衝撃!!M医師の本性恐るべし!!

2018年7月4日(水)のこと。
この病気のメインのかかりつけKY病院のM医師から、あの衝撃の宣告を受け、やはり我が家には激震が走った。
私自身といえば、その宣告の場では私も人である以上、動揺もあり、一瞬、硬直もしたが、すぐに冷静さを取り戻し、今後のことについてあらゆる方面について考え始めた。
そろそろ本気で身辺の整理を始める必要があるのかな・・・・・というのと、これからはもう大きな買い物はできない
仮に必要に迫られて何かを買うことになっても、誰かに形見としてもらってもらえるものとか、その時がきたなら捨てても惜しくないものを・・・・という選択眼に変わった。
ホントにYシャツ一枚、ネクタイ一本についても、そう考えるようになった。

今後の治療についても、日が経つにつれて、私の本音としては、「もう、なるようになれ・・・・・」というのが実際の気持ちとなって行く。
もともとは、あの、病気の宣告を受けた2015年の12月21日以来、私自身はどこか自分の人生をあきらめていた感がある。
むしろ、ここまで引っ張れたこと自体が奇跡以外のなにものでもない。
そう考えると、あの鉄仮面のようなM医師についても、感謝をするところはしなければならないのかも・・・・・・と、思えるようになってきた。

しかし、それはあくまで私個人の話。
家内の場合はそうはいかない。
さすがに、しばらくの間は、意気消沈で落ち込んでもいたが、すぐに「あきらめない!!」とばかりに、またもや闘志に火がついたようである。
肝心の私をさておき、ネットにへばりついて暇さえあれば何やら調べている。
時々、丸山ワクチン、ビタミン療法、陽子線治療などという言葉がどんどん口をついて出てくる。
そして、私に読んでおいた方が良いという本の注文もした。

そんな中、家内としても一応はM医師が「家族にも説明します」と言っていた以上、直接話を聞きたいということで、この7月4日(水)に面会のアポをとった。
M医師としては珍しく、「ゆっくりお話をしたいので・・・・」と、結構な時間を確保していてくれたみたい。
この件については、私はまったく関知することなく、家内に任せた。

が・・・・・・・。
しかし・・・・・・・・。
その結果は惨憺たるものだったらしい。

まずは、私が説明されたように一通りの治療の経緯と病気の進行具合、抗がん剤がもはや効かないため、服用を辞めるという、私にした話と同じ内容。
そして、家内からM医師に色々と今後のことに質問を試みたという。
しかし、これもやはり私に説明したのと同じく、もはや何も打つ手はないという回答。

そこで家内としては他の丸山ワクチンやビタミン療法を始めとした免疫療法やら、陽子線治療などについて聞いてみた。
すると、M医師からは驚くべき言葉が発せられたという。
「あ~、それは全部デタラメで、インチキです」と返ってきたという。
これは家内が聞いたという言葉そのままの内容。

私は家内の帰宅後、その話を聞いた時に、本当にそんなセリフを言ったのか?と何度も確認した。
家内が少し表現を盛ってはいないか?をくどいほど問い詰める。
仮にも医師たるものが、ポリシーや治療方針が違うとはいえ、同業者に対して本当にそんな表現を使うのか?
私は驚きを通り越して、途方もない極致に到達した気分。
何度も家内に聞くが、どうやら本当に誇張はなく、こういうセリフを言われたようなのだ。
家内も、その非常識さにとにかく仰天してしまい、返す言葉もなく、すごすごと帰ってきたという。

これは・・・・・・。
医師だのなんだの言う前に、一人の社会人として、組織人として、業界人として、これはどう考えてもアウトであろう。
あまりの衝撃に、さすがの私もにわかに信じがたかったが、でも私に対する一連の対応を考えると、これはこれで合点もいくというもの。
私も家内も、一般的な社会人の姿勢として、この対応は到底理解の限界を超えている。
前ぶりでは、「ゆっくりとお話ができるように・・・・・」というのがあったのだが、面談時間はわずか10分にも満たない時間で終了したとのこと。
家内は、業務中の会社を抜け出してきたので、会社側からも予想より早い帰社時間で職場の皆からも驚かれたともいう。

これは、家内だから舐められたのだろうか・・・・・・・・。
家内としては、この病気の初期の段階で、他の治療法のことでM医師に単独で相談したことがある(H病院の罪・・・・・)。
その時も、そんなに感情的になったつもりはないが、やはり家族としての必死さが少し重く感じられたのかもしれない。
そして、結局はその治療法も簡単に覆されてしまったということがあったため、今回はできるだけ冷静に事務的な対応を心掛けたとという。
しかし、こんなありさまだ。

ふぅ・・・・・・・・。
よくわかった。
もう、M医師のことは、何も言うまい。
本当にこういう人なのだ。
私に対しては、ここまでの悪態に近い対応は一切見せていないが、これが彼の本性なのだ。
人を見て対処を変えるという、狡猾さも持ち合わせている。
もはや、この医師には何も期待はできない。
せいぜい、私の最後を看取ればいいさ。
ただ、私には、何とかしてこのM医師の鼻を明かしたいという気持ちも高まってきた。
そして、時間の限られている私には、あまりくだらないことに尽き合っている暇もない。
もう、このことは忘れよう。

さて、この先、本当にどうしようか。
かろうじて、家内はこのM医師から丸山ワクチン用の病院への紹介状と私の病状検査データ(CD-ROM)を貰うことだけは成功したみたい。
次の手立て・・・・、どこに何から手をつけたらいいのだろうか・・・・・・。
癌難民とは本当によく言ったものである。
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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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