もともとの私の持病(2)

実はもう一つ私には病歴があります。
それは、もともとの持病(1)でも、ちょっとだけ触れましたが、心臓の狭心症とほぼ同時期に、眼病も併発していたということ。

それはちょうど、先に紹介した心臓の痛みを感じた頃のとある日、左目の見え方に異常が発生したことから始まる。
どんな感じ方かというと、視界いっぱいに水っぽい感じが広がり、視界がかなり不鮮明な状態になってしまった。

特に痛みや、かゆみなどの違和感はないものの、こすっても目を洗っても、市販の目薬を差しても、何日たっても一向によくならず、視界不良の状態が続く。
さすがに心臓のこともあったためネットで調べると、もしやと思われる症状を発見。

それは網膜症という病名。
素人判断ながら思い当たることがある。

それは私の血糖値の値が高いということ。
心臓のこともそうなのだが、いわゆる、このことによる合併症なのだろうか?という疑念が生まれる。

この網膜症という病気。
よくよく調べると、狭心症に負けず劣らず、なかなか怖い病気で、知るにつれて徐々に恐怖心が湧き上がってくる。

そのためすぐに、ちょうどタイミング的にも心臓のことがあったため、専門医のところに駆け込んだ。
そして、心臓と眼の不調を同日同時に訴えたという流れになる。

「ひとつ、ひとつ、かたづけていきましょう!!」という力強い主治医の言葉に励まされ、まず心臓については先に投稿した通り。
しかし、この目については、同じメディカルビル内にある眼科クリニックを紹介される。

そこで何種類かの検査を次々と受け、この眼科主治医(この主治医は後の手術も執刀、現在も尚、3か月に一度の経過観察でお世話になっている私の恩人)に診断されたのはやはり、予想通りの網膜症という病名。
しかも増殖性網膜症という、かなり進行した状態で、場合によっては失明する危険性もあると、これまた恐ろしい宣告を受けることに。

これには、その場で戦慄を覚える。
その日は、同時に、心筋梗塞狭心症のことも宣告されているのだが、この失明の危険性があると言われたことは、正直なところ心臓のことよりも、もっと衝撃的であった。

私の診断結果が告げられる時、クリニック内の看護師さん5~6名全員が私の後ろに整列し、じっと見守られていたシ-ンは今も鮮烈に記憶の中に焼き付いている。
当然ながら、付き添っていた家内の顔面も蒼白。

この日は、一日のうちに、心臓と眼、それぞれにかなり深刻な宣告をされた。
この網膜症について手渡された資料の画像から一部抜粋したものを以下に掲載してみる。

<眼球内網膜の状況(これは資料の画像で私の実際の画像ではありません)>
正常な状態の眼球内網膜増殖性網膜症の状態の眼球内

網膜症とは眼内の毛細血管の先端が詰まって新生血管が発生し、この血管が切れて出血という眼底出血の状態になり、そのことにより網膜が引っ張られてはがれてしまうという状態なのだそう。
その網膜症にも段階があり、単純型前増殖型増殖型というのがあるらしく、私の場合は、その最終段階の増殖型(性)網膜症という診断をされたということになる。

こちらもやはり、心臓と同じく血管の目詰まりが要因ということ。
心臓と眼。

本来なら命に直結する心臓の方が恐怖心は高まるはずなのだが、先にも述べた通り、やはり悪い症状が常態化していて、脳に近い器官ということでもあるせいか、私にはこの眼の症状の方が精神的ダメージが大きかった。

日を改めてすぐ、眼科主治医が手がけた処置はレーザーによる網膜光凝固術という治療。
これは、眼球内の新生血管の切れている部分にレーザーを照射し、出血部分の血管を焼きつぶし出血を止めようということ。

眼にレーザーを当てるって・・・・・・。
これは、日帰りでできるとはいえ、説明を聞いているだけでかなりの恐怖を感じる。

正確には眼の内部の凝固斑と呼ばれる個所を焼きつぶすことになるのだが、その処置のイメージと装置を以下に示してみた。
装置には頭を載せる台があって、頭部が動かなくなるようにベルトでガッチリと固定される。

