病魔の足音・・・・・

2015.11.28(土)のこと。
例の電話による、エコー検査の当日がやって来た。
やはり、あれだけ逼迫感の強い対応をされると、不安に思わないはずはない。

今日のこの日までは、それはもう、落ち着かない日が続いた。
それと、あの電話の通告があって以来、体調にも変化が出てきた。
とにかく疲れやすい。
これはまぁ、ここ数か月前から少しずつ感じていたことでもあるのだけれど、あの電話以来、仕事から帰ってきたら、まず、すぐにベッドに直行。
夕食前までのわずかな時間で横になり仮眠。
夕食後は入浴前までまた同じ状態。
入浴後はさすがに起きていられるが、ほぼ毎日こういう状態が続いた。

それまでは、全く何でもなかったのに。
あの電話が引き金なのか?
少し風邪の気配もあったせいだろうか?
それとも精神的なものなのか?
食欲もガックリと落ち、まともに一食分を食べることができなくなる。

当然というか、体重も激落ち。
この一か月半位の間で、気がつくと6~7kgの体重減である。
私の体質的にはダイエットは大歓迎で、ある種ダイエットの成功かと喜んではいたものの、今さらながら、このやせ方はどうみても健康的ではないのかもしれない。
職場でも、午後になると疲労・倦怠感が表に出ているようで、私本人は何食わぬ顔をしているが、まわりの人からは「大丈夫ですか?調子悪そう・・・・」と声をかけられてもいる。
今のところ業務に大きな支障はないが、あの電話の緊迫感とこの日常の私自身の変化は、大きな不安要因以外の何物でもない。
それにしても、なぜ?
ほんの数日前までは、なんてことのない、普通の日常だったのに・・・・・。

そうした日常を過ごしながら、その検査当日を迎える。
連絡のあったM記念病院に着くと、いつもの定期健診とは違う来院目的なのだが、特に指示を受けていないため、いつも通りに受付を済ます。
そして検尿のため、トイレへ直行。
しばらく待合で待っていると血液検査も、これまたいつも通りの流れで、自らの診察番号が呼ばれる。
採血が済むと、超音波エコー室へ行くように指示が出される。
検査は事前に予約されているため、スムーズに検査開始。
検査自体は20~30分くらいだろうか、何事もなく終了。

検査が終わると、待合室へ戻るように告げられ、しばし待っていると私を呼び出した医師(K先生)の診察室の前で待つように指示される。
しかし、ここからが長い。
周りの診察室は、どんどん患者が入れ替わるが、私はなかなか呼ばれない。
挙句に、私より後に来た患者が先に診察室へ入る始末。
やや、イライラもしてきた。
単に、待たされるというだけではなく、不安要因の解明にジリジリと時が刻まれるのは、ある種、身を切られるようでもあり、なんとも言えない嫌な時間が過ぎている。
そして、やっと、私の診察番号が呼ばれる。
「失礼しま~す・・・・」と、入っていくと、私の検査結果に異常を認め、看護師に呼び出しをかけさせたK先生(外部からの非常勤医師)が担当だ。
女性の医師である。
年齢は30代後半~40代前半位であろうか。
初めてのような気もするが、前に診察を受けたことがあるだろうか?
自己紹介がなされるが、心なしか、雰囲気が堅い。
一応、自己紹介をしてくるくらいだから、おそらく初めてなのだろう。
「どうして、今日、呼ばれたか・・・・」と、お説教をする学校の先生のような話の切り出しに、やや違和感を覚える。
こちらも、待たされていた時間が長かったせいもあり、やや疲労と不満の表情をしていたかもしれない。
だが、話はいきなり核心に触れていく。

11月14日の検査結果で、肝臓の数値が異常に高いということから、話がなされる。
検査結果を見せられるが(下図)、なるほど今までにない異常な数値。
<2015年11月14日の検査結果>

この数値が何を意味するのかは、これから話があるのだろうが、素人目にもかなりの異常事態であることは容易に想像がついた。
先月までは全く異常がなかっただけに、若干のパニックと警戒心に全身が包まれる。
K先生もかなり身構えた感じで、先ほどのエコー検査の結果の説明に入る。
結果からいうと、かなり悪い状態であるとのこと。
私の顔色を見ながら、ゆっくりと慎重に、一つ一つ言葉を選びながら、胆嚢に9㎝位のできものができているということの説明。
これは、至急、専門の大きい病院で、もっと詳細な検査が必要とのこと。
とにかく、悪いものであるらしく、癌の可能性もあるとまで言い切られる。
あまりにも唐突で、正直、私は自分のことを言われている気がしなかったが、【癌】というワードが出た以上、全身に緊張が走り、正直なところ、さすがに動揺は隠せない。
しかし、外面的には、取り乱すまいと平静を保ちながら、なんとか冷静さを維持する。

そして、本日の血液検査の結果も、とりあえず肝臓の値だけを緊急で早く結果を出してもらったようで、その結果(下図)も見せられる。
・・・・・・・・・・・・。
もっと、悪くなっているじゃん・・・・・・・・・。
<2015年11月28日(当日)の検査結果>

