HW病院、A医師の去った後・・・・・

 2018年9月1日(土)のこと。
今日はHW病院でのこと。
このHW病院での温熱治療の詳細については、毎度毎度、このブログで取り上げてもいないが、基本的に毎週土曜日に相変わらず通い続けている。
無事にというか、なんというか、相変わらず効果の実感は特に得られないのだけれども、よほど何かの都合がない限りは、休むこともなく治療を受け続けている。

基本的にHW病院でのことは、特に大きな変化がない限りは、ここでも取り上げることもないのだけれども、今日は先月少し元気をもらった、あのA医師がいなくなって以来、初めての診察日。
今日の担当はKT医師と言う人。

さて、温熱治療の前に診察。
番号を呼ばれ、診察室に入り、そのKT医師と対面。
結構、年配の方。
A医師からは、ちゃんと後の担当に引継ぎをしているとは聞いていた。

とりあえず、問診からで状況の把握から・・・・・・。
しかし、この医師、私のカルテには、まったく目を通していないということがすぐにわかった。
まずはTS病院でのことから始まり「重粒子線?」と聞いてきたので、普通の放射線と答える。

重粒子線・・・・って。
う~ん、どこの病院で何をやっているという情報ですら、あまりお持ちではないようだ。
そして、KY病院のことについては、まったく触れられず「抗がん剤治療は長いの?」と。

えっ・・・・・。
あっ、いや・・・・・。
そこからですか・・・・・・と。

どうやら、な~んにも、引継ぎなどはなされていないよう。
それより、結構、深刻な状態の患者のカルテにすら、興味もお持ちではない様子。

少しカチンと来たため、病気発症から点滴抗がん剤、間質性肺炎から内服抗がん剤へ。
そして、肝機能障害を起こし、腫瘍マーカーも上昇し、KY病院からは標準治療の中止を言い渡されたこと。
しかし、ここの病院の!!お辞めになったA医師より!!「まだできるのでは・・・」という判断から、KY病院には内密にということで内服薬をもらって服用している!!ということを説明。

KT医師は一言、淡泊に「そうですか・・・・」と答えたのみで、華麗にスルーされる。
そして、唐突に次回の診察日が、なんとほぼ2カ月後の10月27日に設定される。
2か月後って・・・・。
それよりも何よりも、人に質問をしておいて、それを受けての私の説明に何のリアクションもなく、いきなり次回の話って・・・・。
もう返す言葉もない。

ただ、私もこの脱力感と闘いながらも、かろうじて抗がん剤のストックが少なくなってきたため、処方をお願いする。
すると、「ああ、いいですよ」と。
「血液検査は向こうで(多分TS病院のこと?)やってるでしょ、特に問題ないでしょ・・・・」と、まるっきり他所まかせ。

まぁ、私も色んな病院や医師とのかかわりも、結構豊富と言えるほどに経験を積んできているため、もう、この手の人とはこちらもまともに相手にしないことに限ると、「はい」とだけ答えて、診察を終了。
この間、わずか4~5分のこと。

この後の温熱治療開始までの時間が大幅にあまってしまった。
A医師・・・・・。
「後は心配しないで・・・・」って、言ってたよね・・・・・・・。
なんだろう、この無為な時間を過ごした感覚は。

そして、温熱治療を終えて会計。
すると処置室から、おもむろに看護師さんが出てきて「今後は固定の先生に診てもらいますか?」と、思わず耳を疑うような問いかけ。
あまりのことに、私は固まり、今の若者特有のイントネーションで、思わず「はぁ?」と返答。
なにを言っているんだこの人達は・・・・・。
A医師、ホントに引継ぎしたのか・・・・・・。
やっぱり、ここはこの程度か・・・・・。
等々、一瞬にして、様々な疑問が脳裏を駆け巡る。

精一杯、大人の対応をと、心を穏やかに保ち、「私もここを入れて3か所も病院に通院していて、複雑な状況であるし、病状も決して良いわけでもないため、できればそのほうが・・・・」と返答。
本当なら、「何を言ってる!!A医師がそのように手配していたんじゃないのか!!今日のあの診察はなんだ!!」と怒りをぶちまけてもいいところと思う。
でも、今の私には、もはや年も重ねたせいか、この状態ではそんな元気はない。
やや、しょげたようにも見えたかもしれない。

