非情の宣告!!そして、癌難民へ・・・・・・・

2018年6月29日(金)のこと。
前回の診察から6週後。
こういう状況の中、6週間も治療の間を空けられるのは不安以外の何物でもない。
しかし、M医師も忙しいのだろうし、何か事情があるのかもしれないと、この日の診察を待つ。
また、前回の診察のように、いとも簡単に何気なくサラッと終わってしまうのかなとも、やや身構えての対応。

この日はCTの撮影もある。
まずは、いつものように採血。
その後はCT撮影に向かう。
撮影自体は先に待っている患者さん達もいたが、そんなに時間もかからず、あっという間に終了。
そして、外来診察室の前に戻ると、いつものように看護師さんがやってきて、近況を確認しながら血圧・体温・体重の測定を行う。
ここ最近、痛みということでもないが、肝臓の位置と思われる腹部が何とも不快感というかモヤモヤすることが多くなってきている。
決して長く持続するわけでもなく、しばらくするとその症状は消えるのだが、症状の出る頻度は少しずつ増えてきている。
そして、M医師の診察待ち。
今日は、気のせいか、ここからが少し長く待たされる。

しばらく待っていると、自分の受付番号が呼び出される。
まずは血液検査の結果として、やや貧血が見られるくらいで、腎臓も肝臓も問題がないとのこと。
ここで、少しだけ一安心。

しかし・・・・・。
ここから、今後の私の治療活動を左右することになる劇的な宣告がなされる。
それは、本日のCT撮影の画像を見ながら、肺への転移が大きくなっているとのこと。
えっ・・・・・・・・。
確かに昨年の10月の時に、肺の転移があることは聞いていた。
しかし、それ以来、何度もCT撮影はしているけれど、今日の今日まで一切話に出てくることはなかった。
おそらく、ここ最近で急に大きくなったものではないだろう・・・・・・。
いつも、横ばいだのなんだのと、曖昧かつ無難な解説で診察を済まされてきたけれども、なんで今日まで黙っていたのだろうか・・・・・。

そして・・・・・。
さらに驚くべきことも。
それは、肝臓部に今までにあった最初の原発癌(正確には胆管が原発巣)ではなく、肝臓の中心部に新たな癌の影が見られるとのこと。

さらに・・・・・・。
腫瘍マーカーの上昇も依然として続いており、もはや抗がん剤は効いていないので「服用は中止します・・・・」とのこと。
これ以上やっても、副作用の方で体を痛めてしまい、そのリスクを負っても癌を抑える効果はないという見解。
今後のことについて話を聞くと、癌細胞はどんどん進行していくのと、病院側の治療としては、もはや打つ手はないとのこと。
絶句である。
後は死ねということか・・・・・・。

このことは一番最初に入院した時に、抗がん剤の効力はいつまでも持続するものではなく(特に内服薬は)、最初は効いていても、いつかは効力がなくなると、治療全体の話としては説明は受けてはいた。
しかし、私の場合は思いのほか治療が順調(おそらく医療サイドとしても想像以上に)であったことで、そこはやはり患者の心情としては、少しは良い方向に・・・と、考えてしまうもの。
もちろん、私も決してその状況には甘んじず、完治はありえないと思ってここまできたものの、こんな形で治療の終止符を打たれるとは予想だにしてもいなかった。

さすがの私もその言葉には、一瞬、動揺はしたが、理屈的には仕方がないと理解できるほどの冷静さはあった。
私の反応としては「現実を受け止めます・・・・・」と答えるのみ。
それでも、今後、どういう展開が予想されるのかを聞いてみた
「おそらく・・・・・・」と前置きしながら、「肝臓に障害が出てきて、短期の入退院を繰り返していくでしょう・・・・」とのこと。

まだ、ストレートに緩和ケアしかないとまでは言われなかった。
ふむ・・・・。
癌への対策として、完全に武器をむしり取られてしまった。
丸腰状態である。
何も打つ手はないとなるのであれば、私は今後、この病院に何を目的に通えばいいのだろう。
私としては、動揺は確かにあることにはあったが、その一方で、冷静に物を考える余裕も残っていた。