さらに、台座から握り棒のようなものが付き出ていて、実施時にはこれを握りしめて体を支え、その衝撃から耐えるためのものがある。
これ、施術者の手元が狂っちゃうと大変なことになりそうなのは、素人でも見ただけでわかる装置。

 <網膜光凝固術装置>      <眼球内部の治療イメージ>
     

そして、一回につき何発かレーザー照射を眼球(正確には眼球内部)に打ち込まれるのだが、やってみると、実はこれがまたものすごい衝撃。
これは何度やっても慣れることはなく、軽度ではあるもののチクチクといった痛みが感じられる。

しかし、その痛みもさることながら、やはり脳に近い器官にレーザーが直撃するという、その衝撃に頭そのものを撃ち抜かれたかのような感じに襲われる。
毎回、終わった後には、そのあまりの衝撃に全身に力が入ってこわばってしまい、足元もフラフラして歩くのもおぼつかない状態になった。

これを私は、最初に症状の出た左目に対して7回、その半年後に再び発症した右目にも(後述)4回実施する。
ちなみに、焼きつぶされた血管は二度と復活されることはなく、眼内はまるでクレーターのようになっているのだそう。

当然ながら、わずかではあるものの視力には影響する。
でも、この犠牲を払ってでも、新生血管の暴走を止めねばならないというのがこの治療法の考え方なのである。

一応、治療が治療でもあることからか、一回の治療後は3~4週間の間を置いて実施していく。
しかし、このレーザー治療にて、網膜症が完治するものでもなく、私の場合、次なるステップに移行する。

それは網膜硝子体手術という、眼にメスを入れるという、これまた次なる恐怖が立ちふさがる。
これは、超怖い・・・・・・・。

今度は、眼科主治医と提携のある大きな病院での、約2週間の入院をともなう。
手術は局部麻酔のため意識はあるが、眼球は何やら色々な液体で覆われてしまうので周囲の様子は何も見えない。

しかし、術中の作業の様子は、角膜や水晶体を通さずに、直接網膜で感じて脳で認識できるという不思議な体験をした。
その手術の概要を右図に示すが、単純に言うと眼内の不純物を取り除き、むくんで眼の壁から浮き上がりつつある網膜をできるだけ元に戻すという処置。

もちろん、100%元に戻すことはできないが、できるだけのことをするという治療目的。
術中の痛みはほとんどないが、眼をグッと押されるようなイヤな感じと、色々な手術器具が私の目の中で作業している状況が、目で見るというよりも、脳で見ているというような、幻想的でもあり、ある意味神秘的な不思議な体験をする。
とりあえず手術は無事に終了したが、実はその後が大変。

とりあえず、この時はまだ無事な右目で、治療した眼を鏡で見たが、モ~、これは、これ以上ないというほどに眼が血だらけ。
率直に「これ!!どした!!」という感じで、おそらく気の弱い人は正視に耐えられないかもしれない。

さながら、ホラー映画の状態なのである。
しばらく、この血が消えるのと、一応は外科処置を行っていることから眼の腫れが収まることや、眼圧の正常化までの様子を点眼をしながら経過を観察していくのだそう。

眼球内にもまだ血が舞っているとのことで、眼の中央にあたる黄斑部に血がたまらないように体を水平にすることができず、しばらく(2~3日間)はベッドに角度(30度から15度くらい)をつけて過ごすことになる。
この黄斑部に血がたまってしまうと、なんと視力を失うらしい。

これには、体勢維持にも、結構な緊張感に襲われる。
24時間、ずっと姿勢を楽にできないため、腰にも負担がかかる。

そして、毎日毎日、視力の検査をするのだが、術後3~4日はもう見えるどころの話ではなく、見た目にも「手術失敗したのでは?」という不安に襲われ、付き添いの看護師さんにも相当心配をおかけすることに。
それでも、なんとか無事に眼内は落ち着きだし、視力もどんどん回復する。

しかし、網膜自体へのダメージはやはり残ってしまい、結果として物の見え方のゆがみが後遺症として残ってしまった。
当時の左目の見え方を、残された正常な右目を頼りにどんな状況かを画像処理で再現してみたのが、PCの古いフォルダの中で見つけることができた。

