その後の治療経過も順調!!

2016年8月頃~2017年3月下旬頃までのこと。
さて、点滴による抗がん剤治療を開始して1年が経過した。
よくぞ、ここまで無事に来られたもの・・・・・・・。
治療の経緯や採血後のデータ、私自身の体調の実感、ともにすごく順調である。

腫瘍マーカーの数値についても2016年8月の急下降が確認されて以来、その後も、ゆるやかであるが引き続き下降し、ある程度数値が落ち着いてきたことが確認された。
その頃の私の癌の測定値、CEA・CA19-9の数値の状況を以下に示してみる。
またまた、クリックするとこの表は大きく見ることができる。

        <その後の腫瘍マーカー推移グラフ>

2016年の8月以降、同年10月15日、同じく12月10日、年が明けて2017年3月11日といった測定値が載っているが、わずかながらも見事に数値が下がり続けているのがわかる。
腫瘍マーカーはあくまで参考値とはいいながらも、こういう推移の傾向を見ると、そこはやはり安堵感は大きくなる。
これについてはKY病院のM医師も、相変わらず特に資料は出してくれないが、ここの病院での測定値も腫瘍マーカーの下降は認めており、M医師も「抗がん剤が効いていますね!!」と言わしめている。

これは、さすがに治療の経緯を冷静に見続けていた私も気分は舞い上がる。
それは家内も同様。
すっかり表情も明るくなり、家の空気もかつての空気を取り戻したよう。
以前の投稿でも述べているが測定当初の数値は本当に絶望的
生きているのが不思議で、どこかの医師にも言われたが、いつ何時何が起きても不思議ではない状況だった。
それが今や、まだまだ正常値ではないものの治療の成果が出ているということに、こんな私にもある種の奇跡というものが起きているのかと思うところ。
素直な喜びと、もう何度も何度もお伝えしているが、すべての皆さまへの感謝しかない。

この状況から、当然ながら職場での働きぶりも快調そのもので、病気前とまったく変わらないパフォーマンスが発揮できている。
私の事情を知っている人たちも、もはや私を病人としては見ていないようだ。
ただ、時々、抗がん剤治療日の金曜日に休まざるを得ないのは致し方なく、私の事情を知らない人達には、この定期的な休みについては不思議にも見えていることであろうか。

私のところに毎度お見えになるお客さんにも、私の病気のことは一切伝えていない。
ただ、お2人だけ、私の様子が普通じゃないと見抜かれて質問攻めにされた挙句、事情を話してしまった人がいる。
これは、人を見る目が抜群に優れていた人と、友人に私と同じような人がいると言う人達。
この方々についても、大変申し訳ない中、ものすごくご心配いただき心苦しくもあったが、今の私の快調ぶりにはもうそのことは忘れているかのような付き合いをしてくれている。

病院スタッフの人たちも、いつも淡々と作業をしながらも、私の様態についてはかなり気にしてくれている。
「〇〇さん(私の名)、本当に頑張ってますよね・・・・」といった言葉をかけられるようになる。
私自身、あまりがんばっているという意識はないのだが、看護師さん達にしてみると、この治療も1年を超えてきていることから、自然とそう思えているのかもしれない。
いや、多くの患者を目にしているスタッフの方々にとっては、私の状況は悪くなる以外に考えられなかったのかもしれない。
そういう意味では、M医師も私のケースはレアケースとして、なにがしかの記録として残しているのであろうか。

化学療法室のスタッフも、もう私はすっかり常連化していて、私の日常の体調のことはもちろん、仕事のこととかについても、治療中気軽に話しかけてくれる。
この部屋を利用している患者さん達も、定期的にいつもいらっしゃる人達もはっきりとしてきている。
でも、そんな中で私は圧倒的に若い。
おそらく最年少なのであろうか・・・・・。
病気発覚当初の入院時には、病棟内に私と同じような色の点滴袋を下げた若い人の姿もチラチラと見かけている。
どういう状態なのかはわからないが、明らかに抗がん剤の点滴と思われる人で、その若さにはなんとも形容しがたい気の毒さと不条理さを感じたもの。
でも私は、ほぼ1年近くここの化学療法室に通い詰めているが、皆さんご高齢の方たちばかりであり、私より年下と思える人は、この時期までについぞ一人も見かけることはない。

毎度、点滴のセット前に確認されるのが、副作用のこと。
でも、このことに関しても、「〇〇さんは、副作用に悩まされなくていいですね・・・・」という言葉も多くかけられるようになっていた。
ある時、あるスタッフさんから、「〇〇さんだから言いますけど、〇〇さんが使っているシスプラチンって結構副作用に悩む人が多いんですよ~」とのこと。
言うと、意識しちゃって悪くなる人がいるので、今まで黙っていたのだそうだけれども、多くの方は吐き気と食欲減退にみまわれるのだそう。
でも私は、いつもそのことについては「問題なく食べてます」と答えてもいた。

ただ、その言葉で少し思い返してみると、確かに抗がん剤の点滴当日の夜は、不快感がないとは言えないことが思い出されてきた。
しかし、私はこの不快感を感じながらも、まったく食欲が落ちることもなく平然と過ごしていた。
そのため、私本人としては、まったく副作用としての実感がないということだけなのかもしれないということ。
ある時、そのことをスタッフさんに話してみて、「この不快感は、若い頃によく経験した二日酔いに比べたら、不快感だということでさえ気が付かなかった・・・・」と伝えると、スタッフさんも大爆笑。
「不摂生の経験もこういうところで役に立つんですね」と言葉を重ねると、さらに笑いが続くということも。

なんとも、これでいいのか?と思えるほど、ほのぼのとした状況である。
この頃が私のがん闘病の一番いい頃。
本当に「私は癌なのか?」と錯覚してしまうほど能天気なこともしばしば。
でも・・・・・・・・。
癌の真の恐ろしさを身をもって知るのは、このしばらく後のこと。
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ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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