M医師は相変わらず、事実だけを伝えたらただ黙っているだけ。
さすがに、私も少しムッとしてきた。
物事を伝える時には、その内容によっては情報の出し方、タイミング、伝え方に一定の配慮があるものではと思う。

「お気の毒ですが・・・・」とか、「ここまで頑張ってきて、残念ですが・・・・」とかの枕言葉くらいは、普通の感性を持っている人なら、一般常識の範囲であろう。
このM医師、言葉はおろか、その雰囲気や態度にも、こういう気持ちが一切見られない。
おまけに「ご家族にも説明しますので、言っていただければ時間をとります・・・・・」と、ここにきてまでも、自分の都合しか言わないのだ・・・・。

さすがに、私も今回は反撃を試みた。
「悪くなっていると、いつも口頭のみでおっしゃられていますが、何か資料としていただけるものはないのですか?!」
「ここまでくると、私も職場の人たちを始め、色々な方々に説明する責任があります!!」

と、多少語気も荒目にM医師にせまった。
するとゆっくりとした動作で渡された資料がこれ。

《2017年9月~2018年3月までの推移》《2018年4月~2018年6月までの推移》










こっ、これじゃ、わからんだろうに・・・・・。
結構、重要な局面の資料でこんな資料はないであろう。

このM医師にとっては、私とのこの2年半に亘る付き合いも、私のことはただの医療用の検体くらいにしか思っていないのだろう。
私も決して、患者に寄り添って欲しいとか、一緒に闘って欲しいなどという、そんな青臭い感情は露ほどにも持ち合わせてはいない。
あくまで、一般常識の範囲での付き合い方ってあるだろうに・・・・と、思うだけなのだ。

こういう病気の場合、病気の改善はその患者の人生に大きな影響を与える。
このM医師の感覚では、おそらく・・・・・・、本来なら半年余りで命を終えるはずの私が、予想以上に延命出来ているということについて、患者の日常生活の営みや、人体の生命力の神秘さなどにはまるっきり関心などなく、単なる薬の化学変化の効力にのみ興味があるといった感じなのであろう。

このM医師。
まぁ、一番最初に顔を会わせた時から印象は悪かったが、今までは、とりあえずやることはちゃんとやってくれていた。
特に大きな判断ミスもなく、伝達漏れなどもあるわけでもなく、医療側としての安全圏内のセオリー通りには、きちんとことを進めてきている。
ただし!!
私自身の仕事でも最も大事にしている、仕事に心を込めるという感覚はまったくない。
私もここ最近のこのM医師への感じ方が、ここまで来ていて尚、この病院と縁を切れないのは、それなりの理由もある。
それは、我が家からも非常に近い位置にあることと、このM医師のことはともかくとしても、施設全体のサービス、設備的にはしっかりとしていること。
さらに、夜間に急変があっても、緊急対応をしてくれるという保証があるからということによるのだ。
そう、患者は弱者なのだ・・・・・・・。

まぁ、とにかく・・・・・・。
今後、どうするか?ということはさておき、この中途半端な資料を受け取り、私は自宅でデータをエクセルでグラフ化した。


《2017年9月~2018年6月までの腫瘍マーカーの偏移グラフ》


















グラフ化の作業しながら、これは患者自身がやることなのか?と思うと、なんだかやるせなくなってきた。
私はたまたま、こういう作業ができるわけだけれども、私よりもっと高齢の方々なんかは一体、こういう作業をどうするんだろう?と思ってしまう。

仕上がったグラフのデータに目をやると、確かに今年の3月頃からマーカーの値は上昇し始めている。
改めて、この頃のM医師の診察対応を思い起こすと、複雑な想いはさらに強くなる。
とにかく、このグラフを持ってして、職場の管理者にも説明をしようと思う。

さて・・・・・・・・。
今後、本当にどうしていこうか。
M医師としては事前に伝えていたことで、来る時が来たのでただ事実を伝えただけという事に過ぎない。
まぁ、これはこれで間違ってもいないのだろう。
ただ、私としては、見捨てられた・・・・・・、匙を投げられた・・・・・・・という気分で一杯である。
私はとうとう、いわゆる俗にいう癌難民といわれる状態になってしまったようである。
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テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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