入院生活:後半編!!

2018年4月4日(水)~4月6日(金)までのこと。
さて、今回のこの入院生活の後半編。
前にも述べたが、今回は短い期間の入院ということになりそうなこと、また正式な病名がはっきりとしないとはいえ、順調に回復の状況にあるらしいこと。
まさに突然のこととはいえ、今回のケースは不幸中の幸いであったといえよう。
ただ、生涯初の入院生活での絶食体験。
これにはいささか面食らってしまった。
でも、これも昨晩の夕食から解禁。

ただ・・・・・・・・・。
その食事がおっそろしくまずい。
その癖、ごはんが、てんこ盛りなのである。
私は、もともと病院食には期待をしていないため、どんな食事が出てきても、「まぁ、こんなものか」と、わりと適当にやり過ごせていた。
でも、今回に関しては、絶食の後ということも関係しているのかもしれないが、かなりしんどい。

この日、入院生活3日目の4月4日の朝食も同様。
野菜の煮物が薄味で、ダブダブに煮込んでいて柔すぎて、おいしくないを通りこして食感が気持ち悪い。
さらに朝から、鯖の味噌煮(缶詰)はいらない。
残念ながら、今回も完食ならず。
結構、残してしまった。

朝食の後は、職場へ状況報告の電話をする。
私の体調の現状報告と、今回についてはどうやら予定通り1週間で退院できそうなこと、おそらく来週月曜日から通常出勤できるのではないかというところまでを伝達した。

すると、その後は急にやることがなくなってしまった。
もう、点滴もしていないため、看護師さんもほとんど来てくれず、なんだか放置され放題。
何だかわからないまま、ブラブラ、ゴロゴロしているうちに昼食の時間。
う~ん、どうも私の入院生活って、ウンウン苦しんでベッドに縛り付けられるというよりは、こういうモタッとした生活パターンが多いみたい。

お昼のメニューも、見ただけでがっくり。
まともなのはサラダとフルーツのキウイくらいのモノで、後はとても食欲がわくものではない。
こちらもおざなりに食べて、食事は終了。

午後も、何にも変わりはなく、体調的にもまったく困っていることはない。
これが、仕事に出たらきっと何かあるのかもしれないけれども、少なくともこの病室にいる分には、まったくの健康状態といってもいいのかもしれない。
ただ、体のかゆみはまだ止まらない。

この日は、M医師も看護師さんも、ホントにまったく顔を出さずに夕方を迎える。
そして、さらなる夕食のごちそう?を前にして、ほぼ一日の流れが終了。
食後に家内がやってきて、少しばかり梅干し等のごはんのお供をこっそりと持ってきてくれた。
確かに、肝臓の負担をかけないように・・・・・という配慮なのかもしれないけれども、食べれなければ食事としての意味もないであろう。
摂取量は自己管理で加減をするとして、明日からの食事について、少しはなんとかなりそうかというところ。

一夜明けて、4月5日の木曜日。
予定では、今日、血液検査を行い、その結果を見てなにやら判定をするということは既に聞いていた。
朝の検温の時にさっそく採血をしていった。
後は、私は何をするでもない、またいつものだらけた日常の始まりである。
この日の朝食も、もう記述するのもイヤになるような素晴らしいメニュー。
ただ、昨日、家内が持ってきてくれた、ごはんのお供を武器になんとかそれらしく平らげる。
当然ながら?メインの惣菜はほとんど手つかずで残している。

食後はまたまた暇。
昨夜はなぜかあまり良く眠れなかったため、適当なところで昼寝を決め込むとしよう。
なまじ、体が順調なため、入院の必然性を感じないまま(少なくとも今は)、ウダウダと過ごすのは、これはこれで結構ツライものがある。
何の生産性もない、無為な時間を過ごしているうちにあっという間にお昼。

で・・・・・・。
この日のお昼は、ごはんではなくおそば!!
実は、このメニューはちょっとばかり楽しみにしていたところ。
なぜかというと、こういうメニューなら常食と制限食の違いもないだろうし、なにより、ごはんよりはツルツルと食べやすい。
そして、昨年の一か月入院の時にも食べた記憶もあり、もちろん、すばらしくおいしいくもないものの、そこそこ、こういう場所的には満足できた記憶もある。

ところが・・・・・・。
今回は最悪・・・・・。
もう、そばが延びきってベロベロの状態。
とても、そばとは理解しがたい謎の食べ物に成り下がっていた。
これは、昨年の実績から考えて、調理担当の腕が落ちているのか、人手不足でやっつけ仕事になってしまっているのか?というところ。
もう、泣きそう・・・・・・。

今回の入院生活の特に後半は、身体的にまったく問題もなく、極めて暇なため、もう食事にいちゃもんをつけるしかない。
まぁ、それはそれでいいことなのかもしれないが、なんだか侘しさで一杯なのも事実。
看護師さんも、朝と昼の検温くらいで、まったく顔を出さない。
だから、「本日の担当です!!」って言われても、まったく頭に残らないのだ。
お忙しい方たちなので、仕方がないのだけれども、私的には昨年とってもお世話になった看護師さん達と出会えたら、また改めて、お礼もお伝えしたかったところでもある。

などと、考えながら、お昼寝モードに突入し、うたた寝状態のところにM医師が登場。
まぁ、今回の診立てとしては前から言っていることと変わりはないのだが、明日退院ということを申し伝えられる。
これは、やっぱり私も何度入院していても、この退院を告げられる瞬間というのは、ただただ単純にうれしい。
やった!!
これで、この病室や、あの食事からも解放される。
特に退院にあたって、新たな薬の服用や、日常の過ごし方への注意もなく、淡々と事務的に退院を告げられ、私はもちろん快諾という流れで対面は終了。
相変わらず、言うことだけ言ったら、とっとと帰って行くM医師。
この医師から、おめでとうとか、よかったですね、という言葉は一度も聞いたことがない

ある意味、面白い人だ。

まぁ、それはいい。
さっそく家内のLineに連絡。
家内も、今回は本当に短くてよかったと喜ぶ。
今晩は最後の夜になるので、なにかいるものはないかと聞かれたが、それは逆で、明日退院の時に一度に荷物を搬出するのは大変なので、今日のうちにもう不要のものは持って帰って欲しいと依頼。
家内が来るまでに、私は、その荷物の仕分けを行う。
やることが明確になると、体はもっと元気になった気がする。

この後の夕食も、これまた酷かったが、明日からこれも解放されるとわかっているので、難なく食事を完了。
家内がやって来たので、明日からどこに何を食べに行こうか?と密談。
この入院前には食欲がガクンと落ちていたので、そこまで回復するのかどうかはわからないが、希望はしっかりと持とうということに。
こうして、この日の夜は無事終了。

4月6日の金曜日。
この日の朝のうちに退院手続きと会計を済ませて無事退院完了。
最後の朝食は、納豆だったので、これは難なく食べることができた。
家に帰って、また5日ぶりのワンコ達と対面。
やはり、家からいつもいる人間が一人減るだけで、相当にワンコ達も堪えるみたい。
これ、ホントに私に何かあったらどうなるんだろうと心配になる。

まずは、荷物を紐解き落ち着いたところで、職場に無事退院の報告。
この後、土日を含めて静養し、何事も無ければ月曜から通常出勤とお伝えする。
さぁ、この後は、今度は自宅でゴロゴロだ。
同じゴロゴロするのも自宅だと断然リラックス度合いが違う。
取りあえず、今日は家内もすぐに職場に戻って行ったし、このまま私はダラダラしようと思う。
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テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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