その看護師さんはなんの疑問も持たず、明るく「わかりました、では・・・・・」といいつつ、いったん引き下がる。
すぐに戻ってきて、次回からの担当医師は消化器外科のKSという医師であることを告げられる。
これも、口頭だけなので、慌てて名前を忘れないように、立ったまま、手荷物の中からスマホを取り出し、そのメモ欄にその名を打ち込み、バタバタあたふたとする。
でも、消化器外科・・・・・って。
とも思ったが、私はこれ以上の思考をとめた。

これが、ここの病院の対応であり、情報伝達・連携のシステムなのである。
まぁ、実はここでのこれに似たようなことは前からしょっちゅうあった。
とにかく、各部門ごとの連携やら情報管理がなっていない。
そして、それが前提で、まったく悪びれることなく運営しているのだ。
それを受ける利用者がどう思うか、どうとまどうかという考えはここには皆無なのだ。

温熱治療のスタッフは丁寧・親切・真摯さを感じるが、ここの医師の態度も異様なほど尊大だし、入院した時にも感じたが病棟スタッフも同様、外来はもちろんこんな程度。
また、患者との情報伝達の要となるクラークや事務は最悪。
誤りをまず認めない。
「絶対に、違っているよね」ということを指摘しても、まず、「すいません」という言葉は絶対に出てこない。
まるで、対応マニュアルで決められていて、その遵守精神のかたくなさを感じるほど。
以前、あまりの対応のひどさに、家内は院長宛に抗議のメールを送ったほどである。

ただ・・・・・。
私は、もう、いいかな。
こういうことに神経を使うのは馬鹿らしい。
良く言えば人間が丸くなった?悪く言えば病魔に骨抜きにされたともいえるであろうか。
せいぜい、私にできることは、おかしいよねと思うことをこうして記録に残すくらいのこと。

医療機関って、本当に不思議なことがある・・・・・・・。
誰のために何のために診察をしているのだろうか。
医師サイドとしても忙しい中でのことだからこそ、患者と向き合う時間を有効に使おうとは思わないのであろうか。
ただ、単純に面談したという事実だけを残しておけばいいのだろうか・・・・・。

私は本当なら、前任のA医師と同じく、TS病院での放射線治療の現状を伝えながらも、ここで抗がん剤を処方してもらっている以上、体調全般の相談もしたかったところ。
まぁ、それは、もうどうでもいい。
今後は、ここは割り切った付き合い方をしよう。
私は次のKS医師という人にも、全く期待をしないことにした。

とりあえず、A医師の去った後のHW病院はこんな展開になってしまった。
今更、驚くことではないのだけれども。
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テーマ : 末期がんの闘病記
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

North Wind

Author:North Wind
生年月日:1962年2月21日
性別:男
家族:妻、息子(独立済み)、わんこ(パピヨン2頭)
北海道札幌市在住

2015年12月21日。
年末の慌ただしい中、肝内胆管細胞がん(胆のうがん)、肝臓に10cm大の腫瘍、リンパ節転移、肺転移によりステージⅣと診断されました。
手術、放射線治療は不可とのことで、余命3ヶ月~半年との宣告を受ける。

しかし、2018年現在・・・・・。
抗癌剤治療にて仕事も、なんとか正常に継続し、今のところ生存しています。

追記1:2018.6.29
ここまで順調に癌の進行を抑えていましたが、とうとう腫瘍マーカーの急上昇、肺転移、肝臓中心部にも新たな腫瘍が発見されました。
最後の手段だった内服の抗癌剤の効果なしと判断され、もはや打つ手はなしと宣告されました。


追記2:2019.2.18
色々と手を尽くしてきましたが、いよいよもって『終わりの始まり編』に入ってきたようです。
大変、悔しく、断腸の想いでもありましたが仕事も退職しました。
これから、どんどん衰弱は進むでしょうが、最後の最後までこのブログは続けていこうと思っています。


どこまでできるかわかりませんが、癌と共に生きる、そして働くということ、癌になってわかったこと、学んだこと、そして私の生き様を記録に残していきたいと思います。

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