入院生活:前半編!!

2018年4月2日(月)~4月3日(火)のこと。
今回の入院は1週間くらいとは言われていたものの、実際には4月6日(金)に退院することとなる。
実質的には4泊5日という期間。
そのため、今回のこの入院のことは、この病院滞在としての、この正味4日間の様子を前半部・後半部とに分けてまとめてみたい。
今回は、その入院当日から2日目までの前半部。

入院決定までの当日の様子は前の投稿で記載した通り。
実際の治療については、病室で落ち着いたらすぐに点滴の嵐。
ひとつひとつは覚えていないが、退院した時に渡されたお薬手帳には、

・ビーフリード輸液(1L)
・スルペラゾン静注用1g 生食100mL
・強力材ミノファーゲンシー静注20mL
・ミラクリッド 注射液5万単位
・ヘパリンNa注1万単位/10mL
・ヒューマリンR注100単位/mL


というのが記載されていた。
もっとも、この4日間の入院期間中のすべての投薬の一覧だと思われるのだが、実際にはこの入院前半部にほとんど投与が集中していたため、おそらくこんなのが、とっかえひっかえ私の体内に入れられていたのであろう。

入院初日の時点では、もう既に痛みもなく、ただ食欲がないということと、やはり体のだるさは少しばかり残っていた。
ただ、病院へ入院したということでの安心感もあるのか、病室に入るとこのだるさはいつの間にか消えてしまったから不思議。
そして、絶食の開始。
私としては初めての絶食。
食欲がない状態とは言いつつも、それなりに辛いのかな?とは思ったものの、栄養剤の点滴があるせいなのか意外となんともない。
しかし、食事のアナウンスが館内に流れても、自分には関係ないという感覚が手持無沙汰というか、なんともな物悲しさを感じる。

でも、食事も間食もダメだけど、コーヒーはOKとのことで、自販機のコーヒーを買って、口淋しさを紛らわすことに。
そして、夕方頃にはやっと色のきれいな普通の尿が出てくるようになった。
けれど、体のかゆみは全身のあちこちに、まだ残っていて、家内にこっちに来る時に孫の手を持ってきてもらうように依頼。
夕方、家内がやってきて孫の手をゲット。
これで、少しは楽になるかな?
こうして、入院初日の怒涛の一日は終了。

2日目の4月3日の火曜日
普通に目覚める。
体調的には、やはり若干のけだるさはあるものの、体のかゆみ以外、特に変化はなし。
当然ながら、朝食は無し。
空腹感の辛さはこれっぽっちもないので、いいといえばいいのだけれども、昨日と同様手持無沙汰のやるせなさ感はやはり否めない。

起床後は何をするわけでもなく、PCをいじったり、スマホをベットの上でゴロゴロしながら見ていたりと無為な時間を過ごす。
すると、テレビニュースで、こちらの地元では結構有名なラジオパ-ソナリティの訃報が流れた。
日ごろ元気の塊みたいな人だっただけに、意外な結果に正直、衝撃を受けた。
かなり個性の強い人なのでアンチも多いのだけれど、道民ではこの人の存在を知らぬ人はいないというほどの人。
私も、崇拝するほどのファンでもなんでもないのだけれど、時々、この人の発言には耳を傾ける価値のあることが多いことも認めてもいた。
先日の山下弘子さんといい、この人の訃報も、自分の今の状況が状況だけに、普段、あまり周りの出来事に動じない私が、いくばくかの動揺が沸き起こったのも事実。
昨今、色んな有名人の方も、不幸にもお亡くなりになってはいるけれど、私としてはそれほど、そのお一人お一人のとの親近感も強くはなかった。
しかし、このお二方の訃報は、まったく別格である。
さっそく、家内にもラインで知らせると、家内もかなり驚いていて、さっそく会社の人達に知らせるとのこと。

