やはり抗がん剤は味方ではなかった!!間質性肺炎発症!!

2017年7月14日のこと。
この日、いつもと同じように抗がん剤治療の日。
前の投稿で記載したように抗がん剤の薬が1種類となって、治療は非常に楽になっている。
しかし、肝心の癌への抑制効果は?と気になるところはあるものの、今のところは大きな変化もなく、相変わらず良い状態で癌の進行への抑えは効いている様子。

しかし、ここでとうとう、味方のはずの抗がん剤のほうから、ついに牙を剥かれることになる
それは・・・・・。
間質性肺炎
抗がん剤の副作用の一つとして、肺炎を起こす可能性があるということは、最初の導入前の時点で聞いてはいる。
でも、まさか、こんなタイミングでこんな状態で、それが現れてくるとは予想だにはしていなかった。
私のイメージでは病棟のベットで横たわった状態で、徐々にこういった病気がやってくるものだとばかりに考えていた。

予兆らしい予兆といえば、この日の1~2週間前くらいから微熱が出ていた。
しかし、体温もだいたい37℃をちょっと超えた辺り。
それほど高いというわけでもなく、特にこれといって何も支障もないため、一過性のものと考え放置。
でも、この微熱も連日、続くこととなり、さすがに少し気にはなっていた。
そして、職場で時々、異様な寒気がするようにも。
暑がりの人が多い職場なので、エアコンの効き過ぎかとも思ったが、これは何かあるのかも?と。
ただ、それ以上、日常的には特に支障もないため次の治療日まで、様子をみていたところ。

そこでこの日、主治医のM医師に状況を訴える。
すると「CTを撮ってみましょう」と、いつにない反応。
CT室では、この日の予約もなく飛び入りの撮影のために、結構、待たされる。
そうそう、私の場合、腎機能が不調のため、もうこの頃には造影剤を使用しないで撮影するのが常となっている。

そして、その撮影結果にて、とうとうその間質性肺炎という病名を宣告されたということ。

なんでもこの間質性肺炎とは、通常の肺炎よりたちが悪いらしく、悪くすると死に至るとも。
また、死の宣告か・・・・・・・。
一瞬、戸惑いもしたが、その言葉を出された以上は、こちらも身構える。

M医師曰く、すぐに入院が必要で、治療期間はわからない。
「基本的に長くなります。早い人でも、最低でも一か月は見込まれます」とのこと。
もちろん、抗がん剤の治療は中止
治療の主体は抗生物質とステロイドの投与
ステロイドの副作用として、血糖値が上がること。
私の場合、もともとが血糖値調整が必要な身のため、インシュリンを打って調整をはかっていくとのこと。
さらに、骨が弱くなったり、胃潰瘍が起きやすい
また、感染に弱くなり、夜眠れなくなる
顔もむくみ、ムーンフェイスになる人もいるのだそう。

私自身としては軽い微熱があるのと、たまに寒気に襲われるくらいしか自覚症状はない。
特に咳や痰が出るということもないのだ。
食欲も特に落ちてはいないし、夜は相変わらずよく眠れてもいる。
そのため、私の自覚としては入院が必要な状態なのか?という感じでもある。

でも、M医師としては緊急事態並みの対応。
おそるおそる「入院は今日からですか、来週からとかにはならないですか?」と聞いてみるが、M医師はゆっくりと首を横に振り、「今日からの入院です」と答えるのみ。
今日、この後、職場へ行ってやらねばならい予定もあり、人と会う約束もしている。
プライベートでは明日から2泊3日の旅行を予定していた。
これらが全部白紙になる。

あまりにも突然のため、「どうしたものか・・・・」という戸惑いの渦の中でもあったが、私も死という言葉が出た以上、これは観念するしかない。
全て病院におまかせすることとした。
まず家内へ連絡。
当然ながら絶句。
そして、職場へも状況を説明し、本日より期限未定で最低でも一か月というお休みをもらうことをお願いする。
関係者には業務の引継ぎもお願い。
私の仕事の性質上、引継ぎでは対応しにくいものなのだが、この状況では致し方がない。
幸いなことに、この時期私の予約対応者がほとんどいない。
ただ、この時期、私も企画の一員であるイベントが控えていた。
これについては、他のメンバーに託すしかない。
落ち着いたらまた詳細は連絡することとして、とりあえず職場へは最低限の事実のみを報告。
おそらく、職場にはこの4月に来たばかりの人間として、何が起きた!!と激震が走ったであろう。

とにかく、着るものも持ち物も、普通に通勤スタイルのまま、まさに着の身着のまま入院病棟へ連れていかれた。
入院生活として、最低限必要なものを再度家内に連絡する。
ただ、今度は、期間がわからない。
少なくても長期であることだけははっきりしている。
家と病院が近くて本当によかった。
さっそく、家内は職場の昼休みに抜け出して、状況を確認しにやって来た。
通勤用のジャケット、革靴、カバン、地下鉄のICカード、腕時計その他を持って帰ってもらうことに。
かわりに、携帯の充電器、前回の入院でとても重宝した、病室内をWi-Fi環境にするためのポケットルーター、タブレットを持ってきてもらうことをお願いする。
家内も、一通り状況を把握すると「夕方に、諸々の必要なものを持ってくる」と、すぐに職場へ戻って行く。
私自身が意外とケロっとしているためか、今回の入院はそれほどの動揺はしていないみたい。
病気の性質としては、結構な大事のようなのだが・・・・・。
そして、明日からの旅行はキャンセル。
これは楽しみにしていただけに、私も家内もがっかり。

こうして、突然の間質性肺炎の宣告を受けた。
まず、抗がん剤の中止。
期間不明の入院治療ということに相成った。
初日である今日からすぐに、病室で少し落ち着くと抗生物質とステロイドの点滴が用意された。
病室自体は、以前も入院したところなので戸惑うことはない。
ただ、あまりに突然のことで、やや明日からの展開を見失うことになる。

※これからしばらくの投稿については、この期間の詳細なメモを残していたので、このメモをもとに、間質性肺炎・入院生活に関しての投稿を続けさせていただきます。 にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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