲムシタビン
 これも抗がん剤で生理食塩水混合。
 こちらは30分と短く、3番目の投与。

ソリューゲンF
 これは腎臓機能障害の予防とのことで、こちらは
 やはりキツイ抗がん剤の事後対策のものらしい。
 こちらも90分の投与で最後の仕上げとなる。
 
全部で3時間と45分の長丁場。
およそ4時間である。
まぁ、腎機能回復の点滴は24時間のつけっぱなしをおよそ一週間続けた。
それにくらべれば・・・・とうことでもあるが、薬の種類が俄然違う。

最初のグラニセトロンについては、まったく普通の点滴で、ポートを初めて使うので、最初だけ胸に冷たいものが通過した感じがするのみで、特に変わったことはない。
2番目のシスプラチンも最初は何も感じなかったが、この薬の投与が終わるころには、少し体にだるさを感じてきた。
3番目のゲムシタピンについては、この薬の影響なのか、先のシスプラチンの影響なのかは不明だが、かなり体全体に倦怠感が充満してきた感じになってきた。
最後のソリューゲンFについては、これは特に何もないものなのであろう。
ただ、最後の90分がやけに長く感じられた。

そして・・・・・。
18:00近くに、全ての抗がん剤が終わった。
やった・・・・・。
体のだるさは半端ない。
あきらかに体内に悪いものが入っている感じがヒシヒシと伝わる。
この体のだるさは今までに経験したことのないもの。
ただ、言われていた吐き気とか、食欲不振とかはない。
逆に時間が時間なだけに、夕食は食べる気マンマンである。
まだまだ、これからいろいろなことが出てくるのかもしれないが、今のところは体のだるさのみ。

でも・・・・・・。
やっと・・・・。
やっと、この癌に・・・・・・。
一太刀あびせたということに関しては、実に感慨深いものがある。
実際、癌に対してどんなダメージになっているかは皆目わからないが、ここまでじっと耐えて堪えて偲んできた分、家内の涙の数の分も踏まえた、やっとの想いのこちらとしての大反撃である。
この期に及んでまだ私は、この癌に勝てるなどとは全く思ってもいないのだが、ここまで苦しめられた悔しさだけは濃厚にある。
ぜひとも、今日の一撃の効果は期待したいところでもある。

しばらくするとO医師が様子を見に来た。
とにかく「今日は安静に・・・とのことで、しばらく様子をみましょう・・・・」とのこと。
そして、栄養士さんもやってきて、かなり心配そうに「ごはん、食べられそうですか・・・・・・」と聞いてきた。
やっぱりまだ食欲は落ちていないので、「なんとかなりそうです・・・・」と答えると、「食べやすいものでパンとか麺類に代えられますが・・・・」とのこと。

う~ん・・・・・、これは、抗がん剤の影響とは関係ないが、なんとなく麺類が恋しかったので、麺に代えてもらうことにした。
色々と選べるみたいなのだけれど、冷たい素麺にしてもらった。
今の病院って、こんな個人対応してくれるのだと思うと、これはありがたかった。
この1月に冷たい素麺というのも何であるが、もとより昨年の暮れから季節感など感じている状況ではないのだ。
冷たくさっぱりとおいしかった。
今のところ、結構な倦怠感以外に、抗がん剤のダメージはない。
家内は心配そうだったが、食べることはできるし、なんとかなるだろう。
とにかく、今日は記念すべき闘い始めの日である。
この日は、この倦怠感もあり体力をつける意味からも、割と早くに就寝することにした。
抗がん剤よ、利いてほしい・・・・・と祈りながら。
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テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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