呆然自失となりながらも、自然、私の口から出る言葉は、次に「何をすればよいか?」の一言に尽きる。
その答えは、繰り返されるが「大きい専門の病院で詳細な検査を・・・・」とのことのため、私もそうはいってもどこの病院がいいのか?戸惑う。
K先生に聞いてみるが、医師の立場から「ここの病院で!!」という特定の病院を名指すこともできないのであろうか、少し対応に躊躇があるみたい。
それでも「今、循環器で定期検診を受けているJ病院でも消化器内科は評判がいいし、私(K先生)のいるH病院、それから、もう一つの通院歴のあるT病院もH病院との行き来もあるため、消化器内科はいい・・・・」と、いくつか候補をあげてくれた。
この場で、病院を決めるのもどうかとも思ったが、K先生は手紙を書きたいということもあるようだし、事は急を要すようだ。
どうせ、病院を決めても予約がすぐにとれるわけでもあるまい。
このK先生の「H病院との行き来きがある・・・・」という言葉もあるし、職場のすぐそばということからも、私はとりあえずT病院へ行く決心をした。
K先生は「では・・・・・、T病院あての手紙を作りますから・・・・」ということに。
そして、話の大筋の流れは終わったものの、とにかく、急いで検査に行くようにと、しつこいくらい念を押される。
さらに、先のエコー検査技師からの検査結果報告にも相当悪い可能性があるとのメモが添付されていたことなども伝えられる。

「なんだよ、ほぼ癌宣告間違いないじゃないか・・・」と、私は内心思う。
しかし、努めて冷静に振る舞う。
いや、正直なところ、かなりの衝撃を受けるには受けたが、まだ現実感が伴っていないというのも実際のところ。
でも、前回の検査に引き続き、今日の血液検査でも数値は異常値を示していることが客観的に確認できた。
そして、今回のエコー検査の結果は決定的だ。
時間の経過とともに、私にも幾分、現実を受け止める覚悟が少しずつ出てきた。
それでもK先生は、私のメンタルを心配してくれたのか、私の顔色を見ながら「だいじょうぶですか?」と一言。
私は、なんと返して良いかわからないため、とりあえず「ええ・・・・」とのみ。
とりあえず、本日の診察はこれで終了。
私は最後の最後まで、とにかく平静を貫き通した。
その後は、半ば呆然としながら待合室で会計を待つ。
いつもの見慣れた待合室なのだが、「今までにも、こんな心境でこういう場所にいる人もいたんだろうな・・・・」と、今まで考えもしなかった想いにかられる。
そして、先生からの手紙を受け取り、会計を済ます。

本日は処方はない。
このまま、まっすぐに家へ帰るのだが、まずは家内に以下の文面でメールを送信。
「今、病院終わって帰るとこ。帰ったら詳しく話すけど、大きい病院で精密検査が必要だと。良くない状況も考えられるのだそう。」
とりあえず、今の時点でいたずらに心配もかけられないため、文章を選びながら、これだけ送信するのが精一杯。
後は、帰ってから、じっくりと話すことに。

実は、能天気に、帰りに何か食べて帰ろうかと思っていたが、さすがにそんな気にはなれない。
冷静を保つとはいえ、やはり衝撃は大きい。
周りの風景がTVの中の映像のように勝手に動いているような、まるで違った風景に見える。
自宅近くの地下鉄駅まで、どうやって帰って来たのかあまり覚えておらず。
帰り道にコンビニで、それでも「何か食べなきゃ・・・・」と、レンジでチンの”そば”を買う。
ホントは、ここのところ食欲がないため、何か食べるにしても食べられそうなものをよくよく選ぶ始末。
今の気分では、この”そば”でさえ危うい。
家で、さっそくレンジでチンして食べてみるが、やっぱりあまり食べられない。
ここのところの体調のせいもあるし、この気分である。
なんとか麺を、半分とちょっとを食べきり、後は具もろとも全部廃棄。

家内が仕事を終えて帰ってくるのは夕方。
帰ってきたら、何をどこからどうやって説明しようか・・・・と、もらってきた手紙の封筒を眺めながら頭を整理する。
夕方、家内は帰ってくると、真っ先に私の前に飛んできた。
とりあえず、今日の状況を丁寧に説明。
申し訳ないが、不安を与えてしまうのはしようがない。
隠しておける話でもないし、ありのままを正直に話す。

この時は、それでも私も家内もまだ本当の意味での現実感はないのだろう。
家内は「まず、とにかく、大きい病院へ早くかかろう!!」と、自分自身にも言い聞かせるように一言。
今日はもう無理として、週が開けたらすぐにT病院へ予約の電話を入れることに。
そして、病院には家内も同伴するとのこと。

私も、家内に話したことで、少し気持ちが楽になった気がする。
普段の私は、あまり人に依存する方ではないのだが、前の病気の時もそうだったが、やはり、こういうことに関しては、一人で抱え込むのはツライということなのだろうか・・・・・・・・・。

こうして、衝撃の展開の幕が上がったようである。
私の闘病記、ふたたび・・・・・・・。
今度の敵は、大きそうだ。
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ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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