その再現画像が以下。
今でこそ、何年もかかって網膜も回復し、かなり正常に見えるようにまでなってはいるが、術後3~4年の間は、こんな状態がずっと続くことに。

      <手術直後の目の見え方イメージ>


日常生活においても、平行感覚、立体感をうまくとらえることができない。
さすがに人の手を借りなければ生活できないということはなかったが、それでも職場のパーティションに肩をぶつけるというのはしょっちゅうのこと。

また、私の住んでいるところは思いっきり雪国でもあるため、冬場の真っ白い道路の凸凹感が把握できない。
陽の当たり方によっては、段差がわからず足を踏み外したりバランスを崩すことにも悩まされる。

車の運転は、一応、視力だけはなんとか両目で1.0くらいはでることはでるため、免許の更新は無事なされる。
運転も光の加減で見えにくくなる時があるが、そういう場合は右目をメインに使えば、そう不自由なことはなかった。

しかし、やはり冬道の場合、雪で道が狭くなっている場所では、雪の壁と車との距離感がつかめず、雪壁をこすってしまうことも。
当然、夜の運転は完全に辞めた。

とりあえずは、失明の危機は逃れたとはいえ、この状態にはさすがにしばらくの間は気落ちもする。
しかしこれも、「最悪の事態を回避できたのだ・・・・・」と想うことにして、なんとか気持ちも立て直した。

でも・・・・・・・・。
その矢先に、今度は右目も同じ状況になってしまった。

左目の手術後、およそ半年後のことである。
この時の心境は、「もうどうにでもなれ・・・・」という感じ。

心臓の方は少し落ち着いてきていた頃とはいえ、次から次へと、こうも悪しき症状が出てくると、さすがに参ってもくるし、精神的にも疲労を覚える。
レーザー治療のところでも少しだけ触れていたけれど、この右目には4回のレーザー治療を実施

そして、やはりこの右目も、硝子体手術を実施することに。
同じように2週間ほどの入院。

この右目の場合は、幸いにも左目の時よりも状態がそう悪くもなく、術後の一時的なダメージはそれなりにはあったけれども、見え方に支障の残る後遺症はなかった。
一時は、両目とも不自由になるのかと覚悟もしたが、おかげさまで目の不自由さは左目だけにとどまり、相変わらず右目でカバーするという状態は、なんとか維持できた。

しかし、この左目のゆがみは、網膜自体が眼内で落ち着いていないことによるものであるため、眼鏡等での矯正はできない。
また、色々な書物やネット情報を見ても、こうなってしまった以上、回復は望めないというのが定説のようなのである。

それでも、人体というのは不思議なもので、脳がそのアンバランス感を補正するのだろうか。
数年の時間経過の中で、その状況が徐々に不都合に感じなくなってきたのである。

おそらく、見え方自体は変わっていないのだろうけれども、脳の認知がそのゆがみを補正して捉えるようになってきたようなのだ。
まあ、俗に言えば、慣れてきた・・・・・ということであろうか。

ところが・・・・・。
術後7~8年経過した頃であろうか、いつもとは違う特殊な眼内検査を実施したおりに、網膜がちゃんと張り付いて回復しているいるということが確認された。

おぉ・・・・・・。
これは奇跡なのか・・・・・。

どうやら、脳内補正ということだけではなく、どういうわけか網膜自体がかなりの回復を見せたということのようなのだ。
ここまでくるのに、かなりの時間を費やした。

そして、今・・・・・・。

最初の初診から、既に十数年を経過しているが、当初は2週間に1回の眼底検査が、1カ月1回にとなり、この原稿を書いている現在では3カ月に1回という状況。
さすがに経過観察は相変わらず継続ということではあるが、あれ以来、眼底出血もなければ、特に様態の変化もない。

むしろ、夜の車の運転もできるまで回復し、ほぼ日常生活では問題がないところまで来ている。
これは、率直にうれしい。

心臓の治療に加えて、この眼の対処についても、私自身としてはこの当時、これほどの大ごとの病気を患ったのは初めてのこと。
とまどいと不安、時には恐怖とも闘いながら、今となっては様々なことを学んだという想いで一杯の体験である。
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テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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