そうこうしているうちに、看護師さんから、本日予定していたMRI検査で呼ばれる。
MRI検査はこの病棟ではなく、隣の外来病棟で実施するため、近い距離だけれど車で連れて行ってもらうことに。
すると、運転手さんは、ラジオのニュースで、財務省関係のまたもや新しい不祥事が発覚したことを受け、「この国はどうなるんでしょうねぇ・・・・・」とボヤく。
私の個別事情なんかとはまったく関係なく、良きにせよ悪しきにせよ、やはり世の中は常に動いている。
このMRI検査が終わると、エコー検査も行うということで、続けて検査室に入る。

無事、MRIもエコー検査も終了し、午後はまたしてもコーヒーを飲んでやり過ごす。
さすがに、絶食2日目(厳密には日曜の朝からはまともなものは食べていない)ともなると、そろそろ食べ物が恋しくなってきた。
ただ、不思議なのは空腹だからなのではない。
生活慣習として、いつもなら当然の食事という行為がないということに、いい加減、辟易感も出てきたということのよう。

すると、M医師が病室にやってきて、今日のMRIとエコー検査の結果を伝えてくれる。
結果としては、MRIもエコーにも問題らしい問題は見つからず。
やはり、考えられるのは、胆管に石か泥みたいなものが詰まっていたのではないのかということ。
そして、痛みも一時的であったことを考えると、今は流れてしまっているのではなかろうか・・・・・・
という見解を示してくれた。
しかし、M医師の言う、直接的には癌とは関係ないとは言いつつも、私個人としては、何らかの因果関係がないはずはなかろうと思うところ。
確かに、今回の腹痛の直接原因ではないのかもしれないけれど、私の胆管や肝臓が正常であれば、こうはならなかったのでは?とも思てしまう。
なんだかんだで、遠因となっているのではないかと、私は勝手に理解することとした。

さらに血液検査の結果も良くなっているので、今晩から食事はOKとのこと。
ただし、間食はダメと、念を押される。
とりあえず明日も同じ点滴をして、明後日の木曜日に血液検査をし、また判断したいとのこと。
これは・・・・・。
なんとなくだが、入院2日目にして、早くも退院は近いかもと直感する。

そして・・・・・・・。
夕食時間に、私の食事が届いた。
おぉ・・・・・・・。
久しぶりの食事である。
ただ、目と頭では食べ物を前に浮足立ってもいるけれど、肝心のお腹の方はどうなのだろう。
ずっと、まともに胃に物が入っていなかったため、胃袋も小さくなっちゃっているのではなかろうか。

おそるおそる箸を付けて、口に含んで飲みこんでみる。
うん、なんとかなりそう・・・・・・。
しかし、恐ろしくおいしくない食事だ。
ここの病院の食事は私の経験上、他の病院食よりは数段よかったはず。
でも、今日のは何だこれは・・・・・・。
私の体調の問題なのか・・・・・・。

よくよくメニューの構成を見ると、どうやら常食ではなさそう。
何がしかの制限食として出されているようにも見える。
問題がないとはいえ、肝臓の負担を抑えるため、味付けはすべて極薄、油ものが一切ない、超・精進料理のようなメニュー構成。
また、味付けがない分、素材の味が楽しめるかというと、勘違いをしてはいけない。
ここは、料亭ではないのだ。
時間に追われて大量生産をしている環境の中で、そんな願望はもはや世迷言に過ぎないということはすぐに理解できた。
だが、そんな状況なのに、ご飯の量は多いのだ。

私はこの味付けと、久しぶりの胃袋の運動量を考え、食べられるところまで食べ、およそ1/3ほど残してしまった。
久しぶりに食事がまともに摂れるのはありがたかったけれども、こういう食事なら、贅沢も言えないのはわかるけれど、あんまり歓迎できないのが本音。
今回は間食は禁じられているし、どうしようか・・・・・・。
後で家内に愚痴って、相談しよう。
すると、何か問題のなさそうなご飯のお供を、こっそり持ってこようかということで、一応、この件は落着。
今回は入院2日目で、すぐに状況が見えてきたので、前回の入院ほどのストレスはない。
こうして入院生活の前半部が終わる。
にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
にほんブログ村

テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR