皆様、大変お世話になりました。すべてのこと、ありとあらゆることに感謝いたします。

この原稿がアップされたということは、大変残念ながら、もう私はこの世にはおりません。
私に終焉が訪れた時に、家族にこの原稿をアップしてもらうように依頼していたものです。
長らくご愛読いただいた方、また、私自身をよくご存じの方々、本当にありがとうございました。

そして、なによりも、こんな私に献身的に最後の最後まで支えてくれた妻には心より感謝しております。
私亡き後も、ぜひとも前向きに元気に大事な命を全うしてもらいたいと思います。

私は、どんな人にも生まれてきた意味があると思っています。
しかし、私達人間はその意味を誰にも教えてもらえずに、この世に生まれてきます。
それは、生きながら自分で見つけていくというもので、誰かから自分の生き方を教わったり盗んだりするものではありません。
自分で考え、自分で見つけるものなのです。
ですから、想像以上に早くパートナーを失う悲しさは、私が逆の立場であっても、あまりの非情さに全てに失望してしまうかもしれません。
でも、多くの人たちがどうしてこの世に生を受けて、どこへ行くのかもわからない、この不思議な生命の世界を考えると、生きているということ
を本当の意味で真摯に考えるべきとは、私もこの病気で学んだことです。
ですから、いち早くショックから立ち直り、自分のための人生を歩んでほしいと思っています。


そして、息子にも、普段はあまり細かい話はできませんでしたが、このブログを通して、一人の男が仕事とは、人生とは、どうしようもない危機に直面した時、
色々な生き方の選択肢がある中で、こういう考え方をもって生き抜いたということで、今後の人生のなんらかの役に立ってくれればとも思います。

また闘病中の私をサポートしてくれた各医療機関のそれぞれのスタッフの皆様方にも、大変お世話になりました。
どうしても仕事面では厳しく見てしまう私なので、細かいところでは色々と不備や不快感を感じたことは指摘させていただきましたが、基本的にはこの方々達の
献身的なサポートがなかったら、おそらく私は癌発覚から今日までの命はなかったと思います。
本当に心より御礼を申し上げます。
ありがとうございました。
そして、人を支える仕事をしている人たちの中で、本当に天使のような人がいることもわかりました。
本当にこの世は不思議なものです。

そして、私の所属した職場の皆様にも随分と助けられました。
私は、全ての状態を正直に述べ、「体が動くうち、私の目の黒いうちは、最後まで仕事を続けさせていただきたい!!」と打ち明け、どの上長も理解を示してくれ、
管轄の歴代の所長にも励まされながら普段通りに仕事を続けさせてもらえることができました。
これも、大変ありがたかったです。
私は決してハイパービジネスマンなどではないのですが、人生の岐路に迷っている人、途方に暮れている人、自分を見失っている人達をどうしても放っておくことはできず、
この難しい社会の中での生き方を示唆・援助することに全力を傾けてまいりました。

特に私自身が余命を意識したあたりからは、その取り組み精神は、一段も二段も昇華していったようにも思います。
ただ、突然の入院から緊急事態へ突入し、退職を選択するしかなく、お一人お一人に事情を説明できなかったのが非常に心残りで残念です。
できるだけの方々には、仕事仲間に引継ぎと事情説明をお願いしましたが、一部の方々には伝えきれなかったかとも思います。
これにつきましては、大変申し訳ありませんでした。

職場の仲間にも一言御礼を申し上げたいと思います。
割と、仕事のスタイルががんこな私は、ある種、皆様にもご迷惑をおかけしたかもしれません。
また、急な休みなども発生し、マンパワー的にもご不自由をおかけしました。
大変、申し訳ありません。
でも、一部の方には最後の挨拶に涙を流してくれる方もいらして恐縮するばかりでした。


・・・ここまでが今は亡き主人の最後の文章となってしまいました・・・

平成31年3月10日未明、KY緩和病棟の一室にて、主人は帰らぬ人となってしまいました。緩和病棟に移動して、わずか6日目でした。
桜を見たいと、きっと見ることができるとそう言っていましたが、きっと今は空の上から眺めていることと思います。
主人と共に闘ってきたこの3年余り、本当にいろいろな方々に私も支えられながら、主人と一緒に生き抜くことができました。特に主人の職場の方々には、¨倒れるまで働き続けたい¨
という思いから最後まで我儘、多大なるご迷惑をおかけいたしましたこと、心からお詫びそして感謝致します。

主人は話していました¨自分の人生に悔いはない・・¨と。本当に最後まで幸せだったと思います。
ただ遺された者からすれば、そんなに慌てずに駆け抜けなくとも、もっとゆっくりと歩んで欲しかったというのが本心です。私の中では、今も時間は止まったままとなっています。

ブログの更新は主人の強い遺志でした。今回の入院中も本人はできる限りその日その時の状況をスマホに遺していました。

先日四十九日を迎え、まずは主人の最後の遺志を皆様にお伝えさせていただきます。本当にありがとうございました。

令和元年五月一日
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テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

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No title

ブログを拝見させていただいていた中で、ご主人の強いお心とお気持ちに感銘を受け、また人生の過ごし方を学ばせていただいたように、勝手に思っておりました。コメントなどを通して、何度かやり取りをさせていただきましたこと、感謝申し上げます。お互いの自宅もそう遠くないところにあったようで、またTS病院は私の通院先でもありましたので、相通じるものがあって、このブログでのやり取りが少しでも気を紛らわせるものであればと思っておりました。前回の更新から日が空くにつれ、もしかしたら・・と思う気持ちと次の更新のためにがんばってらっしゃるという期待とが、交差しておりました。とても残念で悲しい思いでいっぱいです。わずかな期間、ブログの上でのおつきあいではありましたが、出会いに感謝いたしております。どうかご家族の皆様にはお気を落されませんよう、お悔やみとお見舞いを申し上げます。奥様には、最後おつらい中記事を上げてくださいましたこと、感謝申し上げます。

Re: No title

コメントありがとうございます。まりん様のことは主人から聞いておりました。まりん様とは残念ながら自宅療養の時が最後となってしまいましたね。主人が亡くなったその日は、皮肉にも自宅へ外出する準備をしていました。主人のメモを読み返す度、家族としては何かしっくりいかないところが数多くあり、少しづつでもこのブログ内でその思いも一緒にお伝えできればと考えています。癌が見つかった時にはすでに手遅れでした。ただ病院にとっては、主人の存在など(私も勿論ですが)多くの患者の中のたった一人の¨患者¨でしかない。でも家族にとっては唯一のかけがえのない大切な命なのです。以前、主治医から免疫治療は×と私が言われた時は、本当にショックでしたがそれと同時に、人として自分の家族が、または自分が同じ病気になったとき、この人は同じように考え、私の意見を否定することができるのだろうか?そう思うとそんな人間に対して何を言っても無駄だと思い、私は既に次のことを考えていました。何より時間の無駄と思いましたから。主人と共に闘ってきて、医療業界や国の矛盾も少しだけ知ることができました。不定期になると思いますが、まだこのブログでお会いできること、楽しみにしております。お体を大切になさって下さい。

No title

ご主人のブログを、ずっと読ませていただいていました。いつも、大変客観的に、冷静に、それでいてとても人間味溢れる内容で、「この方はどうしてこんなふうに困難な状況をとらえられるのだろうか」と、感心しながら毎日のぞいておりました。私自身も肺がんで2回手術をしているので、他人事とは思えず、生き方を学ぶ思いでおりました。しばらく更新がなかった間も、毎日うかがっていましたので、今回の内容を読み,いかにもご主人らしい、誠実とは、強さとは、温かさとは、生きるとは、何なのかを、改めて教えて頂きました。今、奥様ご家族はどんなにかお辛いかと思いますが、どうぞお身体をお大事になさってください。それがご主人の一番の願いだと思います。きっと素敵なご夫婦だと思います。その出会い、絆は、消えることなく永遠です。           

Re: No title

URI様
コメントいただきありがとうございます。私が主人の涙を見たのは2015年12月10日夜。T病院のKM先生から夕食後に電話があり、私は主人が話すのを傍で聞いていました。電話が終わり二人で泣きました、それが主人と泣いた最初で最期でした。そんな主人は亡くなる確か前日のこと、緩和病棟で私に「何か楽しい話をして・・」というもので、¨それじゃ、ユーチューブでサンドイッチマンかプロレスでも見たら¨と話すと、傍に置いたスマホを自分で操作して見ていました。文字を打つことすらもうできなくなっていましたがスマホは常に傍らにおいて眺めていました。亡くなる数時間前には、私に¨笑顔¨という一言だは言い表すことのできない、本当に素敵な表情を見せてくれました、もちろんその時すら涙はありませんでした・・
主人がこのブログを始めた一つの目的として、主人を通して同じ病気の方やご家族の方に対し、少しでも参考になる部分(差し出がましいとは思いますが)があったらという想いがありました。これから私はその主人の思いを、家族からの目線や思いもまぜ、このブログに綴っていきたいと思っています。
これからいい季節となります、昨年秋に主人と二人で冬囲いをした我が家の桜や桃はこれから花を咲かせます。主人もきっと毎日庭を見ていると思っています。
URI様もどうかお体を大切になさって下さい。URI様の心、主人に伝わっていると思います、ありがとうございます・・

No title

 先日もブロ友の死に会った所です。くうみんさんに会いたい…そう言われて新幹線に飛び乗りました。
 初めて会ったのに、コメントのやり取りで、初めての気がしませんでした。
 それと同じように、ノースウインド様、あなた様にも今まで会っていたという気がしてなりません。
 
 

Re: No title

くうみん様コメントいただきありがとうございます。
また、あなた様の新幹線に乗ってブロ友に会いに行かれた記事を拝見させていただきました。読んで心が熱くなりました・・
ネットの世界も、この現生も不思議ですね。絆、縁、そして運命、宿命・・避けようのないことってあるんですね。
このGWは主人と京都に旅行に行く計画を立てて、去年の12月にホテルの予約もしていました。今も主人のスマホには、旅行の予定刻んだままですが・・・助かる命も助からない命も、何をもってその秤にかけられているのか、その答えは誰にも分らないでしょうが・・残されたものの悲しみは深いけど、大好きな家族にせめてその想いをさせることがなかったことを幸せと思うことができる生き方をしたいと思います。お体を大切になさって下さい、ありがとうございました。

ご冥福をお祈りします

私も昨年、父を同病で亡くしました。治療法や病院情報を集めるため、ブログを拝読していました。

「ぜひとも前向きに元気に大事な命を全うしてもらいたい」
「いち早くショックから立ち直り、自分のための人生を歩んでほしい」

私の父はこれほど明確に気持ちを言葉で語るタイプではありませんでしたが、そんな心境だったのだろうかと気づきました。ありがとうございます。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

Re:

コメント頂きありがとうございます。このブログを書き綴りながら、少しでも気持ちを整理し、現実を受け入れなければという想いでおります。家族を失うということは本当に切なく、またなぜ?という気持ちになってしまうのも本心です。
一日でも早く前を向きたいと自分に言い聞かせ、¨いま¨を生きています。
プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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