なんと、腫瘍マーカーが!!

2016年8月頃のこと。
あれ以来、淡々と相変わらずのペースで癌治療を継続中。
さすがに、これだけ定期的に病院に通っていれば、特にKY病院については滞在時間も長いだけに、徐々に各所のスタッフさん達とも顔なじみになってくる。
最初の採血後の近況確認をする看護師さん達は、すっかり私の顔を覚えてくれているとみえて、私の名前を呼ばずに近寄って来て声をかけてもらうほどになっている。
ただ、建前上の本人確認はしなければならないため、形式上での名前は確認されるのだが、実態はもうほとんどお馴染みさん扱い。
特に、毎回状況を見守るように確認してくれる看護師さんがいて、やはり私の場合、年齢的なこともあってのこの状態のため、それとなく気を使ってくれているのがよくわかる。
話を聞くと、この方のご主人も私と同じような状況らしく、他人事には思えないらしい。

また、化学療法室のスタッフさん達も、いつもいつも副作用に関して、すごく気を配っていただきながら、毎回テキパキと点滴をしてくれる。
ここでは特に4時間という長い時間の滞在のため、お忙しい合間をみながら、ちょこちょこ話しかけてくれて、こちらも私の闘病を見守ってくれているという様子。
どちらのスタッフの方々も、とてもありがたい接し方をしてくれていて、私にしては、ほぼ毎週金曜日(2週続けて1週休みというサイクル)の通院が、ほとんど気持ち的な負担を感じずに続けられている。
こういう仕事をしている人達って、本当に頭が下がる思いでもあり、心より感謝の気持ちで一杯となる。
私自身も、人と直接深い対面をしていく仕事なので、この方々の執務姿勢には見習うことも多い。

さて、こんな状態が続く中、珍しくいい展開が降って沸いてきた。
それは、温熱治療で通っているHW病院のA医師から、腫瘍マーカーのデータが示されたこと。
なんと、この8月にきて、マーカーの数値を示すグラフでは、急激にその数値が下げっていることが確認された。
以下にその時の、資料を掲載してみた。
小さくてわかりにくいかもしれないが、画像をクリックすると大きく表示されるので、興味のある方はご確認いただければと思う。

         <腫瘍マーカーの変移グラフ>
 
私の癌の場合、CEAという値と、CA19-9という値をみるものらしい。
これは癌の発症部位によって違うみたい。
このマーカーの値は、あくまでも参考値という断りがあるものの、癌の状態を見る目安として確認はできるとのことで、その数値の変移を説明される。

それによると測定はこの年の2月、4月、8月となっている。
そして治療当初の2月ではCEAが1608.2とあり、正常な人の値は0~5という範囲。
CA19-9については22048.6で、こちらの正常な人の値は0~37という範囲。

私にしては、この腫瘍マ-カーの数値は、この癌を宣告されて以来、初めて目にするもの。
実際のところ、この数値の意味する知識はほとんど皆無なのであるが、このCEAとCA19-9、それぞれの2月時点の数値がいかに異常な状態だったかくらいは、さすがに手に取るようにわかる。
これは・・・・・・・。
本当にいつ死んでもおかしくはなかったのではなかろうかとも思われ、一瞬、今更ながら戦慄すら覚える。
だから、あの超クールなKY病院のM医師でさえ、治療当初「早く治療を!!」と焦っていたのであろう。

この数値に驚愕しながらも、4月には一気にCEAが201.6、CA19-9が3916.7と急降下。
さらに、この8月の値が、CEAが23.3、CA19-9が504.1となっていた。
まだまだ正常値にはほど遠いが、あの最初の頃からの異常値と比べると、抗がん剤治療は成功しているとみていいのだろう。
正直なところ、例え参考値とはいえ、この事実にはもう祝杯もの。

ただ、それでも決して油断できないとみえて、この数値を以てしてもA医師も手放しで良い経過ということではなく、冷静に「経過を見ていきましょう・・・・・」と言わしめるのが、この癌の恐ろしさなのであろうか。
こんなものでは、根本的にダメージを与えたということにはならないということなのであろうか。

ただ、それでも、あの4時間点滴直後の虚脱感を耐え、温熱療法の熱さに堪えていたこの半年あまりのことを思い出すと、私にしては、それはそれは感慨深いものがある。
それはそばで私の状況を見守り続けてきた家内もそうであろう。
家に帰って家内に告げると、当然ながら喜び、本当にここ久しぶりに我が家に明るい空気が流れた。
本当にKY病院・HW病院の各関係者の方々には、治療や精神面の両面で支えていただいていることには感謝の言葉以外見つからない。

ただ、こういうデータがどちらかというと補助的に利用しているHW病院から出てきて、メイン治療のKY病院からではなかったことにはやや違和感を持つ。
このKY病院のM医師は、的確な診療と治療計画を立てているという実感はすごく感じるのだが、基本的に必要最低限のことしか話をしてくれない。
こちらから質問をすれば答えてはくれるが、大体が、結果をズバっと言って終わり。
そのため検査結果を書面で渡してくれるわけでもないし、机上のPCモニタに映ったものをチラチラ見せながら淡々と(ホントに文字通り淡々と)説明してくれるのみ。
これはこのM医師の何かポリシーがあるのかもしれないが、情報量としては少し物足りなさをいつも感じてはいるところ。
聞けば答えてくれるとはいうものの、やはりこの手のことは聞く側にしてもかなりの勉強が必要でもある。

まぁ、色々と諸事情はあるのかもしれないが、こういうことも踏まえて複数の病院を同時利用するということは、いいことなのかもしれない。
なんにせよ、このブログ内でも初の朗報の投稿。
私の癌闘病で、もっとも良好な時期だった期間が、この頃から始まることになる。
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テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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