大切な人達へ・・・・・・・・

2016.1.29(金)~1.30(日)頃のこと。
さて・・・・・・・・。
今のところ、効果はわからないが、なんとか抗がん剤治療のリズムらしきものが見えてきた。

そこで・・・・・・・・。
私も少し落ち着いてきたため、この現状を報告というか伝えておかなければならない人達が、家族や職場の人達以外にもいる。
それは、私には決して多くはない友人たち・・・・・・・。
私の交友関係は決して広くはなく、深い友人たちといえば、ごくごく少数である。
ただ、とても私にとっては大切な人達。
その人達に、こんな私の超ネガティブな話をしていいものかどうか・・・・・・・。
どこからどう話せばいいのか・・・・・・・。
こんな話を聞かされる側の心境とは?
ただただ心配をかけてしまうのではないか?
などと、考えていると、実の所、今まで私は何もできなかった・・・・・・。

しかし・・・・・・・・。
万が一、そう遠くはない先に私の命が終焉を迎えるかもしれないと考えると、結果はどうあれ、事実は事実として、現状を知らせておくのが私の責任ではないのか・・・・・・。
とも思われてきた。
もし、私の大切な関係の人が、私に何にも知らされずに突然旅立たれてしまったら・・・・・・と考えると、それはそれで複雑な感情に悩まされるかもしれない。
そう考えていると、この少し落ち着いてきた今、思い切って現状を伝えるメールを送ってみようと決心した。

まず・・・・・・・。
仕事を通して面識ができた女性。
今や、私自身は身内同然と考えている人。
ご本人の名誉のためにも、決して、怪しい関係などは一切なく、純粋に友人(家内も公認)という間柄。
直接対面していた期間はそれほど長くもなく、今は遠方に住まわれていて、今の交流のほとんどはメールでのやり取りのみ。
現在は、立派な奥様になられて、暖かい家庭を築かれている。
「いらぬ心配をかけてしまうのでは・・・・・・」と、心底、送信ボタンを押す寸前まで悩みに悩みぬいた。
しかし、この女性とは公私にわたって何でも正直に伝えるという今までの関係であることと、冒頭に述べたような想いから、思い切って送信ボタンを押した。

そして・・・・・・・。
私の20代前半の人格形成の礎ともなった、若き日の頃からの友人たち・・・・・・。
私は、その昔、茨城県の日立市というところで、勤務をしていたことがある。
およそ7年間、そこで居住し、初めての社会人としての基礎を築き上げた土地。
まったく縁もゆかりもない道産子が突如、かの地で生活をするということで、正直なところ、当初はなかなかなじめなかった。
が、しかし、徐々に交友関係が出来上がるにつれ、その人の輪はみるみる増えていき、私の部屋は週のほとんどが宴会場になってしまう。
その人達と過ごすことにより、私自身、仕事で得られるものとはまた違った、拙かった私自身の人格形成がなされていったように思う。
この人達との縁が、今の私が維持できているおかげでもある。
私が札幌へ帰ることになった時、皆が羽田空港の搭乗ゲートぎりぎりまで見送りに来てくれた、あのシーンは20数年たった今でも、決して忘れることはできない。
そして、彼らも時を見て、度々こちら札幌に遊びに来てくれ、この札幌で再会し旧交を暖めてもいる。
このメンバーの代表的な2人に、皆にそれとなくこの状況を伝えて欲しいということで、私の現状をメールにてお知らせした。

どちらにも、内容は私の今のリアルな状況と、私の正直な気持ち。
病状については、まったく包み隠さず、現状をありのまま。
私の心情としては、このブログでも何度も触れているように、現状を真摯に受け止めていて、メンタル面でも想像以上に落ち着いており、ある種の達観にも似た境地であること。

・癌に何が何でも勝つというほどのムキになる気持ちはないこと。
・万が一の時は、堂々と結果を受け止める覚悟を決めていること。
・しかし、やみくもにあきらめて、投げやりなわけでもなく、打つべき手は打って行くこと。
・残された時間に誇りを持って生きていくこと。


等々の内容で、私の心情を正直にお伝えした。
すぐに、皆さんから返事のメールが到着。

やっぱり・・・・・・。
皆、一様に驚き、びっくりしている内容。
ある種のショックを与えてしまったかもしれない。
逆に困惑感を押し付けてしまったかもしれない。
もし、私が聞かされる立場だったら・・・・・と考えると、聞かされても何にもできないことに困惑するであろう。
やはり、伝えるべきではなかったかな・・・・とも思い悩む。

でも、逆に何も知らされないまま、私が命を終えてしまうとなると、それはそれで、またある意味、次元の違う悲しみも湧き上がりそう・・・・・・。
冒頭で記述したように、伝えると決心した以上、また事を伝えた以上、ここから先が事情を伝えた私の責任の示し方でもあるのかなと思い直す。
それは・・・・・・。
私の生き様を見せていくこと・・・・・・・。

・こんな、宿命を背負った以上は、私もただでは済まさないつもり。
・見苦しく命に執着することもなく、それでいて、自分は一人で生きているわけではないことも自覚しつつ、残された時間を周りへの影響を考えて過ごしていくこと。
・そして、私自身が、成すべきことを成し、最後に胸を張って天への階段を上れるようにすること。

これが、私の数少ない交友関係に現状をお知らせするにあたって、私自身を整理した結論
であろうか・・・・・・。
このあたりは、同じような状態の患者さん、特に末期の方々、おそらくは皆さん共通の悩みかとも思う。
これも、病気と向き合う者としての、闘病の一部なのであろう。
様々な状況や立場を踏まえて、決心していくのはやはり自分しかない。
恐らく、その決心については、多分、正解はないとも思える。
ただ、その結果と共に、病気との向き合い方、自分を取り巻く周りへの考え方を改めて再認識するということはいえるのかもしれない。

私は、今さらながらどんな状態、境遇の人でも、生きている以上は、ただ生きているというだけで色々な意味で責任があるのだなぁ・・・と思う次第。
この病気、色々なことを考えさせてくれる。
案外、悪い奴でもないのかもしれない。 にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
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テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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